第31話 ヴォルクの怒りと、帰ってきた○○○○


 ――〝追放者を集めた新興ギルドが、アクア・ヒュドラを討伐した〟


 この電撃的なニュースは、あっという間に冒険者界隈に広まった。


 討伐の情報を、冒険者ギルド連盟の本社が大々的に公表したためである。


 勿論、世間的に低ステータスの弱者として見られる追放者の活躍――という部分も注目のポイントではあった。


 だがそれ以上に噂の勢いに拍車をかけたのは、あの大手冒険者ギルド『ヘカトンケイル』のSランクパーティが、討伐されたアクア・ヒュドラに1度惨敗しているという事実。


 『ヘカトンケイル』に属するSランクパーティが逃げ帰ってきた場面を目撃した者たちは、大勢いたのである。


 この一件は世の追放者たちに希望を与え――同時に、『ヘカトンケイル』の名声を地に落としていた。



   ◇ ◇ ◇



「……クレイ、俺の言いたいことはわかるよな?」


 大手冒険者ギルド『ヘカトンケイル』――そのギルドマスターの執務室。


 大きな椅子にどっしりと腰掛けたヴォルク。


 その獅子を彷彿とさせる厳つい顔には、明らかに怒りが見て取れる。


 そんな彼の前には、今にも死にそうなほど青ざめたクレイが佇む。


「アクア・ヒュドラっていやぁ、手強いモンスターってことで有名だ。強敵を相手にすれば苦戦することもあるだろう。仲間が犠牲になることもある。そいつは悲しいことだ」


「は……はい……」


「だがな――相手が強かろうが、仲間がくたばろうが、そんなのは関係ねぇんだよ。俺たち『ヘカトンケイル』に必要なのは強者のみ。相手が強ければ、ただそれ以上に強くなればいいだけの話だ。俺がいつもお前に言って聞かせてたことだよなぁ?」


 ヴォルクは椅子から立ち上がり、クレイの目の前まで歩く。


 ヴォルクの身体はクレイよりも一回り大きく、その身体から放たれる覇気はますますクレイを収縮させていく。


「ば……挽回の! 挽回のチャンスを下さい! 次こそは必ず、俺が強者であることを証明して――ッ!」


 クレイが言い終えるよりも早く、彼の顔目掛けてヴォルクの鉄拳が飛んだ。


 隆々とした剛腕で殴り飛ばされたクレイは、部屋の壁際まで吹っ飛ぶ。


「ぐ……うぅ……」


「クレイ、俺が何に対してキレてるかわかるか? お前が『ヘカトンケイル』という名前に泥を塗ったことと――なにより、弱者である追放者でも倒せた雑魚なんぞに、お前が負けたことに対してだッ!」


 ヴォルクは初めて、憤怒を露わにする。


 額に幾つもの青筋を立て、その怒声は床や壁すら振動で震えさせる。


「何故だ? どうして負けた? ステータスの低い追放者でも勝てた相手だぞ? お前のせいで、俺たちはとんだ笑い者になっちまった!」


「わ、わかりません……サイラスの盾が、魔術を無力化できなくなっていて……」


「もういい! お前には期待して目をかけてやったのに、がっかりしたぜ。……お前の処分は追って伝える。しばらくは、そのツラを俺に見せるんじゃねぇ!」



   ◇ ◇ ◇



「く、くそぉ……どうしてこんなことに……」


 ヴォルクから事実上の謹慎を言い渡されたクレイ。


 彼は暗い宿部屋の一室で、酒瓶を手に己が不幸を嘆いていた。


 一体なにがいけなかったのか?


 何故、あの時サイラスはウォーター・ブレスを防げなかったのか?


 考えても出ない答えに、クレイの精神はズタズタだった。


「チクショウ……俺は、俺は弱者なんかじゃ……」


「――そうよぉ。あなたは強いわ、クレイ」


 クレイの背後の暗闇、その中から細い腕が伸び、彼をそっと抱擁する。


 死霊使いネクロマンサーのヒルダである。


 彼女は妖艶が唇で、クレイの耳元に囁く。


「あなたは悪くないのよ。それにヴォルク様は、挽回しちゃダメだなんて言ってないんでしょう? あなたは強者だもの、これからいくらでも名誉を取り戻せるわ……」


「だ、だが……サイラスはもういない……神の盾を失った『アイギス』なんて、もう……」


「フフ……なにを言っているの? サイラスなら――ここにいるじゃない」


 彼女が言った――その直後、暗闇の中から歩き出てくる大男の姿。


 全身に着込んだ鎧がガチャガチャとこすれ合い、その手には大きな盾を持っている。


 その姿を、クレイは決して見紛わなかった。


「サ――サイラス!? どうしてここに!? お前、生きて――ッ!」


 彼に駆け寄ろうとしたクレイは、すぐにその足を止める。

 

 ――サイラスの虚ろな瞳には、光がなかった。


 それだけでなく、顔のところどころで肉が崩れ、骨が剥き出しになっている。


 腐敗こそしていないようだが――その様子は、明らかに生者のソレではない。


「ヒ……ルダ……お前まさか……サイラスを、不死者アンデッドにしたのか……?」


「ええ、そうよ。私の死霊術で、彼に帰ってきてもらったの。このサイラスなら、以前よりもずっと活躍してくれるはずだわ。ああ……とっても逞しくって、素敵……♪」


 恍惚とした表情でヒルダは語り、醜いサイラスの頭に兜を被せる。


 兜によって顔全体は覆い隠され、これならば一見して不死者アンデッドには見えない。


「冒険者が仲間を不死者アンデッドにするのは、禁忌中の禁忌だ! こんなのが冒険者ギルドにバレれば、追放じゃ済まないぞ!? 最悪、お、俺たちは……!」


「それじゃあ、クレイは今のままでいいの? ヴォルク様に、また認めてもらいたいと思わない? このサイラスがいれば、あなたも以前のあなたに戻れる。追放者でも倒せたのに、なんてバカにされることもない」


 ヒルダはクレイに寄り添い、彼の顔を自らの胸に抱き寄せる。


「大丈夫よ、大丈夫……。不安にならないで。私があなたの傍にいるもの。これからは……全部あなたの思い通りになるわ……」


「…………ハ……ハハ……アハハハ……!」


 この瞬間、クレイの中でタガが外れる。


 同時に、ヒルダの口元は歪に笑うのだった。

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