第54話 奇跡


 コレットのハルバードからは大きな光の刃が出現し、それが振り下ろされる。


 その一太刀は骨のドラゴンを頭から真っ二つに両断し――奴の動きは止まった。



『……ォ……ォォ……』



 弱点はなく、どんな攻撃でも倒すことのできなかった不死身の竜。


 かつて生ける厄災と呼ばれ、神そのものとすら呼ばれた存在。



 その骨の身体が、崩れる。



 大きな白骨がボロボロと欠けて破片となり、それがさらに細かく砕けて風に流れていく。


 まるで止まった時が一気に動き出したように風化していき――最後には、全てが塵となって消えていった。


 静寂が、『デイトナ』の街を包む。


「これが……コレットの〝隠しスキル〟の威力……」


 不死身の竜ですら一太刀で葬る〝一撃必殺〟。


 発動条件がかなりシビアだが、その力は神すら打ち倒す。


 運命を覆し、逆転という勝利のためにある、決して屈せぬ精神を持つ者だけが使いこなせる挑戦者のスキル。


 まさしく……サルヴィオと共に努力を重ねたコレットが獲得するべくして獲得した、意志の力だ。


「……やりましたよ……サルヴィオの兄貴…………ウチは……」


 全ての力を使い果たしたコレットの手からハルバードが離れ落ち、彼女は地面に膝を突く。


 偉業とすら言えるような伝説的な勝利を掴んでも、彼女の背中は少しも嬉しそうではなかった。


 ……当然だ、その勝利をもっとも祝福してくれるであろう存在は、もういない。


 勝利の代わりに失ったモノはあまりに……あまりにも――





「――――――っ、ごほッ、かはッ……!」





 ――その時、だった。


 俺の目の前に倒れるサルヴィオが――――強く咳き込む。


「え……!? サルヴィオ……! まさか――!」


 俺は驚愕し、彼の口元に耳を近づける。


 すると、ほんの僅かに〝ヒュー……ヒュー……〟という呼吸音が聞こえた。


 信じられないことに――彼は――



「コ……コレット! 生きてるぞ! かすかにだけど、まだ息をしてる! サルヴィオは……まだ生きてるんだっ!」



 そう――まだ生きている。


 奇跡だ。


 彼は――――息を吹き返したんだ!


 俺の言葉を受けて、コレットもこちらへ振り向いてサルヴィオを見る。


「あに……き……? サルヴィオの兄貴……ッ! あ……ああぁ……っ」


 一時茫然としたコレットの顔が、涙でくしゃっと歪む。


 だがそれも束の間、極限の緊張の糸が切れたらしい彼女はそのまま気を失い、地面に倒れる。


「ちょっ、コレット!?」


「――――おーい! 無事か、アイゼンの坊主!」


 残された俺が途方に暮れると、遠くからライドウさんと数人の冒険者たちが走ってくる。


 彼らもボロボロだが、応援にやってきてくれたのだろう。


「遅くなっちまって悪い! それで、骨のドラゴンは……!」


「……倒してくれましたよ、コレットが。いえ、コレットとサルヴィオの2人が……。それより、2人とも重傷なんです! 急いで手当てを! 早く!」


 きっと、治療が早ければサルヴィオはまだ間に合うはず。


 状況を飲み込めないライドウさんたちを説得し、搬送と治療を頼む俺。



 こうして――不死身の竜との壮絶な戦いは、終局を迎えた――




   ◇ ◇ ◇




 その頃、場面変わって骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビとの戦場跡――


 無惨にも潰され、狂気の内に命を落としたクレイ。


 その遺体の傍に佇む、死霊使いネクロマンサー重装士タンクの姿があった。


 ヒルダと、不死者アンデッドとなったサイラスである。


「クレイ……あなたは〝勇者〟になれなかったのねぇ……残念だわぁ……」


 ヒルダはしゃがみ込み、絶望の表情のまま息絶えるクレイの頭を、自らの膝の上に乗せる。


 そして、そっと彼の顔を撫でた。


「フフフ……でも大丈夫よぉ……私がずっと一緒にいてあげる……だから、寂しくないでしょう?」


 その直後、潰されたクレイの全身が黒い影に包まれる。


 その影はしばらく蠢くと――彼の身体を覆う漆黒の鎧へ形を変えた。


『――』


 ゆっくりと、クレイは起き上がる。


 そして生気を失った目を隠すように、彼の頭も黒い兜に覆われた。


 その立ち姿は、丁度重装士タンクであるサイラスと対になるような風貌だ。


「これで〝ドラゴンスレイヤー〟の身体も手に入った……。太古の竜エンシェント・ドラゴンの殺し方が振り出しに戻ったのは残念だけど、収穫はあったわねぇ。さて、しばらく身を潜めるとしましょうか」


「……そうはさせません」


 ――少女の声がヒルダを呼び止める。


 ヴィリーネだ。


 戦いの後でボロボロになりながらも、彼女の手にはまだ剣が握られている。


「……あらぁ、可愛らしい冒険者だこと。確か『追放者ギルド』の団員さんだったかしらぁ? 私になにかご用?」


「あなたですね? あの怪物を世に解き放ち、『デイトナ』の街を襲わせたのは。あなたには……罪を償ってもらう必要があります」


「イヤだわぁ、私は・・なぁんにもしてないのにぃ。それに、私が犯人だという証拠でもあるのかしらぁ?」


「――あなたがここにいるのが、なによりの証拠でしょう。相変わらずシラを切るのが下手ねぇ」


 続いて、別な人物の声がヒルダの背後から聞こえた。


 彼女が振り向くと、そこにはメラースとマイカの姿が。


 メラースの顔を見たヒルダは――とてもとても愉快そうな笑みを浮かべる。


「あらぁ……お久しぶりだわぁ、メラースちゃん。あなたがいるのを忘れてたわねぇ」


「そう、なんならずっと忘れてくれててもいいのよ? アタシももう歳だし、その顔をいつまでも覚えているのがツラくて」


 メラース、マイカ、ヴィリーネの3人は、間合いを取ってヒルダを取り囲む。


 だがヒルダの守護者となったクレイとサイラスも、主を護るように構える。


「……遊んであげてもいいんだけどぉ、今回は殺し合いが目的じゃないのよねぇ。クレイももうちょっと弄ってあげたいし……悪いけれど、お暇させて頂くわぁ」


「! 逃がしません!」


 ヴィリーネはヒルダを止めるべく、間合いを詰める。


 だが瞬時に黒い影がヒルダたちを包み、敵対者を近寄らせない。


「……また会いましょう、『追放者ギルド』。あなたたちは本当に興味深い。いつか――皆仲良く、私のコレクションに加えてあげるわねぇ……♪」


 黒い影の中からそんな声が聞こえたかと思うと、影はトプンと地面の中へ沈む。


 そうして、事件の真犯人は姿をくらませたのだった。

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