第32話 スキル なし


「ふわぁ~……ここが、私たち『追放者ギルド』の新しいお家ですかぁ~……!」


 高らかに見上げて、嬉しそうにヴィリーネが言う。


 彼女の視線の先には、2階建ての木造の建物。


 そして1階部には両開きの扉があり、その入り口の上には『追放者ギルド(Exiles Guild)』と綴られた看板が掛けられている。


「うん、アクア・ヒュドラ討伐の報酬で、資金にかなり余裕ができたからね。いつまでも根無し草ってワケにもいかないし、中古の建物を買ったんだ。これでようやく、活動を軌道に乗せられそうだよ」


「案外立派じゃない。場所は少し郊外だけど、『デイトナ』に通えない距離じゃないし。物件を見る目もあるなんて、流石はマスターね」


 マイカも関心した様子で見上げる。


 ――アクア・ヒュドラの討伐から、早数日。


 世間は〝アクア・ヒュドラを倒した追放者たち〟の話題でもちきりだ。


 流石にビッグニュースではあったが、「それ本当なのか?」という疑念を持つ冒険者も多く、俺たちが特別に英雄扱いされることはなかった。


 追放者=低ステータスの無能、という偏見を世間から消し去るには、まだ時間がかかるということなのだろう。


 とはいえ、追放者を差別的に扱う者の少ない『アバロン』の冒険者たちからは随分と声をかけてもらえた。


 あれは嬉しかったなぁ。


 さて、俺たち『追放者ギルド』の現状はというと――勝利の興奮も落ち着き始め、これからの活動をどうしていくかを模索中。


 今後について3人で話し合い、カガリナやライドウさんからもアドバイスを貰った結果、とにかくまずは拠点を持とうってことになった。


 ギルドとして旗上げしたからには、『アバロン』に入り浸ってばかりもよくない。


 やはりギルドであるならば、依頼などは自分で取ってこれるようにしたい。


 なにより、追放者たちが困った時に、向かえる場所があるべき――


 そういう意味もあって、地に足を付けた――そんな次第だ。


「ふぅん、いい感じの建物選んだのね。アイゼンのくせに生意気」


 俺たちが新居に惚れ惚れとしていると、手荷物を抱えたカガリナがやって来る。


「カガリナ! 店の方は大丈夫なのか?」


「ええ、他の子に受付を任せてきたから。それよりコレ、引っ越し祝い」


 そう言って、彼女は瓶やパンなどの食べ物が入ったバスケットを手渡してくれる。


 しかし、引っ越し祝いという表現は正しいのか?なんて野暮や突っ込みは止そう。


「親父も近々挨拶に来るって言ってたわ。ギルド同士仲良くやろうぜ、ですって」


「あら? 仲良くしたいのはあなたの方じゃなくて? 前は泣いてマスターに抱き着いてたのに」


 クスクス、と笑いながらカガリナをからかうマイカ。


「んなっ! うっさいわ、このケモ耳娘!」


「もう、ハッキリしないのね。好きなモノは好きって言えばいいじゃない。ねぇヴィリーネ先輩」


「ふぇ!? そっ、そうですね! こ、好意を伝えるのは大事だと思いましゅ!」


 噛んだ。


 顔を真っ赤にして。


 相変わらずヴィリーネは癒されるなぁ。


「そんなことより! 親父から伝言よ。冒険者ギルド連盟の総代の件」


「ああ……それでいつお会いできるんだ?」


「今から1週間後ですって。ホント大物になっちゃったわよね、アンタ……。新米のギルドマスターに総代が会ってくれるなんて、ないわよ普通」


 ホントだよな、俺もそう思うよ。


 ライドウさんから始めて総代と会えると言われた時は、頭が真っ白になった。


 いくらアクア・ヒュドラを討伐したと言っても、まさかそこまで評価されるなんて思ってもみなかったからだ。


 冒険者ギルド連盟の頂点にして、数多の冒険者を束ねる豪傑……


 一体どんな人物なのだろう。


 やっぱりおっかない人なのだろうか。


 もう想像もつかない。


「全く、なにを言われるのか気が気じゃないな。とりあえず了解。それよりカガリナ、時間あるならウチに寄ってけよ。新居を祝ってパーティでも――」



「――――あのー、すみませーん」



 俺がカガリナを建物の中に招こうとした時、そんな声が俺たちを呼び止めた。


「ここに来れば、『追放者ギルド』の方々とお会いできるって聞いたんっスけど……。あなた方でお間違いないでスか?」


 やや緊張した面持ちで話しかけてきたのは、明らかに冒険者らしき1人の少女だった。


 明るい茶色の短髪、使い込まれた斧槍ハルバート、鋲が打たれた革鎧、そんな出で立ち。


「えっと、確かに俺たちが『追放者ギルド』だけど……」


「おお! ではあなた方がアクア・ヒュドラを討伐したという、追放者の希望の星! お会いできて光栄っス! 超感激っスよ!」


 バッと俺に近付いてくると、ハルバートを置いて両手で握手してくる少女。


 なんというか、物怖じしない元気っ子らしい。


「も、申し訳ないけど、キミは一体……?」


「あっ、ご挨拶が遅れました! ウチはコレット・ハスクバーナという名前で、冒険者をやってるっス! あなた方『追放者ギルド』は追放者を募集してると聞いて馳せ参じたんスよ!」


 コレットと名乗る少女は何故かバッと敬礼し、ハキハキと挨拶する。


「追放者ってことは、それじゃキミも――」


「ウっス。恥ずかしながら、ステータスが低いってパーティを追放されてしまって……。しかもウチがいたのはBランクなんスけど、雇ってもらえまスかね……?」


「ああ、『追放者ギルド』は名の通り追放者を歓迎しているからね。ぜひ中で話がしたい」


「あ、ありがとうございまス! ウチはガッツと根性だけが取り柄でスが、よろしくお願いしまス!」


 ガッツと根性って、それ同じ意味じゃない?


 なんて突っ込みはさておき、どうやら明るくて良い子そうだ。


 ヴィリーネたちとも気が合うだろう。


 新しい拠点に新しい仲間、これはなんとも幸先がいい。


 この子もステータスの低さを理由に追放されたのなら、なんらかの〝隠しスキル〟を持っているのだろうな。


 さっそく見てみるとするか。


「――【鑑定眼】」


 目を瞑り、そして【鑑定眼】を発動させて再び瞼を開く。


 そしてコレットの前に文字が浮かび上がるが――――そこに書かれた内容を見て、俺は我が目を疑った。





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 スキル なし


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