第30話 帰還
洞窟ダンジョンを出た俺たちは、夕暮れの下で『デイトナ』へと向かっていた。
疲れ果てて気絶し、そのまま眠りこけてしまったヴィリーネを背負って歩く俺。
その隣でマイカが歩調を合わせてくれる。
「むにゃ……むにゃ……」
「よっぽど緊張してたのね……ヴィリーネ先輩ったら、全然起きる気配ないわ」
「ああ、この子は元々怖がりな性格だからね。本当に、よく勇気を出してくれたと思うよ」
あれほど手強いアクア・ヒュドラに向かって、無防備に突っ込むその恐怖――
計り知れないものがあったはずだ。
それでも、ヴィリーネは仲間を、マイカを信じた。
俺が信じた追放者を、彼女も信じてくれたんだ。
「ヴィリーネは、帰ったらうんと褒めてやらないとな。よくやったぞって」
「へぇ? 私は褒めてくれないのかしら、マスター?」
「い、いや、別に褒めないとは言ってないだろ……」
「冗談よ、クスクス」
悪戯っぽく笑い、フサフサな耳をぴょこぴょこ動かすマイカ。
そしてしばしの沈黙の後、
「……ねぇマスター、アクア・ヒュドラの件が終わったら、アタシの秘密を背負ってもらうって言ったわよね。……聞いてくれる?」
「勿論。どうしてマイカは自分の能力を隠してるんだ?」
「ここからすごく離れたところに『コハク村』っていう村があってね、アタシはその村を守る巫女の家系に生まれたの。アタシたち巫女は先祖代々、外敵から村を守る戦士たちに祝福を与えてきた。その能力が【
「なるほど……もしや、その能力を村は秘密にしていた?」
「流石マスター、察しがいいわね。強力な【
マイカは、杖を持つ手をぎゅっと握る。
「アタシには妹がいてね。その子の方がより強力な効果の【
「……いつどんな場所でも、人は比較をしたがるってことだな。それは辛かったはずだ」
「ええ、だからこっそり抜け出して、村を出たの。そもそも、アタシはずっと冒険者に憧れてた。自分の意志で自由に生きる、そんな冒険者に。一応魔術の知識もあったから、今ではこうして冒険者になれているけど……もし万が一にでも、アタシの能力の噂が広まったりすれば――」
「噂を聞きつけた村の人たちに連れ戻される、か……。それは迂闊に他人に話せないワケだ」
俺はとても腑に落ちた。
マイカの能力は、誰が見ても有用で貴重な能力だ。
もしSランクパーティにそんな能力の持ち主がいると知られれば、噂はあっという間に広まるだろう。
夢だった冒険者を続けるためには、秘密にするしかなかったのだ。
「話してくれてありがとう、よくわかったよ。この話は胸の内にしまって、しっかりと背負わせてもらう」
「ふぅん、ヴィリーネ先輩を背負ったその背中で? なら試してあげるわ。それ!」
突然、俺の背中に抱き着いてくるマイカ。
さらに、ヴィリーネの上に乗ろうとしてくる。
「こ、こら、やめろ! ヴィリーネが起きちゃうだろ! それに重い……!」
「団員の秘密も背負えないで、ボスは務まらないんじゃなかったのかしら? ホラ、男の子でしょ。頑張ってみなさいな、フフっ♪」
なるほど……これがギルドマスターの重責ってコトなんだな……?
なら背負ってやろうじゃないか……!
女の子2人を背負い、歯を食いしばって歩き出す俺。
――そんなやり取りをしている内に、気が付けば『デイトナ』の街が見えるところまでやって来ていた。
そして街の入り口には、見覚えのある人影が2つ。
ライドウさんとカガリナだ。
「あれ? カガリナ、出迎えにきてくれたんだな」
「――アイ……ゼン……!」
俺の顔を見た瞬間、彼女の顔がくしゃっと歪み、目尻に涙が浮かぶ。
そして彼女は猛烈な勢いでダッシュすると――頭から俺の腹部にダイブし、そのままがっしりと抱き着いた。
「ぐふぅっ!?」
「バカ、バカ、ホントにバカなんだから……! どんだけ心配したと思ってんの!? もう2度と戻ってこないんじゃないかと……っ!」
「わ、悪かった……悪かったから離して……!」
ヴィリーネとマイカを抱える重さと、カガリナの強烈なホールドで俺の身体は既に限界を迎えつつある。
そんな俺を見て、ライドウさんは大声で笑った。
「ハッハッハ! カガリナの奴、結局お前さんが心配で何時間もあそこで待ってたんだぜ? 男ならしっかり受け止めてやんな。それが甲斐性ってモンだ」
ライドウさんは言葉を続け、
「……じきに、アクア・ヒュドラの討伐が確認されるだろう。よく戻ったよ、アイゼン。お前は偉大なギルドマスターだ。これで『追放者ギルド』の力は証明されたワケだが――この一件が終わった暁には、その実力を見込んで冒険者ギルド連盟の総代が話をしたいと言ってたぜ?」
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