第37話 俺様が間違っていた


 ――忘れるはずもない。


 俺の目の前に現れた冒険者、それはかつてヴィリーネをパーティから追放し、挙句ダンジョンで自らのパーティを壊滅させた男、サルヴィオだった。


 俺としては、できる限り会いたくなかった最悪の冒険者である。


「……なんの用だ、ヴィリーネならウチでしっかり預かってる。今更返せと言われても断るからな」


「オイオイ、つれねぇな。誰もそんなこと言ってないだろ? ちなみに、復讐に来たワケでもねぇぞ。俺様はお前と話をしに来たんだよ」


 サルヴィオはそう言うと、腰の剣を鞘ごと地面に放り投げる。


 どうやら、報復する気がないのは本当のようだ。


 それに、たった今助けてもらった事実もある。


 俺は僅かに警戒を解き、


「…………聞こう」


「よぅし、いいか? ハッキリと言うから、よく聞け!」


 サルヴィオは声を大にして言うと――――両膝と両手を地面に付け、同時に頭を下ろした。




「俺様を……俺様を、お前の舎弟にしてくれッ!」




 ――サルヴィオは、叫んだ。


 深々と頭を下げた、土下座の姿勢で。


 彼が言い放った言葉に、俺は思考がストップする。


「……は? いったいどういう――」


「本当にすまなかった! 俺様が間違っていた! 自分が恥知らずなのはよくわかってる! だから……どうかお前の下で、俺様を鍛え直してほしいんだ!」


 俺は茫然としてしまう。


 鍛え直すって、俺が?


 本当に、いったいどういう風の吹き回しなんだ?


「俺様は……俺様は、自分がどうしようもない無能なバカ野郎だってよくわかった。お前とヴィリーネに助けられてから、まるで死人みたいになって、俺様が殺しちまった仲間たちのことをずっと考えて……。もう冒険者なんて辞めた方がいいって、本気で考えた。お前が言った通り、俺様はリーダーになんてなるべきじゃなかったってよ……」


 〝パーティリーダー失格だ〟


 それは確かに、俺がサルヴィオに言った言葉だった。


 彼は頭を下げたまま、


「だけど、だけどよ、お前ら『追放者ギルド』がアクア・ヒュドラを倒したって噂を聞いた時、思ったんだ。このまま終わっていいのかって。追放者を見下したままの、勘違いなクズ野郎のまま終わっていいのかって……。だから俺様は、自分の根性を叩き直すことにしたんだ」


「……アンタの言い分はわかった。だけど、どうして俺の舎弟なんだ? Sランク冒険者であるアンタを鍛え直すには、もっと適任がいると思うが」


「いや、それじゃダメだ! お前の下じゃないと、俺様は自分自身を認められない! 俺様の間違いを気付かせてくれた、『追放者ギルド』のギルドマスターでないと……!」


 サルヴィオはようやく顔を上げる。


 そして俺を見つめる彼の目は――真剣そのものだった。


「……アンタはそもそもステータス至上主義者だし、追放者でもない。『追放者ギルド』は低ステータスを理由に追放された者たちの集まり。それにヴィリーネもいる。自分がどういう境遇に身を置くことになるか、理解してるのか?」


「覚悟の上だ!」


「なら、これからは低ステータスの追放者を差別しないと誓えるか?」


「誓う!」


 ――即答、だった。


 彼の想いに、偽りがあるようには見えない。


 少なくともその言葉は本心に聞こえるが……


 だがまさか、サルヴィオがそこまで己を見つめ直せる人物だとは思わなかった。


 それに1度自分を糾弾した相手に教えを請うのは、相当な勇気がいるはず。


 自らの行為を間違いだった認めるのも、簡単ではない。


 ……精神的な意味で、よほど地獄を味わったのだろう。


 ――信じるべき、だろうか……?



 しかし困ったな。


 鍛え直してほしいと言われても、俺は【鑑定眼】を持つだけのしがないギルドマスター。


 戦闘に関しては素人だし、なにより絶対ヴィリーネがいい顔をしない。


 というか許さないかもしれないな……


 そもそも、サルヴィオは曲がりなりにもSランクの冒険者。


 俺だってギルドマスター育成学校を卒業しているから、駆け出しのDランクやCランクなら方向性を提示するという意味で鍛えることはできると思う。


 だがSランクともなると……考え方や思想の共有はともかく、彼が望むような根性を叩き直す指導というのは……


 俺は考えるが――――ふと、あるアイデアが閃く。


「才能と…………環境か……」


 そんなことを呟きながら、隣で一部始終を眺めていたコレットへ振り向く。



 〝ウチはガッツと根性だけが取り柄ですが――〟


 〝冒険が好きで、だから冒険者をやるんだって――〟



 コレットの口から出た言葉を思い出す。


 目よりも耳が真実を教えることもあるならば――それに賭けてみよう。


「な、なんっスか……?」


「コレット、さっき『追放者ギルド』にいられるなら、どんなことでもするって言ったよね。それは本当かい?」


「へ? も、勿論っスよ! 女に二言はないっス!」


「わかった。先に言っておくけど、俺は絶対にキミを見捨てないし、ギルドマスターとしての責任を放棄したりもしない。約束する。……これから言うことに驚くだろうけど、どうか落ち着いて聞いてくれ」


 コレットに確認を取った俺は、再びサルヴィオを見据える。


「この子はコレット・ハスクバーナ。『追放者ギルド』のメンバーの1人で、Bランクパーティを追放された冒険者だ。……サルヴィオ、キミが本当に過去の過ちを繰り返さないと言うのなら――どうかこの子を鍛えてもらいたい」


「お、俺様が……?」


「そうだ。この子は追放者だけど、ヴィリーネたちのような〝隠しスキル〟をなにも持ってない。でも冒険者をやりたいって気持ちは、誰よりも強いんだ。だから彼女を鍛えて、Sランクにも負けない冒険者にしてほしい。その間にキミが追放者を差別せず、コレットを見捨てることもなければ――『追放者ギルド』とこのアイゼン・テスラーは、キミを仲間として認める」


 昔、育成学校でこんな言葉を教わったことがある。



 〝その人の誠心を試したいと思ったら、権限を与えてみるといい〟



 コレットの言葉――サルヴィオの言葉――


 それらを咀嚼した上で、俺は試してみようと思ったのだ。



 指導するのが無理なら――――指導させる、というのはどうだろう、と。

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