第5話 サルヴィオの受難①


「クソッ! クソッ! クソがぁッ!」 


 サルヴィオは激しい苛立ちを隠そうともせず、道端の石ころを蹴り飛ばしながら歩く。


「許さねぇぞ、あの男……! このSランク冒険者のサルヴィオ様をコケにしやがって……! いつか必ず後悔させてやる……!」


「ちょっとサルヴィオ、少しは落ち着きなさいよ。ここはもうダンジョンなのよ? 集中なさいな」


「うるせぇ! んなこたぁわかってんだよ!」


 Sランクパーティである『銀狼団』はアイゼンにヴィリーネを引き抜かれた後、地下迷宮ダンジョン潜りに来ていた。


 そして今回は、『銀狼団』がSランクパーティになって初めてのダンジョン攻略(アタック)。

 トップランクパーティしか入れない最高難易度の迷宮へと足を踏み込んだのだが、既に雲行きは怪しくなり始めている。


 アイゼンとの一件もあり、パーティリーダーであるサルヴィオは完全に冷静さを欠いていた。

 元々攻めると決めていたからダンジョンに来ているものの、事前ミーティングなどはなく、まるで自分の鬱憤を晴らしてやるといった感じでズカズカと進んでいる。

 当然、周囲への警戒や味方の鼓舞などは皆無だ。


 そんなパーティリーダーに、流石のメンバーたちも不安の色を隠せない。


「ね、ねぇリーダー、やっぱり日を改めようよ。僕たち最高難易度ダンジョンは初めてなんだし、もっと詳細な計画を練った方が……」


「なんだよ、臆病風にでも吹かれたか? それとも無能を1匹引き抜かれたくらいでビビッてんのか!? やる気がねぇならてめえだけ帰れ!」


 聞く耳を持たず、喚き散らすサルヴィオ。


 メンバーたちは呆れて頭を抱えた。

 サルヴィオは確かに優れた冒険者であるし、これまで難しいダンジョンや手強いモンスターたちとの戦いも潜り抜けてきた。

 度胸も経験も兼ね備えているのは間違いない。


 しかしどうにも気が短く、1度キレると後先を鑑みなくなるきらいがある。

 さらに異様にプライドが高いため、自分がコケにされたと思い込むと我を忘れて怒り狂う。

 正直なところ、メンバーたちは彼の腕を強く信頼はしても性格に関しては辟易していた。


 これまではヴィリーネがサルヴィオのストレス発散の相手になっていたが、そんな彼女はもういない。

 あまつさえこれまで無能とバカにしていた〝ビリのヴィリーネ〟が有能だからとスカウトされ、パーティを牽引してきたサルヴィオは無能と断じられたのだから、その怒りはどれほどのものか。


 ヴィリーネがいなくなったことでサルヴィオの怒りを受け止める者がいなくなり、結果的に誰も彼を止められなくなったのは、まさに皮肉であろう。


 サルヴィオは大きく舌打ちすると、


「フン、それに今回からは優秀なステータスの斥候スカウトが加入したんだ。ウスノロのヴィリーネがいた頃なんかより、よっぽど戦力は上がってるんだぜ? 楽勝も楽勝だろうが。おい、期待してるぞ新人!」


