第2話 じゃあウチが貰いますね


「いやあぁ~! 捨てないでくださいぃ~!」


 ヴィリーネという金髪の少女は、涙を流しながら騎士風の男の足にすがり付く。


「うるせぇ! 万年ビリのくせに、このサルヴィオ様に触んじゃねぇよ!」

「どうして捨てるんですかぁ~! 私、ずっと頑張ってきたのにぃ~!」

「どうして、だぁ……? そんなの、お前のステータスが低いからに決まってんだろーが!」


 サルヴィオという騎士風の冒険者は、容赦なくヴィリーネを蹴り飛ばす。


 ああ……またか……

 その光景を見た俺はより一層暗い気持ちになり、ため息を吐く。


 こんな光景を目にするのは、もう何度目だろう。

 俺が冒険者ギルドを訪れる度に、こうして誰かがパーティから追放される場面を目撃している。


 いや――この追放という行為自体が、今や冒険者の日常と化しつつあるのだ。


 最近、〝追放ブーム〟という言葉が流行語となっている。

 これは呼んで字の如く冒険者が仲間を追放することがブームとなり、多くの冒険者が口にするようになったためだ。

 流行り言葉にブームという単語自体が含まれるのは違和感があるが、事実なのだから仕方ない。


 そもそも〝追放ブーム〟が起き始めたのも、〈ステータス・スカウター〉のせいである。


 〈ステータス・スカウター〉の登場は確かに画期的だったが、冒険者の世界に明暗をもたらすこととなった。

 個人の能力が数値として見れるようになったことで、高位ランクパーティはより高いステータスを持つ者を求めるようになったのである。

 そして高いステータスを持つ冒険者を加入させるため、パーティ内で最もステータスの低い仲間を追放する……そんなことが繰り返されている。


 サルヴィオは床に倒れるヴィリーネを見下し、


「いいかぁ? 俺たち『銀狼団』は、Sランクパーティに格上げになったんだよ。だから今以上の戦果を上げるためにも、より高いステータスの仲間を招かないといけねぇ。つまり席を1つ空ける必要があるワケだが……俺たちの中で1番ステータスが低いのは、誰だっけ?」

「そ、それは……私ですけどぉ……」

「ヒャハハハ! よくわかってんじゃねーか! 流石は〝ビリのヴィリーネ〟だなぁ!」

「よかったじゃんか、流行りの〝追放ブーム〟に乗れてさぁ、ククク」

「お荷物が消えてくれて清々するわ。トラップ避けにしかならない剣士なんて邪魔なだけだもの」


 サルヴィオとその仲間は、最高にバカにした笑い声を上げる。


 ――ハッキリ言って、俺はこの流行をクソだと思っている。

 ステータスの高い冒険者は強い。ステータス高い冒険者パーティは優れた成果スコアを上げる。

 それは1つの事実かもしれないが――どいつもこいつも、低ステータス者の持つ数値ステータス以外の価値に気が付いていない。


 そう例えば――〝隠しスキル〟とか。


 俺は1度目を閉じ、


「……【鑑定眼】」


 自らのスキルを発動し、改めて目を開く。

 すると、ヴィリーネやサルヴィオたちの胸元に文字が浮かんで見えた。

 そこに書かれていたのは――彼女たち冒険者が持つ、唯一にして固有の〝隠しスキル〟。


 これこそが、俺が冒険者の価値は数値ステータスでは決まらないと断言する根拠なのだ。


 俺の目には、他者の持つスキルを見抜く能力がある。

 〝隠しスキルを見抜くスキル〟とでも言えようか。


 この能力に気付いたのは子供の頃。

 昔は、他者に表示される文字を誰しもが見えるモノだと思っていたが、ふと母に尋ねた時「そんな文字はどこにもないわよ」と諭されたのがきっかけだった。

 そしてギルドマスター育成学校に入る頃には意識的に見る/見ないのスイッチができるようになり、表示される文字の意味も理解できるようになっていた。

 生憎、育成学校では「そんなの見えるワケない!」と誰にも信じられなかったが。


 さて、まずは大口を叩くサルヴィオという冒険者の〝隠しスキル〟を見てみよう。



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 スキル【攻撃力・防御力1.4倍】


 攻撃力と防御力を基礎ステータスから1.4倍にする


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 ほう、基礎ステータスを向上させるスキルか。


 実は彼に限らず、高いステータスを持つ者は基礎能力を引き上げる〝隠しスキル〟を持つ場合が多い。

 それ自体はシンプルに強力であるし、彼の1.4倍という倍率も悪くはない。


 だが――ヴィリーネの〝隠しスキル〟を見てみると――



=========================


 スキル【第6超感】


 優れた直感によりモンスターの出現位置やトラップを

 予知し、回避することができる


 またモンスターの攻撃を予測することができる他、

 弱点を見極めることができる


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 ――ほら、思った通り。

 とてつもなく強力なスキルの持ち主だった。


 【第6超感】……言い換えればスーパー・シックスセンスって感じか?

 モンスターの出現ポイントやダンジョンのトラップ配置を見破ることができ、戦闘時には敵の攻撃を予測回避しつつ弱点に必殺の一撃を叩き込める――


 深く考えるまでもなく、超有能な能力だ。

 偉そうなサルヴィオとは比較にもならない。


 こんな貴重なスキルを持っているにも関わらず、彼女がパーティから追い出されそうになっているのは、十中八九彼女が自分の能力に気が付いていないからだろう。


 〝隠しスキル〟は全ての人間が持っているモノだが、それに気付ける者は数少ない。

 ほとんどの人は無意識的にスキルを発動させていたり、あるいは全く使ってなかったりする。


 ステータスが低く、パーティにも恵まれないヴィリーネが今日まで生き残ってこられたのも、【第6超感】が無意識に発動していたからで間違いない。

 彼女をトラップ避けにしていたという発言からも、パーティの先鋒・尖兵――悪く言えば肉盾として扱われていたはずだ。

 知らず知らずの内に、彼女はパーティの危機を回避していたのだろう。

 モンスターの弱点を見抜けても活躍できなかったのは、他のメンバーが手柄を横取りしてたって所か。


 ……ヴィリーネのお陰で危機的状況に陥らなかっただけなのに、そんなことも知らずに追放する……

 こんな無能共がSランクパーティとは……


 これでいいのか?

 これが冒険者と、それを支える冒険者ギルドのあるべき姿なのか?


 ステータスという目に見える数値ばかりに気を取られて、本当の価値に見向きもしない。

 そして不条理な理由で、有能な者が追放されていく。

 今までは見て見ぬフリをして後ろめたさを感じてたけど、もう我慢の限界だ。


 どうせ冒険者ギルドは、追放者に手を差し伸べたりなんかしないんだ。

 それに俺の思想も理解されないし、【鑑定眼】のことも信じちゃくれない。


 ――ああ、いいぜ。

 だったら――!


 腹を決めた俺は、『銀狼団』の下へと歩み寄っていく。

 すると、サルヴィオがこちらに気付いた。


「あん……? なんだ、てめぇ?」


「その子を追放するんですか? じゃあウチが貰いますね」

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