第9話 暗闇から
刑部はたまらず呻き声をあげた。
左の肩口にギリギリと牙が食い込む。
激痛に耐えながらも、刑部は手にした拳銃の銃口を怪物のこめかみに押し付けた。
発砲。リボルバーの薬室に残った最後の一発だ。銃口が塞がれている分、ややくぐもった音がした。
水っぽいような、耳障りな音を立てて怪物の頭部が吹き飛ぶ。弾が貫通し、周囲に脳や骨、血肉の混じったものが散らばった。
流石にこれでは怪物もひとたまりもないだろう。
脱力した怪物の体を、刑部は突き飛ばすようにして自らから引きはがした。
刑部はたまらずその場に崩れ落ちるように座りこんだ。
「刑部さん!」
源も刑部の元へ座ると傷口をライトで照らす。
酷い傷だ。スーツもコートも血でぐっしょりと濡れている。
「……大丈夫だ。パトカーに戻って、署へ連絡しよう……」
刑部が絞り出すように言った。額には脂汗が浮かんでいる。とても大丈夫そうには見えない。一刻も早く、病院へ行く必要がある。
刑部が肩口の傷を右手で押さえ、歯を食いしばりながら立ち上がった。すかさず源が肩を貸す。
肩を貸したまま、ゆっくりと歩き出す。源と刑部の体格差もあって、遅い足取りだ。あまり衝撃を与えないように、注意を払う。
階段まで近づいたとき、刑部が落ちていた空き缶を踏み、転倒してしまった。
源は急いで刑部を起こそうとする。
その時、背後から嫌な音が聞こえた。ドアが、無造作に開かれる音。
源は振り返り、背後の廊下を懐中電灯で照らした。
廊下の最奥にある病室から、先ほどの怪物が出てきていた。それも三体。
そろってあの爛々とした目で二人を見ながら、ゆっくりとこちらへ向かってきていた。
「逃げろ……源」
刑部が呟いた。目は諦めたように閉じている。
悪夢の状況だ。刑部の拳銃にももう残弾はない。予備弾など持ち合わせていない。源は脚が震えているのを感じた。
怪物たちはどんどん近づいてくる。
刑部の言う通り、源一人で逃げ出すという最悪の選択も脳裏に浮かんだ刹那、轟音と共に、一番手前にいた怪物の頭部が吹き飛んだ。
何事かと源は振り向いた。懐中電灯もそちらへ向ける。
男が立っていた。黒のスラックス、白のシャツ、黒のジャケット。ネクタイこそしていないが、葬式にでも参列するかのような恰好だ。
刑部ほどある長身だが、より痩身だ。彫りの深い顔立ちで、頬もこけているようにみえる。
そして何より目を引くのが手に持っている物。ショットガンだ。それもフォアエンド部にはタクティカルライトまで装着されている。狩猟用や密造品ではなく明らかに、軍や警察用。源も警察での資料でしか見たことがない。
そのショットガンを廊下の奥にいる残った二体の怪物に向けている。眩いほどの光が、怪物たちを照らす。
「……あの」
源がとにかく何かを話しかけようと思ったが、次の言葉が出てこない。あまりの事態に頭が回らない。
「とりあえず、そのライトを当てないでくれるか? 眩しい」
淡々と、しゃがれた低い声で男が喋った。
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