第27話 転落の始まりと、栄光の始まり


「サ――――サイラスッ!!!」


 クレイが彼の名を叫ぶ。


 悲鳴を上げることすらなく、地面へと倒れるサイラスの巨体。


 彼自慢の大盾は薄紙のように切断され、全くと言っていいほど防御の意味を為さなかった。


 アクア・ヒュドラの強力なウォーター・ブレスを受けたサイラスは――文字通り即死したのである。


「な……な……なんでだよ……? おい、サイラス! 悪い冗談はやめろ! 早く立って、陣形を立て直せ!」


 クレイは信じられなかった。


 だってこれまで、彼は何度もサイラスが凶悪なモンスターのブレス攻撃を防いだのを見てきたのだから。


 サイラスの盾は、文字通り神の盾だと信じてやまなかったのだ。


 ――クレイの全身から、一気に冷や汗が噴き出る。


 Sランクパーティ『アイギス』は、最強の盾を失った。


 それが意味するものは――


『ショアアアアア!』


「クッ……! 〈迅破斬じんはざん〉!」


 襲い掛かってきたアクア・ヒュドラの頭に、魔力で作った刃を撃ち出すクレイ。


 その威力は申し分なく、容易くアクア・ヒュドラの頭を斬り落とした。


 だが――切断された蛇の頭は、すぐに再生する。


 アクア・ヒュドラに限らず、ヒュドラの首はいくら落としても無駄なのだ。


 だから、身体のどこかにある弱点を突かなければならない。


 そのためには多頭の攻撃を掻い潜って、間合いの中に入る必要があるが――クレイをそこまで送り込むサイラスは、もういないのだ。


「ど、ど、どうすればいいんだ……!? こんなはずじゃ……!」


「――おいでなさい、〈魔骨兵スケルトン・ガーディアン〉」


 クレイの後ろで、ヒルダが魔術を使う。


 彼女の専門たる死霊術で、剣と盾を構えたスケルトンが5体ほど召喚された。


「いきなさい、我がしもべ


 スケルトンたちは血路を開くべく、アクア・ヒュドラに向かって突撃。


 しかし――多頭による噛み付きやウォーター・ブレスによって、為す術もなく駆逐されていく。


「……ダメねぇ。ここは撤退しましょう、クレイ」


「て、撤退だと!? バカを言うな! 俺たちはヴォルク様から期待されて来てるんだぞ! なんの成果も残せず逃げ帰ったりしたら……! そ、それにサイラスがいなくなったら『アイギス』は……!」


 混乱の恐怖で、顔を真っ青に染めるクレイ。


 ヒルダは、そんな彼の耳元に顔を寄せ――


「大丈夫よ……サイラスは必ず、帰ってくるわ・・・・・・……。それにあなたの傍には私がいる……。行きましょう、クレイ……」


「う……ううぅ……」


 まるで、唇に妖力を込めたような囁き。


 その言葉に操られるかのように、クレイはアクア・ヒュドラに背を向けて逃げ出した。



   ◇ ◇ ◇



「さて、と……それじゃあ準備は整ったかな」


 ダンジョンに潜る用意を整え、ヴィリーネとマイカに声をかける俺。


「はい! 準備はバッチリです!」


「ええ、いつでもいけるわよ」


 彼女たちも武器防具に身を固め、出立の準備は万全だ。



 ――打ち上げの席でライドウさんに話をされてから、今日で2日目。


 最初にアクア・ヒュドラ討伐の話をされた時は気が気じゃなかったけど、今ではなんとか平常心を取り戻せている。


 ヴィリーネも随分の怖がったが、マイカが凄い能力を持っていることと、そんな彼女に「先輩」と呼ばれたのが心に火をつけたようだ。


 しっかりしなきゃ!って思ったんだろう。


 生真面目な彼女らしい。


 そんなこんなで対アクア・ヒュドラを想定して準備を進め、いよいよ出発。


 正直なところ、少しでも無理だと感じたら棄権しようと思っている。


 死んでしまっては元も子のないし、大事な団員を失うようではギルドマスター失格だ。


 ただ……この依頼は『追放者ギルド』の命運を分けるかもしれない。


 そう感じる自分もいるのだ。


 俺たちを見送りに来てくれたライドウさんも、笑顔を見せてくれる。


「落ち着いていけよ。なに、お前らならやれるさ。大手冒険者ギルドのギルドマスター様が言うんだから、自信持っていいぜ」


「ありがとうございます。……ところで、カガリナは……」


「ああ、まだヘソを曲げたまんまさ。見送りには来いつったのに、あの天邪鬼め」


 ライドウさんはため息交じりに頭を掻く。


 ……カガリナは、最後まで俺たち『追放者ギルド』がアクア・ヒュドラと戦うことに反対した。


 「バカなの!? 死ぬの!? もう知らないんだから、アイゼンのバカ!」と言ったきり、俺と口をきいてくれない。


 ――彼女は彼女で、俺たちの身を案じてくれているのだ。


 その気持ちはよく伝わっている。


「大丈夫ですよ、ライドウさん。カガリナには必ず帰ってくるから、出迎えには顔を見せてほしいって伝えてください」


「言っとくよ。もっと自分に素直になれってな。さて――」


 ライドウさんは真面目な顔つきになると、俺たち3人を見据える。


「最後に、今朝入ったばかりの情報なんだが……ヴォルクの奴が送り込んだ『アイギス』ってSランクパーティが、アクア・ヒュドラの討伐に失敗したらしい。詳細まではわからねぇが、なんでもメンバー1人を失う大損害だったとか」


 ライドウさんの報告を受けて、マイカが驚愕する。


「『アイギス』……!? メ、メンバーを失ったって、一体誰が!?」


「? 名前は知らねぇが、どうやら重装士タンクがやられたらしいな」


「――! サイラス……だから言ったのに……!」


 悲しそうに、彼の名を呟くマイカ。


 そうか……あの時の重装士タンクが……


 マイカを追放すれば、いずれそうなる運命ではあったのだろうが……


 ライドウさんは言葉を続け、


「『ヘカトンケイル』に属するSランクパーティがやられた……それだけアクア・ヒュドラは手強いってことだ。だが、腕利きのSランクパーティでも倒せなかった相手をお前らが倒せたってことになれば、否が応でも世間は注目する。コイツは絶好の追い風だ。さあ――未来を掴んでこい、『追放者ギルド』!」

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