第53話 【受け継がれし不屈の心】


「ハァ……ハァ……ッ!」


 俺は、『デイトナ』の街中を必死で走っていた。


 コレットが住民たちの避難を誘導していると聞いて1度はそちらへ向かったのだが、その先でカガリナから驚くべきことを聞かされた。


 ――〝コレットちゃんは女の子を探すために、街の中央に行っちゃったわよ!〟


 街の中央と言えば、たった今ヴィリーネたちが骨のドラゴンと戦っている主戦場。


 彼女はサルヴィオと共にそこへ向かったと聞いて、俺はとんぼ返りしている。


「コレット……無事でいてくれよ……!」


 まだ、骨のドラゴンは皆が抑えてくれているだろうか。


 それにサルヴィオが一緒にいてくれるのなら、大丈夫だとは思うが……


 だけど、何故だろう。


 とても嫌な予感がする。


 さっきから胸騒ぎが収まらないのだ。


 一刻も早くコレットたちと合流しなければ――


 そう思いながら、俺はようやく1番地区の通りへ差し掛かる。



 その時――ドサッという音を立てて、何らかの物体が近くの壁にぶつかった。



 俺は最初、遠くで骨のドラゴンが破壊した瓦礫が降ってきたのだろうと思った。


 しかし――――俺はそれが、すぐに瓦礫などではないと気付く。


 物体が当たった壁は真っ赤な液体が飛沫し、地面に落ちたそれは明らかに人の形を成していた。


 その正体をハッキリと認識した瞬間――俺は全身から血の気が引く。



「……サル、ヴィオ……?」



 見紛うはずもない。


 騎士風の鎧をまとった男の冒険者。


 俺がコレットの特訓を任せたSランク冒険者が、全身を血の色に染め、ぐったりと力なく倒れているのだ。


「サルヴィオッ! 大丈夫か!? おい、しっかり――ッ!」


 急いで彼の下へ駆け寄った俺は、その在り様に言葉を失う。


 サルヴィオの、彼の身体はあまりにも凄惨な状態だった。


 酷いなんて言葉じゃとても表せない、全身がズタズタで、顔は半分が潰れかけている。


 まだ辛うじて意識があり、息をしているようだが――――これじゃ、もう――



「――」



 サルヴィオは俺に気が付くと、最後に残った力を振り絞って片腕を動かし、通りの先を指差す。


 その先にあった物は――


「コレット……!」


「マスター……さん……? あ、兄貴が……兄貴を……っ!」


 満身創痍ながらも身体を起こそうとするコレットと、そんな彼女に今にも襲い掛かろうとする骨のドラゴンの姿。


 彼女も酷い怪我を負っている様子で、両目から大粒の涙を流しながら地面を這い、こちらに向かって来ようとしている。


 そんなコレットを目の当たりにした俺に対し、サルヴィオは再び震える腕を動かす。


 そして、俺の〝目〟を指差した。




 ――――お前の〝目〟で、あの子を視ろ。




 もはや言葉を発する力も残っていない彼に、そう言われた気がした。


 俺に意味が伝わったと理解した彼の口元は、いつものように笑う。




「…………ヒャハ……ハ……」




 ドサリ、とサルヴィオの腕が地面に落ちる。



 それきり――――彼が動くことは、もうなかった。



「サルヴィオ……」


 ……俺は彼の手を握り、その想いへ敬意を払う。


 最後の最後までコレットを信じ、決してその可能性を諦めなかった、偉大なる冒険者の意志に。


 最後まで『追放者ギルド』の一員として戦ってくれた、かけがえのない仲間の信念に。


 そして――


「………………【鑑定眼】」


 俺は【鑑定眼】を発動し、コレットを見る。


 かつて〝スキル なし〟としか表示されなかった、真の無能力者。


 そんな彼女の前に、表示されたのは――――




======================


 スキル【受け継がれし不屈の心】


 HPあるいはスタミナが一定値以下に

 減少した場合に発動


 攻撃力が極大強化され、相手の素質・特性に

 よるダメージ低下/無効化の一切を無視する


 また1対1の戦闘に限り、相手がこちらよりも

 大幅に強かった場合にのみ攻撃が〝一撃必殺〟

 へと変化する


======================




 これが――覚醒したコレットの〝隠しスキル〟。


 メラースさんの言っていたことは本当だった。


 これこそが、不死身の竜を倒せる0.1%の可能性。


 サルヴィオが垣間見て俺に伝えてくれた、彼女の力。



 もしかした彼は――どこかで気付いていたのかもしれない。


 だからこそ、最後の力で俺に託してくれたのかもしれない。


 ならば――俺のやるべきことは――


「――――コレット!」


 俺は、彼女の名を呼ぶ。


「立つんだ…………立て、コレット・ハスクバーナ! キミだけが、不死身の竜を倒せる! キミはもう、弱いだけの冒険者なんかじゃないんだ!」


「あ……あぁ……」


 サルヴィオの姿を見ていた彼女は、俺の言葉を受けても立ち上がれない。


 悲痛の涙を流し、激痛に耐え、自分自身への無力感と失望に対して必死に葛藤する。


 つらいはずだ、苦しいはずだ。


 こんな状況で自分を信じろと言われて、もう心がメチャメチャになりそうなはずだ。


 それでも――


「頼む、コレット……! サルヴィオの想いを……どうか無駄にしないでやってくれ……!」


 彼女以外にはいないのだ。


 サルヴィオの想いを、汲むことのできる者は。



「あ……ああ……あああああああああああああああッッッ!!!」



 コレットは吼える。


 張り裂けそうな声で。


 血を流しながら。涙を流しながら。




 そして――彼女は、立ち上がる。




 ハルバードで身体を支えながら、全身全霊で、最後の闘志を身に纏って。



「……信じまス。ウチは、自分自身を。兄貴のために……兄貴が……信じてくれたからっ! だから最期まで、戦いまスッ!!!」



 コレットはハルバードを構える。


 するとハルバードの切っ先が金色に染まり、眩い光を放つ。


 ――彼女の〝隠しスキル〟が、今発動した。



『ォォォォォゴオオオオオオオオオオッ!!!』



「ハアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」



 骨のドラゴンとコレットが、共に最後の一撃を繰り出す。



 互いの全てを込めた、渾身の攻撃が交差し――――




 コレットのハルバードが、骨のドラゴンを両断した。


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