第49話 サルヴィオの背中①


「皆、こっちっスよ! 早く、急いで!」


 『デイトナ』のとある一角。


 そこでコレットは街の住民たちを誘導し、安全圏へと避難させていた。


 たった今最前線になっている街の中央からは退避が完了しているが、それでも街全体の住民の移動を終えるには至らない。


 避難が遅々として進まない理由は、住民に老人や子供が大勢混じっているためだ。


 日頃から身体を鍛えている冒険者ならともかく、彼らを素早く移動させるのは困難だった。


 それでも筋肉自慢の冒険者たちが人々を背負うなり担ぐなりして、少しでも避難を早めている。


「クソッタレ……! こんなチンタラしてたら、骨の化物を抑えてるヴィリーネたちがもたねぇぞ!」


 苛立った様子でサルヴィオが叫ぶ。


 彼もコレットのお守を続けつつ、避難民の誘導と護衛に参加していた。


「仕方ないっスよ。身体の不自由な人たちを含めたら、これが精一杯っス。これでもメチャクチャ急いでもらってるんスから」


「そんなのわかってっけどよぉ……! クソッ、こうなったら俺様が爺婆を一気に100人くらい担いで……ブツブツ……」


 もどかしそうに親指の爪をかじり、事態を憂うサルヴィオ。


 すると、そんな2人の下にカガリナが走ってくる。


「コレットちゃん! サルヴィオさん! 3番地区の避難は終わったわ! あとはこっちだけよ!」


「ホントっスか! 申し訳ないっス、こっちの方はもう少しかかりそうでスよ……」


「大丈夫、向こうに回ってた冒険者の皆に、こっちを手伝うよう伝えてあるから。……本当に、あの怪物を抑えてくれてるヴィリーネちゃんたちに感謝しないとね……」


 そう言って、カガリナは街に中央の方を見る。


 今頃、前線はどうなっているのか――


 ヴィリーネやマイカは、他の冒険者の皆は無事なのか――


 それを知ることもできないコレットやカガリナは、不安で胸がいっぱいだった。


 そんな時――


「冒険者様! ああ、冒険者様! どうか、どうかお助けを!」


 住民の女性が1人、コレットたちの方へと駆け寄ってきた。


 彼女は焦り切った顔で息を切らし、コレットにすがりつく。


「ど、どうしたんスか? そんなに慌てて――」


「娘が! 娘がどこにもいないんです! 1度はぐれたきり、どこを探しても見つからなくて……!」


「な――なんでスって……!?」


 その女性は絶望に打ちひしがれて、涙を流して震える。


「だ、誰か姿を見た人はいないんスか!? それか、はぐれたならどこに向かったか心当たりは――!」


「だ、誰に聞いても見てないって……それから急いで家を出た時に、お気に入りの人形を置いてきたと言っていて……。も、もしかしたら取りに戻ったのかも……」


「! 家はどこでスか! 急げば、まだ間に合うかも!」


「い、い、家は……1番地区の中に……」


 『デイトナ』の1番地区――


 あろうことか、それは街の中央に位置する番地であった。


 つまり、たった今骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビが暴れている場所のど真ん中である。


『――ォォォゴオオオオオッ!』


 コレットが絶句した直後、その1番地区で轟音と共に巨大な砂煙が立ち昇る。


 骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビが、どこかの家屋を粉々に破壊したのだろう。


 その光景を見た女性はなにを連想したのか、大声で泣き出してその場に崩れ落ちてしまった。


 ――コレットの目に、強い意志が宿る。


「……娘さんの名前を教えてください。なんていう子でスか?」


「む、娘はサリアと言います……まだ6歳の黒髪の子で……」


「わかりました。待っててください。ウチが行って、必ず娘さんを――!」


「おい、コレット」


 刹那、サルヴィオが彼女の肩をガシッと掴んだ。


 そして1歩も動かすまいと、腕に力を込める。


「ダメだ、わかるな?」


「ッ! サルヴィオの兄貴! 行かせてください、お願いしまスっ!」


「ダメだ。俺様は許さねぇぞ」


 らしくもなく、彼の目は威圧的にコレットを見下ろす。


 それがどれだけ冷徹で冷酷かを理解していても、サルヴィオはコレットを行かせるワケにはいかなかった。


「兄貴はそれでいいんスか!? 兄貴は困ってる人を見捨てるんスか!?」


「……」


「兄貴……」


 コレットだって、本当は心の中ではわかっていた。


 自分を心配してくれるからこそ、彼は止めてくれているのだと。


 自分を死なせないために、憎まれ役になってくれているのだと。


 それがわかるからこそ、コレットは自らの弱さが恨めしかった。



 せめて自分に――ヴィリーネやマイカのような力があれば――そう心の底から思った。



 コレットはグッと歯を食いしばり、行かせてくれと言ってしまいそうな口を封ずる。


 だがそんな彼女の姿を見たサルヴィオは、深くため息を吐いた。


「……仕方のねぇヤロウだ。わかったよ、俺様も一緒に行ってやる!」


「え……?」


「俺様はSランク冒険者だからよ? ヒーローになるのなんて慣れてんだよなぁ。娘っ子なんざ秒で見つけ出してやるよ、秒で。つーワケでカガリナ嬢や、あとはよろしく頼むぜ」


「え? ち、ちょっと……!」


 サルヴィオはコレットの肩を放し、街の中央へ向かって高笑いと共に歩き出す。


「おいコレット! お前はせいぜい、俺様がヒーローになる瞬間をよく見とくんだなぁ、ヒャハハ!」


「は――はい……! ありがとうございまス、サルヴィオの兄貴!」


 コレットも急ぎ、サルヴィオの背中に付いていった。

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