第52話 とあるSランク冒険者の意志


「……な、なんか外の様子がおかしいっス……サルヴィオの兄貴は無事なんでしょうか……?」


 震えるサリアを抱き締めるコレットは、壊された壁から外を覗き見る。


 ――サルヴィオが陽動すると出て行ってから、どうにも様子が変だ。


 ついさっきまで戦闘音が響き渡っていたのだが、急に静かになってしまった。


 骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビが離れていった、という感じでもないし……


 それに、男の叫び声が聞こえたような……?


 コレットは不安で仕方なかった。


 なんだか妙な胸騒ぎがするが、彼は隙を見て逃げろと言っていた。


 サルヴィオの兄貴が上手くやってくれたのだろうか?


 今がその隙――なのか?


「おねえちゃん……こわいよぉ……」


「大丈夫っスよ……アタシが付いてまスから。――そうでスよ、きっと兄貴がなんとかしてくれたんでス。だって、兄貴がやられるなんて想像もできないっスもん……」


 そうだ、あの人を信じるんだ。


 今、動くべきなんだ。


 コレットは決断し、ハルバードを握り締める。


「行きましょう、サリアちゃん。お母さんの下へ向かうんでス」


「うん……」


 サリアの手を引き、家を出るコレット。


 2人が外へ出ると、そこは不気味なほどの静寂に包まれていた。


 少なくとも戦闘が行われている気配はない。


 立ち並ぶ建物が視線を遮り、骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビの姿も確認できない。


 あまりの気味の悪さにコレットは足がすくみそうになるが、それでも自らを奮い立たせる。


「さあ、こっちでスよサリアちゃん! 急いで避難場所へ――!」


 2人が走り出そうとした――――まさにその矢先、




『ォォォゴオオオオオッ!』




 突如轟音が木霊し、建物の陰から巨体が跳躍する。


 そして――骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビが、2人の前に着地した。


 舞い上がる砂煙。

 その中で骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビはゆっくりと頭を上げ、瞳のない眼孔でコレットたちを捉えた。


『ォォゴオオオ……』


「あ……あ……!」


 行く手を遮られるコレット。


 恐怖で身体が強張り、激しく呼吸が乱れる。


 ――彼女は全て悟った。



 ヴィリーネさん、マイカさん、他の皆、そしてサルヴィオの兄貴――


 彼らは、敗れたのだと。


 ただ悪夢だけが残ったのだと。



 もはや為す術なし。


 趨勢は決した。


 だが――――それがわかっても尚、コレットはハルバードを構える。


「……サリアちゃん、逃げてください。全力で走るんでス。絶対に振り返っちゃダメでスよ」


「お、おねえちゃん……!?」


「ウチは大丈夫でスから。だから――走って。……走れッ!」


 コレットは叫ぶ。


 その言葉を受けたサリアは、自分で自分を引き剥がすようにコレットから手を放し、彼女に背を向けて走り出した。


「あの子には……あの子には、指1本触れさせません! このコレット・ハスクバーナが、お前の相手だッ!」


 姿勢を低くし、ハルバードを構えるコレット。


 ヴィリーネやマイカ、そして数多の冒険者たちが束になっても勝てなかった不死身の竜。


 そんな怪物にコレット1人で勝てるワケがない。


 ハルバードを握る両手も、地面を踏み締める両足も震えが止まらない。


 だが――それでも彼女は逃げ出さなかった。


 それでも、彼女は諦めなかった。


「サルヴィオの兄貴……大事なのは、最期まで冒険者でいたいって気持ちを消さないこと……そうでスよね」


 コレットは、サルヴィオからしっかりと受け継いでいた。


 冒険者が冒険者として持つべき〝誇り〟を。


 だからこそどれだけ怖くても、それが無謀だとしても、彼女は逃げることなどできなかった。


 それが、コレットにとって〝冒険者として生きる〟ということであったから。


『ォォォォォゴオオオオオオオオオオッ!!!』


 骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビが、コレットへ襲い来る。


 だがコレットは巨体から繰り出される攻撃を回避し、受け流し、隙を見て少しでも反撃を行う。


 総じて守勢に回っているが、彼女の目と反射はかろうじて骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビの攻撃に追従できていた。


 ――紛いもなく、それはサルヴィオとの猛特訓が生んだ努力の結晶だった。


 かつてBランクパーティから追い出された時と比較すれば、飛躍的に戦闘力とステータスが向上していたのである。


 ――イケる。余裕なんて全然ないけど、サリアちゃんを逃がすくらいの時間稼ぎはできる!


