第42話 サルヴィオの受難③
「ゼェ……ゼェ……よ、よぉし……今日の特訓は、これくらいにしといてやる……オェ」
「も……もう、腕が震えて動かせないっス……」
アイゼンがメラースの下を訪れていた頃――今日も今日とて特訓に精を出していたサルヴィオとコレットは、疲労困憊で地面に倒れていた。
彼らは模擬戦闘訓練に丸1日を費やし、朝から始めて既に時刻は夕方。
空は紅く染まっており、空ではカーカーとカラスが鳴いている。
ちなみに、今回サルヴィオは巨大なバーベルを肩に担いでスクワットをやりながら片手でコレットの攻撃を捌いていた。
お陰で、彼の体力もしっかり限界まで追い込まれている。
少し休息を取ったコレットはフラフラと立ち上がり、
「ウチ、水でも取ってきまスね……サルヴィオ兄貴の分も持ってきまスよ」
「あぁ? バカヤロウ、気なんて使うんじゃねぇ。そういうのは兄貴であり教官でもある、この俺様の役割であってだな……」
みっともないところは見せまい、と起き上がろうとするサルヴィオだが、疲労のせいで身体が言うことを聞かず、手足を動かそうにもプルプルと震えてマトモに動かせない。
その様子は、さながら生まれたての子羊のようである。
「いいっスから、兄貴は腕も足も動かせないでしょ? ちょい休んでてくださいっス」
苦笑混じりにコレットは言うと、歩き去ってしまった。
情けない……Sランク冒険者としてもっと精進しなくちゃならねぇな、と思いつつサルヴィオは紅く染まった空を見つめる。
そして、コレットの姿が見えなくなった時――
「…………お疲れ様です。今日もコレットさんと、たくさん訓練されたんですね」
サルヴィオの視界に、金髪の可愛らしい少女が映り込んだ。
ヴィリーネである。
彼女の口から出る言葉は彼を気遣ったモノだが、その目は少し訝し気だ。
「……おう、アイツが泣いて許しを請うまで、特訓を止めるつもりはねぇなぁ。もっとも、泣いたって見捨ててやらねぇけどよ! 俺様はアイツを気に入ったからな、ヒャハハ!」
「特訓に精を出すのは結構ですけど、コレットさんに色目なんて使わないでくださいよ。アイゼン様に言いつけますからね」
「色目だぁ? ハっ、俺様があんなガキんちょに色目なんて使うように見えるかよ。いいか? 俺様の守備範囲はなぁ――――50歳以上の美熟女、いや美魔女に限るんだよッ!」
くわっ!と目を見開いて叫ぶサルヴィオ。
彼の大胆なカミングアウトを受けて、ヴィリーネはポカンとする。
そして僅かに後ずさり、
「サルヴィオさん……そういう趣味があったんですね……」
「オイオイ引くな。美魔女はいいぞぉ? 特に少し背が低めで、母性の中に少女っぽさが残ってて、さらに知性的で気が強くてミステリアスな雰囲気まであればもう最高だ。大人の女性ってのは男のロマンなんだよ。わかんねぇかなぁ?」
「わかりません。ま、まあ年上が好きな気持ちは……少しは、わかりますけど……」
誰のことを考えたのか、少しだけ頬を赤らめるヴィリーネ。
そんな彼女に対して「そうか、わかるか! ヒャハハ!」といつものように下品な笑い声を上げるサルヴィオ。
だが――そんな彼を見るヴィリーネの内心はとても複雑で、彼女は小さくため息を吐く。
「……あなたは変わりました。コレットさんにも本当に良くしてくれています。とても……私が『銀狼団』にいた頃からは想像もできません」
「……」
「アイゼン様があなたを信じるなら、私も同じように信じたい。でも……心の奥底で、どうしてもあなたを認められない私もいるんです。サルヴィオさんのことが許せないって、サルヴィオさんのことが嫌いだって……」
「当然だ。俺様のやったことは、そういうことなんだからな」
少しだけ体力が回復したサルヴィオは身体を起こし、地面の上に座り込む。
「俺様はお前をバカにして、虐めて、パーティから追放した。その結果がパーティの全滅。これがクズのやることじゃなくて、なんだってんだ。もし俺様の目の前に昔の俺様が現れたら、ぶっ殺さずにはいられねぇだろうな」
「あなたは……どうしてそこまで変わったんですか? 私にはわかりません、以前のあなたは絶対に自分を卑下するような人じゃ――」
「毎晩な、夢に出るんだよ」
ヴィリーネの言葉を遮って、サルヴィオは言った。
「『銀狼団』のメンバーたちが、今でも毎晩夢に出るんだ。そんで俺様に言うんだよ、〝お前のせいで死んだ〟〝お前が皆を殺した〟〝お前のパーティになんて入らなければよかった〟〝お前せいで〟〝お前のせいで〟〝お前のせいで〟――って、ずぅっとな。お陰でロクに眠れやしねぇ」
「それは……」
「眠る度にアレだけ言わりゃ、自覚もするぜ。……ヒャハハ、どうにも俺様は呪われちまってるみたいでよぉ。きっと、いつかアイツらに地獄へ引きずり込まれるんだろうさ。自業自得ってなぁ」
ヴィリーネは沈黙する。
確かに、間違いなくそれは自業自得だ。
自らを絶対強者だと驕り、ステータスの低い者を弱者だと排斥して差別し、その果てに仲間を全滅させる――
それで呪われれば、当然の因果応報。
ただそれだけの話。
けれど――それを当人の口から言われると、なんとも返す言葉に困ってしまう。
少なくとも、心根の優しいヴィリーネはそう思った。
「でもハッキリと自分がクソだと思ったのは、あの時だ。お前らに助けられたしばらく後、道端でメンバーを追放しようとしてる奴らを見かけてよ。追放の理由は当然、ステータスが低いから。そのパーティのリーダーは平気で仲間の顔を足で踏みつけて、バカにして笑ってた。そん時思ったんだよ――〝アレは自分だ〟ってな。気付いた時には、俺様はそのリーダーに殴りかかってた」
サルヴィオの表情からは、いつもの下品な笑みが消えていた。
彼は紅い夕暮れ空を見上げ、
「……俺様はいずれ地獄に堕ちる。だが、今堕ちるワケにはいかねぇ。俺様はクズだが、それでもSランク冒険者なんだよ。SランクにはSランクの矜持と義務がある。いや、なくちゃならねぇ。でないと、今でも冒険者に憧れを持ってるコレットみたいな奴が報われない。俺様は、俺様の決意を見せる必要があるんだ」
彼は震える足に力を込め、膝に手を突いて立ち上がる。
「俺様は『追放者ギルド』が、アイゼン・テスラーが追放者への差別を根絶する一助になる。そのために、まずはコレットを俺様にも負けない冒険者にする。それがお前や死んだ仲間たちへのせめてもの償いであり、そして俺様というSランク冒険者の責任の取り方だ。地獄なら、その後で笑って堕ちてやる!」
「サルヴィオさん……あなた、そこまで――」
「お前も……すまなかったなぁ、ヴィリーネ。本当に悪いことをしちまった。だからお前も許すなよ。それが俺様の原動力になる」
サルヴィオはヴィリーネを背に、フラフラと歩き始める。
「コレットは、いずれ凄ぇ冒険者になるだろうよ。俺様なんて比較にもならないくらいのな。……なーんてぇ、俺様らしくもなくしみったれた話をしちまったぜ、ヒャハハ! どれ、コレットの奴が疲労でぶっ倒れてないか、見に行ってやるかぁ!」
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