第43話 胎動
――何処とも知れぬ鍾乳洞の中。
あらゆる人里から遠く離れ、冒険者ギルド連盟でさえも場所を知らない秘境の場所。
そんな神秘性すら残る未踏の地に、足を踏み込む3つの人影があった。
「ヒ、ヒルダよ……本当に、こんな場所に俺の名誉を回復する方法があるのか……?」
不安気な表情でそう言うのは、Sランクパーティ『アイギス』のリーダーであるクレイ。
彼を案内するように、
「ええ、その通りよぉ。長い――ううん、
艶のある唇に、怪しい笑み浮かべるヒルダ。
そんな彼女の傍には、生気を失った
――人の気配どころか、モンスターの気配すらない不気味な鍾乳洞。
奥へ奥へと進む度に、重々しい空気はどんどん強くなる。
「クレイ、あなたドラゴンって知ってるわよね。確か、これまで倒したことがあるんでしょう?」
唐突に、ヒルダがそんな質問をクレイに投げかける。
「ああ、過去に1度だけ倒したことがある。ドラゴンといえばモンスターの王とも空の覇者とも呼ばれる、最上位クラスのモンスターだからな。途方もなく手強い相手だった。……サイラスがいなければ、勝てなかったかもしれない」
クレイは
そんな彼に対し、サイラスが視線を返すことはない。
「そうよねぇ、ドラゴンとは強大な生き物だもの。……だけど、今のドラゴンと大昔のドラゴン――
ヒルダはどこか楽し気に、話を続ける。
「言い伝えによれば
ヒルダの話を無言で聞き続けるクレイ。
どうして今そんな話をするのか?と彼は思ったが、道中の閑談なのだろうと特別に聞き返したりはしなかった。
そして鍾乳洞の最深部と思しき場所に辿り着くと、
「なんだ、これは……神殿?」
クレイが目の当たりにしたのは、とても古めかしい石造りの建造物。
佇まいからして、それはおそらく神殿と呼べる類の物だろう。
まさかこんな場所に人工物があるとは……とクレイが驚いたのも束の間、
「ねぇクレイ、あの大きな石が見える?」
ヒルダが神殿の中央を指差す。
そこには巨大な要石が置かれており、謎の文字が大量に掘られている。
「クレイ、あの石をあなたの剣で斬ってほしいの。そうすれば、あなたは名誉を取り戻せるわぁ」
「アレを……? し、しかしあの石を斬ることと俺の名誉に、なんの関係が……」
「お願いよぉ、クレイ♪ ……私がこれまで、あなたに嘘なんてついたことあるかしらぁ?」
確かに――少なくとも、ヒルダが自分に嘘を言ったことはない。
サイラスの件こそあれど、なにも彼女がサイラスを殺したワケではないのだし……
そう思ったクレイは、腰から剣を抜く。
「……わかった、いいだろう。あんな石1つ、このクレイが容易く両断して見せよう」
クレイは神殿の中へと踏み入り、要石の前に立つ。
彼は剣を構え――
「――〈
一太刀の下に、大きな要石を真っ二つに割って見せた。
他愛ない、所詮はただの石ころか――クレイがそう思った刹那、
「…………やっぱり。ドラゴンを屠った者なら、この〝封印〟を絶つことができるのねぇ」
ヒルダが呟いた。
直後――――鍾乳洞の中に地鳴りが響き、地面が大きく揺れ始める。
「なっ、なんだ!? 地震!?」
「下がって、クレイ。……サイラス、防御態勢」
『――――』
クレイはヒルダの傍まで下がり、サイラスは巨大な盾を構えて2人の前に出る。
そして神殿が崩れると――――地面を突き破って、3本指の〝バカでかい骨の腕〟が出現した。
骨の腕はクレイたちを押し潰そうとするが、サイラスが身体を張って防ぐ。
「ヒィ……!? な、なんだこの腕は――ッ!?」
「ダメよクレイ、動かないで」
驚くクレイとは対照的に、冷静に対処するヒルダ。
骨の腕はすぐに引くが――――同時に巨大な竜の頭が――いや、骨と化した竜の頭が、その姿を露わにした。
『ォォォゴオオオオオオオオオッ!!!』
骨の竜は既に目を失っており、息を殺したクレイたちを見つけられない。
そして憤怒と怨嗟に満ちた咆哮を奏でながら、鍾乳洞の天井を突き破り、そのままどこかへ行ってしまった。
「な……な……なんだ、アレは……!? 骨のドラゴン……!?」
「――さっきの話の続きだけれど、不死身である
「不死身のドラゴンゾンビだと……!? 何故そんなモノを世に解き放った! あ、あんな化物が人々を襲ったら、一体どれだけの犠牲が出るか――!」
「あら、だからいいんじゃない♪」
フフッ、とヒルダが笑う。
「あの子にたくさん、たっくさん人や街を襲ってもらって、誰もが絶望した時に『アイギス』が現れる。そして理想的なタイミングでエンシェント・ドラゴンゾンビを倒せば、一躍英雄に――いいえ、あなたは〝勇者〟になれるわぁ。楽しい筋書きだと思わない?」
「お……俺に、活躍を自作自演しろっていうのか……? そのために人々を襲わせろと……? く、狂ってる……!」
「栄光を取り戻したいのよねぇ? 名誉が必要なのよねぇ? 誰にも倒せないエンシェント・ドラゴンゾンビを倒してごらんなさい。ヴォルク様はもう1度、いいえ今までよりもあなたを信頼してくれるはずよ。そのための手段なんて……どうだっていいじゃないの」
クレイの額から冷や汗が噴き出る。
吐き気を堪えて、口元を手で覆う。
彼の中に残った最後の良心が、大きく揺らいでいた。
「だ、だけど、だけど、不死身の化物を殺すなんて、どうやって……」
「大丈夫よぉ、大丈夫。私が知っているもの……クスクス、ええ、私が知っている。だからなにも心配いらないの」
ヒルダは聖母のように優しく諭し、怯える彼を抱きしめる。
そして彼の頭を撫でながら、
「……そうだわぁ。せっかくだし、あの子には意趣返しを手伝ってもらいましょう。確か『追放者ギルド』って言ったかしら、私たちを貶めた悪ぅい子たちは。今は『デイトナ』って街を拠点にしているらしいわねぇ。……ねぇクレイ? 私って、こう見えても陽動が得意なの♪」
『追放者ギルド』――――その名前を聞いた瞬間、クレイの心は黒く染まった。
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