第8話 環境は冒険者を形作る


 俺の【鑑定眼】が見抜いた通り、ヴィリーネの能力は凄いモノだった。


 ――掛からない。

 ――――出会わない。


 地下迷宮ダンジョンに潜ってもう何時間か経過するのに、ただの1度もトラップに引っ掛からず、モンスターの強襲も受けなかった。

 これは本当に凄い――というより異常である。


 ダンジョンは難易度が上がれば上がるほどトラップも増え、モンスターとのエンカウント率も上がっていく。

 最高難易度ダンジョンともなれば、トラップはともかくモンスターと遭遇しないなどありえないと言ってもいい。


 ……にも関わらず、ヴィリーネが進むと不思議とモンスターと出会わないのだ。

 途中、何度か「嫌な感じがします」と立ち止まって時間経過を待ったりしたことも、確実に【第6超感】が働いている証拠だ。


 俺自身、今でも「こんなことできるのか……」と思ったりしてしまうが、同時にヴィリーネを仲間にできて本当によかったとも思う。


 彼女は自分の進む道が本当に正しいのか今だに不安を抱えてはいるようだが、俺の存在もあってか勇しく歩を進めていく。

 モンスターと遭遇しないからか、迷宮内は静かなもんだ。

 本当にここが最高難易度ダンジョンなのか疑ってしまうくらいである。


「ふぅ……流石に少し休憩しようか。ヴィリーネも気を張ってて疲れたはずだ」


「い、いえ! 私はまだ……!」


「無理は厳禁だよ。休むんだ、これはギルドマスター命令」


 俺がそう言うと、「は、はい」とヴィリーネは足を止めて地面に座り、壁にもたれかかる。

 俺も彼女の隣に腰掛け、ポーチの中から水筒を取り出す。


「はい、水。喉渇いたでしょ」


「! こ、これはアイゼン様の分のお水です! 頂けません!」


「いやぁ、俺はヴィリーネに付いていってるだけで疲労もないから、喉乾かないんだよ。だからって捨てるのももったいないしさ」


 こうでも言わないと、生真面目な彼女は休む気になってくれないだろうしな。

 なんて思いながらハハハと笑う。

 

 ヴィリーネはおずおずと水筒を受け取り、「ありがとうございます……」と一口飲む。


「……アイゼン様は本当にお優しいです。『銀狼団』では、こんなに優しくしてくれる方は1人もいませんでした」


「それは……辛かったろうに。仲間を仲間とすら思えない奴らがSランクパーティとは、聞いて呆れるな……」


「仕方ありませんよ、私のステータスが低いのは……事実ですから」


 ――悲しそうな笑顔。

 無理をして笑うような、引きつった口元。


 これは……ああ、思っていた以上に元パーティの罪は重いな。

 

「冒険者を形作るのは環境、か――」


「え?」


「ヴィリーネがどうして自分に自信を持てないのか、よくわかったよ。環境が悪かったんだ。どんな優秀な冒険者でも、研鑽の機会を奪われて実力が認められない場所にいればダメになってしまう。その典型的な例だな」


「で、でもっ、私が弱いのは本当で……!」


「確かにヴィリーネはステータスが高くないかもしれないが、冒険ってのは戦闘力が全てじゃないだろ? それに【第6超感】はモンスターの弱点が見えるんだし、弱くても一撃必殺を決められるとかロマンがあるじゃないか」


 俺はヴィリーネの頭にポンと手を乗せ、


「自信が持てないなら、無理して自信を持とうとしなくていい。でも約束するよ。俺は自分のギルドを、ヴィリーネが本来の力を発揮できる環境にしてみせる。だからヴィリーネも自分の能力を信じられるようになったら、堂々と胸を張ってほしいんだ」


 これはただ純粋な願いだった。


 やっぱり、冒険者は意気揚々として活気があってほしい。

 勿論地の性格もあるけど、暗い気持ちで冒険していい結果が出せるワケがない。


 ギルドメンバーが最高の成果を出せるコンディション作り、その管理と調整はギルドマスターである俺の仕事だと思っている。


 なんて考えていると――


「う……うわああぁぁ~~~んっ!」


 急にヴィリーネが、大声で泣き出してしまった。 


 え? なんで?

 今、俺なんか不味いこと言った?


「ち、ちょっと!? いきなりどうした!?」


「ごめんさい~~~っ! 今までこんなに優しくされたことなくてぇ~~~っ!」


 大粒の涙をボタボタと落とすヴィリーネ。

 その泣き方はまるで、これまで抱えていた物が零れ落ちていくようだ。


「私、頑張りますからぁ~~~! 一生アイゼン様に付いていきますぅ~~~! 自分に自信も持ちますぅ~~~!」


「あ、あはは……無理はしなくていいからね。ゆっくりでいいから……」


 素直な性格の彼女は、すっかり感化された様子だ。


 ……ちゃんと正面から向き合えば、しっかり話を聞いてくれる。

 自分に自信はないが、皮肉も悲観も口にしない。


 もしこれからギルドメンバーを増えていっても、彼女なら誰しもと上手く付き合っていってくれるだろう。


 この子を捨てたあのサルヴィオとかいうリーダーは、本当に人を見る目がない。

 おそらくパーティメンバーも似たような者たちで構成されているのだろう。


 ヴィリーネには言わないでおくが……おそらく、『銀狼団』は遠からず消えてなくなる。

 よくて解散、下手をすれば壊滅――そんな形で。


 メンバー同士の繋がりが薄いパーティが危機的状況に陥った時、それでも互いを繋ぎとめる信頼などハナからないのだから。

 まあ、俺たちにはもう関わりのない奴らか……


「さて、休憩も済んだことだし、先に進むとしようか」


「ぐすっ……はい!」


 ヴィリーネは俺に水筒を返し、立ち上がって埃を払う。

 よし、もうひと頑張りだ――俺たちがそう思った瞬間だった。



「うわああああああああああああああッ!!!」



 地下迷宮ダンジョンの奥から、男の悲鳴が響いた。

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