「ああ、任せてくれ」


 『銀狼団』にはヴィリーネの代わりに、非常にステータスの高い斥候スカウトが加入していた。

 Sランクパーティに入れるほどなのだから実力・経験も十分であり、その点ではメンバーの誰も心配などはしていなかったのだが……


 ――しばらくダンジョンの中を進んでいると、道が2つに分かれた岐路が現れる。

 一見すると、どちらも異常は見受けられない一直線通路だが、


「おい新人、正解の道はどっちだ?」


「ふむ……左を行こう。僅かにだがモンスターの足跡がある。そっちが通り道になってる証拠だ。トラップも少ないはずだが、十分に注意して進もう」


「左だな。じゃあとっとといくぞ」


 サルヴィオは我先にと左の道を進んでいく。

 そう――いつものように。


「お、おい待て! 斥候スカウトより先に進むなんて、なに考えて――!」


「ああ? 左が大丈夫つったのはお前だろう――」


 その時、サルヴィオが踏んだ石畳の1つがガコッと沈む。

 直後――壁の隙間から放たれた弓矢が、サルヴィオの左肩へと突き刺さった。


「がぁ――ッ!?」


「り、リーダー!」


 激痛にのたうち回るサルヴィオ。

 だが防御力の高い彼にとって、これは致命傷にはならない。


「クソ、早く矢を抜いて止血――を!?」


「て、てんめえ、どういうことだ! 左にはトラップがないんじゃねぇのか!」


 激昂するサルヴィオは新人斥候スカウトの胸ぐらを掴み、問い詰める。

 しかし、そんな彼を見た新人斥候スカウトは困惑の表情を見せた。


「俺はトラップがないなんて言ってない! どんなルートにも危険が潜んでいると考えて、仲間に注意喚起するのが斥候スカウトの仕事だ! このパーティの前斥候スカウトは、今までなにを教えてきたんだ!?」


「なに、って――!」


 そう言われて、サルヴィオはハッとする。


 実はこれまで、『銀狼団』は正規の斥候スカウトを雇ったことがない。

 何故なら、ずっとヴィリーネがその役割を果たしていたからだ。

 もし彼女がトラップにでも掛かって命を落としたら、その時に腕の立つスカウトを雇えばいいとサルヴィオは楽観的に考えていた。


 そして彼女はずっとパーティの先頭に立ってきたが、その間にトラップに引っ掛かったこと1度もない。

 だからトラップなど恐るるに足りず、気にするほどのモノではない。

 ただ先頭を務める者に付いていけばいいのだ――彼は無意識の内にそう思っていた。


「それより気を付けろ! トラップがあったってことは――!」


 新人斥候スカウトは慌てて周囲を警戒する。

 だが次の瞬間、


『ワオオオオオオオオンッ!』


 まるで誰かがトラップに掛かるのを待っていたとばかりに、犬の雄叫びが木霊する。

 そして道の隙間や曲がり角の向こうから、怒涛の勢いで赤い毛並みのモンスターたちが襲い来る。


「クソっ、レッド・コボルトの強襲だ! 皆、陣形を整えろ!」


 新人斥候スカウトはパーティに指示を送るが、その言葉にすぐさま動ける者はいなかった。


「じ、陣形……!? 強襲された時の陣形なんて、私知らな――きゃあ!」


 『銀狼団』は為す術もなく乱戦状態に陥り、ロクな連携も取れなくなってしまう。

 彼らは強襲を仕掛けることや対ボスクラス用の陣形には覚えがあっても、奇襲や強襲を受けた時の対処方法を知らなかった。


 ――当然である。

 だって『銀狼団』は、これまで1度もモンスターの強襲を受けたことなどないのだから。

 それもこれも、全ては自分たちが追い出したヴィリーネのお陰だったとも知らずに。


 新人斥候スカウトは、既に顔面蒼白である。


「対強襲陣形もとれないなんて、お前ら本当にSランクなのか!? チクショウ、こんな雑魚パーティになんて入るんじゃなかった!」


「あ……あ……うあ……」


 サルヴィオは完全に怖気づき、目の前で仲間たちが襲われているにも関わらず腰を抜かしてしまう。

 そして彼の脳内では、アイゼンが最後に言った言葉が繰り返し再生されていた。



『これまで1度でも、この子ヴィリーネをダンジョンに連れていかない時があったか?』



 もしや――もしかして――自分は取り返しのつかないミスをしてしまったのか――


 しかし、後悔先に立たず。

 もう何もかも遅いのだ。


「ち……ち……チクショウ……チクショオオオオオオオオオオッ!」

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