第55話 お見舞い
――骨のドラゴンが『デイトナ』を襲撃してから、1ヵ月が経過した。
多くの家屋が破壊され、冒険者や住民にも多数の犠牲者が出てしまったが、それでも街は復興を始めている。
幸いなことに、今回の被害については冒険者ギルド連盟から手厚い支援があったことや、『デイトナ』を愛する冒険者たちが皆一様に復興の手助けをしてくれたこともあって、着実に街は元通りになりつつある。
近々、詳細が公表されるだろう。
「おーいヴィリーネ、ちょっと手伝ってくれ。塀に板を打ち付けたいんだ」
「はい、今お手伝いしますね」
俺たち『追放者ギルド』も冒険者たちに混じり、少しばかり復興のお手伝い。
冒険者としての仕事は、一時休業中だ。
メンバーも皆大なり小なり怪我をしていたから、身体を鈍らせない程度の休みにはこれくらいが丁度いいのかもしれない。
「精が出るわね、マスター、ヴィリーネ先輩。冷たい飲み物を持ってきたわよ、少し休憩したら?」
そこにマイカがやってくる。
そんな彼女の隣には――コレットの姿も。
「ああ、ありがとうマイカ。コレットも、もう身体は平気なのか?」
「勿論っスよ! ウチは頑丈さだけが取り柄なんスから! ウチばっかり、いつまでも休んでいられないっス!」
うーん、以前は元気が取り柄って言ってた気がするんだけどなぁ。
まあやっぱり、取り柄が多いのはいいことだ。
とはいえコレットは3人の中でも受けたダメージが大きく、つい数日前までベッドで安静にしていた身。
あまり無理はさせたくない。
「そりゃ頼もしいな。でも今日の作業はだいたい終わりそうだし、せっかく皆揃ったんだから――この後、彼のお見舞いに行こうか」
「! ホントっスか! 行きましょう行きましょう!」
パアっと明るく笑うコレット。
彼女も事務所で安静にしていたから、中々会えなかったもんな。
俺たちは作業をひと通り終わらせ、彼が待つ場所へと向かう。
そうして俺たちが向かった先は――教会に併設された療養所。
そこには、今回の騒動で負傷した人々が多く入院している。
療養所の中は、ベッドが左右に3つずつ並べられる部屋が幾つもあり、ベッドはそれぞれ仕切りで隔てられている。
そんな部屋の中の1つをノックし、
「――サルヴィオ、いるかい? お見舞いに来たよ」
そう声をかけ、最も窓際のベッドへと向かった。
すると――
「……ヒャハハ、よく来たなぁ。俺様も丁度退屈してたところだったぜ」
彼らしい下品な笑い声で、患者衣を着たサルヴィオが迎えてくれた。
「サルヴィオの兄貴、元気してたっスか!? 会いたかったっスよ! ウチはもう心配で心配で……」
「あぁ? お前に心配されるほど、俺様はヤワじゃねぇっつの。だいたい、コレットの分際で俺様を心配するなんざ……あと10年は早ぇぞ、ヒャハハ!」
以前と変わりなく、そんなやり取りを交わす師弟。
見た感じ、俺が前に来た時よりもかなり回復しているらしい。
最初は生きているのが奇跡ってくらい重傷だったのに。
だが……その身体には、戦いの痕が痛々しく残る。
まず、顔の左半分が潰れかけたことで左目は視力を失い、傷跡を隠すために大きな眼帯で覆っている。
他にも左足の膝から下を失い、剣を握っていた右腕も、もう彼にはない。
骨はともかく内臓も損傷してしまっているらしく、特に肺には大きなダメージが残ったそうだ。
……この身体では、もう二度と冒険には出られないだろう。
彼がコレットと肩を並べて戦うことは……もう不可能なのだ。
「おいコラ、マスターよぉ。なんてツラで俺を見てやがる。そんなにハンサムになった俺様の顔が羨ましいかぁ?」
「え、ああいや、そういうつもりじゃ……」
「……なんてな、冗談だ。お前の言いたいことはわかってる。この身体じゃ……もう冒険なんてできっこねぇ」
サルヴィオは自分の身体を見て、皮肉交じりに言う。
自分の身体のことは、自分が1番よくわかってる――ということなのだろう。
「俺様はもう……俺様が望んだ道を歩めそうにない。アイゼン・テスラーの下で自分を鍛え直し、追放者への差別を根絶し、コレットが1人立ちするまで面倒見てやる……。そんで笑って地獄に堕ちてやるつもりだったのに、それすら叶えられそうにない。これも俺が呪われてるせいなのかねぇ。因果応報ってか、ヒャハハ」
