第46話 デイトナ防衛戦


 ライドウが冒険者たちに提示した作戦はシンプルだった。


 まず、骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビを迎え撃つのは『デイトナ』からやや離れた平原。


 そこならば多くのトラップを設置できる。

 さらに場所が広いため冒険者たちを大勢展開でき、攻撃の効率を上げることが可能だ。


 渓谷や起伏の激しい丘があればなお理想だったのだが、生憎と相手の進行方向にはそういった地形は存在しなかった。


 まず平原に設置した爆発物や魔術トラップで可能な限りダメージを与え、それでも止まらなければ弓使いと魔術師たちが遠距離から一斉攻撃する。


 それで倒せれば御の字だが、なおも直進を続けるならば、剣士たち近接戦闘を担う冒険者の出番。


 と言っても、ドラゴンの巨体相手に闇雲に斬りかかるワケではない。


 ――ヴィリーネだ。


 アクア・ヒュドラを仕留めた実績を持つ彼女が、今回も作戦の要となる。


 他の冒険者たちの役目は彼女の護衛と、注意を逸らすための攪乱を行うのである。




 ――――夜の平原。


 冒険者たちが各自迎撃の準備を整える中、ライドウがヴィリーネに声をかける。


「頼んだぞ、ヴィリーネの嬢ちゃん。お前さんの目はモンスターの弱点が見えるはずだ。そこを貫ければ、不死身のドラゴンでも倒せる可能性が高い」


「はい、わかっています。怖いですけど……やってみせます!」


 力強い瞳で頷くヴィリーネ。


 彼女もアクア・ヒュドラを倒してから、1人の冒険者として大きく成長していた。


 まだまだ怖がりな部分もあるが、以前のような自分への自信のなさは消え失せていた。


「いやはや……ウチの団員ってワケでもねぇのに、こんな大役任せちまって悪いな……。ギルドマスターであるアイゼンも不在だってのに……。後でアイツに知られたらどやされちまいそうだぜ」


「フフ、そんなことありませんよ。たぶん、アイゼン様も理解してくださるはずです」


 だといいがな、と頭をポリポリと掻くライドウ。


 その隣では、カガリナが不安そうな表情を見せる。


「……アイゼンにこの情報は届いてるのかしら。今は戻って来てる最中なのかな」


「たぶんな。メラースのところにいたんなら、確実に耳に入ってるはずだ。できることなら、アイツにも指揮の一角を任せたかったんだが。……アイゼンが隣にいなくて不安か、カガリナ?」


「は、はぁ!? 別に不安とかそんなんじゃ――! ……正直、自分でもよくわかんない。アイツが安全な場所にいてくれてよかったと思ってるのか、こんな時だからこそ傍にいてほしいと思ってるのか……」


「わかります、その気持ち。……複雑ですよね、乙女心は」


 カガリナの想いを汲み取るように、苦笑するヴィリーネ。


 本当は、この子の方がずっと不安で怖いだろうに――


 それでも自分を励まそうとしてくれるヴィリーネに、「本当にね……」と答えるカガリナの胸がズキリと痛んだ。




 ――場面変わって、コレットも戦いに備えて自分のハルバードを磨いていた。


 彼女の肩は強張り、顔には緊張が見える。


「おいコレット、ちったぁ肩の力抜け。まるで新米みてぇだぞ」


 そんな彼女の下にサルヴィオが現れ、十分に温めたホットワインを手渡す。


 カップを受け取ったコレットは、


「あ、ありがとうございまス。いやぁ、どうしても落ち着かなくて……」


「俺様たちはあくまで予備戦力の待機組だ。俺様もお前のお守があるしよ。斬り込みは『アバロン』の奴らとヴィリーネに任せりゃいい。なぁに、いざとなったら特訓の成果を十分に見せつけてやりゃあいいだけよ、ヒャハハ!」


 ヴィリーネやコレットとは対照的に、まるでいつもと変わらぬ様子で下品な高笑いを上げるサルヴィオ。


 そんな彼を見て、コレットも少し緊張が解れる。


「サルヴィオの兄貴は、ホントいつも通りっスね……。不死身のドラゴンとか、怖くないんスか?」


「ちっとも怖くねぇなぁ。なんせ俺様はSランク冒険者だからよ。むしろ、あっちが俺様に恐れおののいちまうんじゃねぇの?」


「プっ、なんスかそれ、あり得ないっスよ」


 クスっと笑うコレットに「あ、テメエ笑うんじゃねぇよ!」と怒るサルヴィオ。


 けれどすぐに肩をすくめ、


「まあ、ヴィリーネたちがいりゃあ楽勝だろうよ。なんたってアイツらは、たった3人でアクア・ヒュドラを倒しちまったくらいなんだからな。どうせ今回だって上手く――」


 やってくれるだろうさ、とサルヴィオが言おうとした刹那――




『ォォォォォゴオオオオオオオオオオッ!!!』




 ――この世のモノとは思えない、地の底から響くような雄叫びが平原に木霊した。


「……おいでなすったなぁ。汚ぇ鳴き声してやがるぜ」


 サルヴィオの口元は歪に、品なく笑う。


 そして彼ら冒険者たちは――――森の木々を薙ぎ倒し、飛び出してくるモンスターの姿をハッキリと目撃した。



『ォォォゴゴゴオオオオオッ!』



 何十メートルにもなる巨体と、骨だけになってしまった醜いドラゴン。


 それが地を這い、猛スピードで迫り来る。


 その異様さは、待ち構える数多の冒険者を絶句させるに十分だった。


「な……アレが不死身の太古の竜エンシェント・ドラゴン!? どうしてあんな姿になっても動けるんだ!?」


「見た目に惑わされないで!」


 恐怖する冒険者たちを、マイカが一喝する。


「予定通り迎撃の準備よ! トラップを設置した魔術師はタイミングを合わせて! ――今よ!」


 骨のドラゴンが、ある地点を通過しようとした瞬間――地面に設置されていた炎の魔術トラップが発動し、同時に爆薬に引火して極大の火柱が上がった。


 その破壊力は凄まじく、並の大型モンスターなら跡形もなく消し飛んでいるだろうが――


『ォォォゴオオオッ!』


 骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビは怯む様子すらなく、突撃を続ける。


「クッ、本当に不死身だっていうの……!? 次よ! 皆一斉に撃って!」


 その掛け声で、準備していた弓使いと魔術師が攻撃を開始。


 無数の弓矢、そしてあらゆる属性の攻撃魔術が骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビに直撃していくも、効いている気配はまるでない。


 そんな骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビに、流石のライドウも歯軋りする。


「クソッタレ! やっぱそう簡単にはやられてくれねぇか! よし、ヴィリーネの嬢ちゃん、出番だぜ!」


 ならば切り札を投入するまで――ライドウはそう思って、待機していたヴィリーネを見やる。


 だが――



「あ……あぁ……っ」



 ヴィリーネは顔面蒼白になり、震えていた。


 彼女の持つ剣が、カタカタと音を立てる。


「お、オイ嬢ちゃん……!? どうしたんだ! やっぱりアイツの姿が――!」


「ちっ、違います! 違うんです!」


 彼女は叫ぶ。


 だが、震えが収まりそうにない。


 なぜなら――




「み……見えない……見えないんです……! あのドラゴンには――――弱点・・がないんですよッ!」



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