第44話 覚醒の時……?


「どうしたどうしたぁ! そんな攻撃じゃ、ミノタウロスだって倒せねぇぞ!」


「ハァ……ハァ……ッ!」


 いつものように模擬戦闘訓練に励むサルヴィオとコレット。


 しかし今日は生憎の雨であり、2人はずぶ濡れ。


 地面はぬかるんで滑りやすく、気温も下がって息が白く色づく。


 連日の特訓によりコレットの実力は確実に上達しており、サルヴィオも剣をしっかり両手で握って攻撃を受けるようになっていた。


 とはいえ、まだまだSランク冒険者であるサルヴィオには及ばない。


 強くなっているのは間違いないのだが――特訓の量に比して、やはり成長が遅い。


 もし筋のいい冒険者がこれだけ濃密な特訓を積めば、Sランクまではいかずとも、既にAランク中~上位レベルの強さは身に付いているだろう。


 もっとも、コレットの意気込みと根性をなにより評価していたサルヴィオにとって、成長の遅さなど大きな問題ではなかったのだが――


「ヒャハハ、オラどんどん打ってこい。雨だからって気ぃ抜けてんじゃねぇのか? 今日の攻撃にはガッツが足りねぇぞ」


 笑って煽るサルヴィオ。


 それは普段のように、口の悪い彼が何気なく発した一言だった。


 しかし――その直後、コレットの様子が変わる。


 みるみる内に彼女の瞳から闘志が消えていき、ハルバードを構えていた両腕から力が抜けていく。


 これは――不味い。


 サルヴィオがそう思ったのも束の間、コレットはべしゃっとその場に座り込んでしまう。


「う……ううぅ……」


「お、おい、コレット――」


「ど……どうしてなんスか……? どうして、ウチは強くならないんスか……?」


 雨で濡れてハッキリとは見えないが――彼女は、泣いていた。


 その両目からは、悔しさと悲しさが溢れ出ていた。


「こんなに……こんなに特訓してるのに、全然サルヴィオの兄貴へ攻撃を当てられない……未だに兄貴の攻撃をロクに捌けない……。兄貴は、こんなウチをずっと鍛えてくれてるのに……!」


「お前……」


 ――普段から弱音を吐かず、士気が高い者ほど、折れる瞬間には唐突に折れるのだという。


 それがまさにコレットだった。


 普段から飄々とした元気っ子な分だけ、自分へ対するフラストレーションを口にせず、ずっとため込んでいたのだろう。


 そう、サルヴィオにとっては問題視すべきことでなくとも――その問題に、当人も気付いてしまっていたのだ。


「ウチは……ウチはやっぱり、才能ないんスか……? 幾らやっても無駄なんスか……? やっぱり……ウチは……冒険者なんて……」


「おい、コレット」


 サルヴィオはへたり込むコレット前まで歩き、彼女の前で屈む。


 そして、彼女の顔を覗き込む。


「お前がお前を諦めるなら、そいつは別にいい。無理ならもう無理だと言やぁいい。だがな、俺様はお前を諦めてなんてやらねぇ」


「……」


「それにな、なんだぁ今の言い草は? 才能があれば立派な冒険者になれるとでも言いてぇのか? 俺様を見ろや、体躯に恵まれててステータスも高くて、Sランクになれるような才能があったのに、それに溺れて仲間を全滅させた最悪の野郎になっちまった。……才能に恵まれていないから不幸だなんて幻想は、今すぐ捨てろ」


 サルヴィオは諭すように力強く言う。


 けれどその声色は静かで、怒鳴るような感じは一切ない。


「いいかコレット。冒険者が冒険者として終わる時っつーのは、才能がないと気付いた時でもなけりゃ、戦いで手足が吹っ飛んだ時でもねぇ。冒険者でいたいっていう気持ちが消えた時だ。だからお前がお前を諦めても、俺様やアイゼンはお前を諦めねぇ。だってお前は、誰よりも冒険者でいたいって気持ちが強い奴じゃねぇか」


「そ……それはぁ……」


「今のはちょっと疲れが溜まって、愚痴が漏れちまったんだろ。少し休めばどうせ元通りだろうが。世話を焼かせやがって、このアホめ。ホレ、事務所まで背負ってやっから、早く乗りやがれ」


 サルヴィオはコレットへ背中を向け、彼女に乗るよう催促する。


 しかし――


「…………いえ、すみません。どうか訓練を続けさせてほしいっス……」


 コレットは目元を擦り、ハルバードを持って立ち上がる。


「あぁ? 続けるったってお前――」


「どうか、お願いしまス!」


 力強い声で、コレットが叫ぶ。


 ――――彼女の瞳に、闘志が戻った。


 それを見たサルヴィオも、再び剣を取る。


「ヒャハハ……いいぜ、そんじゃあ続けてやる」


 間合いを取り、剣を構えるサルヴィオ。


 そしてコレットも再びハルバードを構えるが――


「……あん?」


 すぐにサルヴィオはコレットの異変に気が付いた。


 ――気迫、いや覇気とでも言うべきか?


 ハルバードを持つ彼女の雰囲気が、明らかに先程までと違う。


 手練れのSランク冒険者であるサルヴィオの目には、そこに立つ少女はまるで別人のようにすら映った。


「ハアアアアアッ!」


 サルヴィオ目掛け、コレットが勢いよく飛び込む。


 その攻撃を受けるべく、彼も防御の姿勢を取るが――コレットの攻撃速度は、サルヴィオの予想よりずっと上だった。


「う――お――ッ!?」


 甲高い剣戟音と共に、強烈な一撃がサルヴィオを吹っ飛ばす。


 剣を持つサルヴィオの両手が痺れる。


 凄まじい衝撃と攻撃力――とてもコレットから放たれたとは思えない。


「ア、アレ……? ウチ、今なにを……?」


「お……お前、今の……」


 コレットも自分の繰り出した攻撃を理解できず、驚いたまま顔を見合わせる。


 だが、その余韻も長くはなかった。



「――アイゼン! ねぇ、アイゼンはいる!?」



 突然、2人の下にカガリナが走ってくる。


 彼女は傘もささず、びしょ濡れだが――そんなことを気にかけていられないほど、鬼気迫る表情だ。


「カガリナさん……? い、いえ、マスターさんならいないっスよ? たぶんまだ『ナーシセス』にいるんじゃないかと……」


「そ、そうなの……? そうなんだ……アイゼンは街にいないのね……」


 カガリナは安堵したような余計に不安なような、なんとも複雑な表情を見せた。


 とはいえいつも勝気なカガリナが、珍しく狼狽えている。


 そんな彼女を流石に不思議に思ったサルヴィオたちは、


「おい、なんかあったのか? 俺様たちでよければ話を聞くが……」



「なんかあったどころじゃないわよ! こ、この街に……『デイトナ』に、巨大な骨の化物が向かってきてるのッ!」


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