「サルヴィオ……」
まるで現実を受け入れているような口ぶり。
だが――その本心は、無念で仕方ないのだろう。
「……兄貴、それは違うと思いまス」
しかし、コレットが口を開く。
「確かに、兄貴は昔の仲間たちに恨まれてるかもしれません。でも因果応報で自分の行いが戻ってくるなら、良いことだって戻ってこなきゃおかしいじゃないっスか。兄貴はウチを鍛えてくれました、ウチに優しくしてくれました、身体を張ってウチを守ってくれました。兄貴がいてくれたから、今のウチがいるんでス。兄貴が生きててくれたのは……そういう良いことが、戻ってきたからなんじゃないでしょうか……?」
「コレット、お前……」
「それに兄貴、言ってましたよね。〝冒険者が冒険者として終わる時は、才能がないと気付いた時でもなければ、戦いで手足が吹っ飛んだ時でもない。冒険者でいたいっていう気持ちが消えた時だ〟――って」
コレットはベッドの横まで歩き、サルヴィオの隣に立つ。
「兄貴は、まだ冒険者として終わってなんかいません。ウチもまだまだ、兄貴に教わらなきゃいけないことがたくさんありまス。それでも呪いが怖いって言うなら、罪の意識が消えないなら……ウチが、その呪いと罪を半分背負いまス! だって、ウチは兄貴の仲間でスから!」
自分の胸を手の平に押し付け、コレットは力強い瞳で言った。
すると、
「……コレットさんの言う通りです。それならどうか、私にも背負わせてください」
コレットの言葉に、ヴィリーネが続いた。
「!? ヴィリーネ、どうして――っ! だって、俺様はお前を……!」
「そうです、私もサルヴィオさんに虐められていた日々を忘れられません。ですが……あなたは、充分に罪を償いました。だからこそ、どうか言わせてください。――私はあなたを赦します。サルヴィオさんは私の仲間です。仲間だからこそ、私も同じモノを背負いたい」
「ヴィリーネ……っ」
続いてマイカも前に出る。
「皆が仲間と認めるなら、アタシも認めないワケにはいかないわよね。アンタの過去はよくわからないけど、少なくとも今のアンタは心から信頼できる。呪いなんて陳腐なモノ、アタシの祝福があればへっちゃらでしょ」
そこまで彼女は言うと、チラリと俺を見た。
「――で、皆の総意はこんな感じだけど。どうするのかしら、マスター?」
「アハハ……それ、今更聞くのかい?」
俺も、サルヴィオを再び見据える。
「遅くなったね、サルヴィオ。このアイゼン・テスラーと『追放者ギルド』は、キミを仲間として認める。それに団員の罪は団長の罪だし、俺がまとめて引き受けるよ。だから、もう苦しまなくていい」
彼は、サルヴィオは自らの行いで皆の信頼を勝ち取った。
かつて追放者を生み出した者でありながら、その追放者たちに認められたのだ。
ならば多くは語るまい。
サルヴィオは、今日を以て正式に『追放者ギルド』の一員だ。
俺たちの言葉を聞いたサルヴィオは、プイっと顔を外の方へ背ける。
「お前ら……お前らは、本当にバカヤロウだ……っ、バカの集まりだ……! こんな身体になっちまったのに、俺様になにを期待するんだよ!」
「あ~、それなんだけど……実は骨のドラゴンを倒してから、前以上に『追放者ギルド』の噂が広まっちゃったらしくてね。街の復興もまだだっていうのに、どんどん追放者が事務所を尋ねてくるんだよ。中にはいい〝隠しスキル〟を持っていても、冒険者として駆け出しって子も多くて。だから教官がいるんだ」
「つまりサルヴィオの兄貴には、皆を鍛えてほしいんスよ! 冒険者を鍛える冒険者として、意志を紡いでいくんでス! その意志が、ウチらを強くしてくれるんスから!」
「そういうこと。だからキミが適任だと思う。いや、キミしかいないだろう。引き受けてくれるかい?」
意志の最終確認。
サルヴィオは振り返らぬまま、
「――――お、おう! やってやろうじゃねぇか! 俺様はSランク冒険者だからよぉ! 足や腕の1本や2本がなくても、ヒヨッ子を鍛えるなんざ朝飯前だぜ! ヒャハ、ヒャハハ!」
彼は頷いてくれた。
俺たちに顔を見せてはくれなかったが、その声は少し泣いているように聞こえた。
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