「ハアアアッ!」


 コレットは強くなった自らに手応えを感じつつ、攻勢へと転じようとした――その刹那、


『ォォゴオオ!』


「! しま――ッ!」


 攻撃の瞬間とは、同時に最大の隙にもなる。


 その一瞬を突かれたコレットは骨の前足に薙ぎ払われ、致命の一撃クリティカルを受けて吹っ飛ばされた。


 家屋の壁にぶち当たり、積まれた煉瓦へ身体を叩きつける。


 その衝撃は凄まじく、たった一撃で彼女を行動不能に陥らせるほどだ。


「ぐ……あ……かは……っ」


 意識を失わないのが悪魔の悪戯とすら思える大ダメージ。


 コレットはそれでも必至で起き上がろうとするが、全身に力を入れることすらままならず、血反吐すら吐く有り様。


 とても、戦いなど続けられそうにない。


『ォォゴオオオ……』


 骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビが徐々に近づいてくる。



 ここまで――なのか――



 遂に、コレットの心は諦めを迎えそうになった。


「…………サルヴィオの兄貴……ウチは……ウチは……」



 やっぱり――ダメだったんでスかね――



 朦朧とする意識と霞む視界の中で、コレットはそんなことを思う。


 ――――その時、





「――ヒャハハ……俺様を呼んだかよ、コレット」





 彼女の前に立つ、1人の冒険者の姿があった。


「……え?」


「なっさけねぇ姿しやがって。お前はこんなトコでくたばるタマじゃねぇだろうが、あぁ?」


 見紛うはずもない。


 倒れる彼女の前に立つ冒険者、それは他ならぬサルヴィオその人であった。


「あ、兄貴……サルヴィオの兄貴……!」


「言ったろうが、最強で無敵のヒーローの俺様が死ぬワケねぇってよぉ。ヒャハハ……」


 まるでいつものように、下品な高笑いを上げるサルヴィオ。


 だが――コレットは見逃さなかった。


 彼の足元に滴る、真っ赤な血を。


「! 兄貴、血が……!」


「血だぁ? なに言ってるかわかんねぇなぁ。俺様は絶好調だし、最高の気分だぜ! こんなの・・・・、かすり傷の内にも入んねぇよ!」


 それは、明らかな嘘。


 クレイから受けた斬撃によりサルヴィオは立っているのもやっとで、そのダメージは確実に彼の命を蝕んでいた。


 だがそれでも、彼は剣を握る。


「いいかぁ、コレットォ! 俺様はお前を諦めねぇ! だからお前も、俺様の背中をよく見とけ! それが、お前がお前を信じるってことになる!」


 サルヴィオは力の限り叫び、剣を構える。


 そして彼らしい下品な笑みを浮かべながら、眼前の怪物を睨みつけた。


 そんなサルヴィオと相対した骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビは何を感じ取ったのか、初めて1歩後ずさる。


「ォ……ゴオオオ……ッ」


「ヒャハハハァ! 俺様が恐ろしいか、クソドラゴン! あぁ、地獄が見えるぜ! 待たせたなぁ『銀狼団』! コイツと一緒に――――今そっちに行ってやらぁッ!!!」


 骨のドラゴンエンシェント・ドラゴンゾンビはまるで恐怖を振り払うように、大きな前足を振り被る。


 サルヴィオもそれに合わせて全力で剣を振り下ろし――




 ――――その身体は竜の腕に弾き飛ばされ、空へと舞った。



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