第40話 ウー○ーイーツは突然に

あれから課長は俺と出くわしても何か用事を付け、足早に去っていく。俺だって男だ。いくらモテないからってあからさまに避けられればショックなものだ。


「やっぱ……避けられてるよなー」


両手で顔を覆い嘆く。それを励ますように松藤が敢えて明るい声で答えてくれるのが、気を遣われているって、これまたあからさまにわかって先輩として居たたまれない。まあ、先輩の威厳なんて営業部に配属になって以降あったものではないけれど。


「そ、そんな事ないですよ! 課長、青井先輩が外回り行くとテンション下がってますし、報告書渡して立ち去る時もいつも後ろ姿追いかけてますよ?」


「いや……励ましの言葉なんていいんだ……例えそうだとしても、課長が俺を避けるようになってもう何週間経ったと思ってんだ? 2週間……2週間だぞ!? 俺に死ねと!?」


「先輩、そんな事で人は死なないので落ち着いて下さい。でもそうですね……業務連絡も基本黒部先輩か松藤先輩がされてる印象があります」


「だろ!? まともに喋ったのなんて『課長、どこへ行かれるんですか!?』『あ、ごめんなさい』だけだもんな」


「え……先輩……」


「ん? どした?」


「嫌われてるんじゃないですか?」


「まさかのド直球!! い、いや……なんとなく……ほんとなんとなくだぞ? そう思わなくはなかった」


「そう思ってたんですね」


哀れみの目を向けられると俺だって泣いちゃうんだからなっ!


「あーあーあー!! お前はいいよな! 彼女がいて! いないやつの気持ちがわからないんだよ!」


「あ……すみません」


「テレるな! 謝るな! 惨めになるだろ!?」


「でも、先輩だって課長だけでなく、黄梨先輩とも仲が良いじゃないですか。案外どちらかとお付き合いしたりして―――先輩?」


「そ、そんなわけないだろ?」


「うーん。そんなこともないって思うんですけどね」


腕組みして悩む松藤に背を向ける。なんでだ? なんで俺は松藤の言葉に頷けないんだ? 赤城課長にも黄梨にも告白されて……黄梨なんてずっと返答を先延ばしにしてるのに俺に優しくて……。


見つからない答えを探していると昼休みが終わった。午後は会議もあるからと気を引きしめたがどうしても完璧に忘れさることはできなかった。


「あ、青井君!」


「黄梨……。今帰り?」


呼び止められて振り向くと黄梨がコートを羽織って鞄を抱えて立っていた。俺もコートを着ていたので、ああ、仕事が終わったんだなって瞬時に理解した。


「うん! 仕事が少なかったから早く帰れるよー。青井君も?」


「ああ。今日は外回りがなかったからさっさと仕事が片付いたよ」


自然と二人で帰ることになり、横並びに歩く。黄梨の歩幅は俺より小さく気を遣わないと置いて行ってしまうなと漠然と感じた。


「そっかー。なんか営業って大変そうだね。どう? 慣れてきた?」


「うーん。どうだろうな……営業成績も徐々に上がってきてるから成果が見えて嬉しくはあるけど、俺ってまだまだなんだなってそめやん先輩とかと比べると思うな」


「それがずっとだったら駄目だろうけど、少しずつでも結果が出てるなら大きく繋がる時がくるよ!」


「そうだな。そう考えたほうがいいな!」


「うん! あ、私今日はこっちから帰るから」


「おう! じゃーな!」


「うん。お疲れ―――キャッ!」


「黄梨!!」


黄梨のすぐ真横を猛スピードの自転車が走り抜ける。進行方向を逆にしようとした黄梨はあまりの速度の速さにびっくりし、後方に後ずさった。それが悪かった。縁石に足を取られ危うくこけそうになる。そこへ俺は体を滑りこませた。俺が間に入ることで怪我をしないならいくらでも盾になると体を張った。それが良くなかったのかもしれない。


黄梨の体が倒れこんできたのを受け止めようとしたら、黄梨の髪の毛で視界を遮られた。慌てた俺は顔を上に上げ、下から支えようと手を下へズラしている最中に勢い良く黄梨が倒れこんできた。はっや! 間に合わねー! と、一歩足を前に出すとそれは起こった。


いまだに何が悪かったのか皆目検討がつかない。タイミングが悪かったのか、速度が速かったのか、位置が悪かったのか。ぶつかる! と、目を閉じたら次の瞬間衝撃が走った。唇は柔らかい何かに包まれ、手の平も柔らかい何かに包まれている。


「……?」


目を恐る恐る開けると、飛び込んできたのはドアップの黄梨のご尊顔! 手の平の柔らかいものを思わず握る。


「んあっ!!」


顔が離れると名残惜しそうにチュパッと音がした。体を起こす黄梨の胸に俺の手がガッチリ嵌め込まれていた。分かりやすく解説すると、黄梨とキスをした挙げ句胸を揉んだらしい。


「うわぁ!!! すみませんでした!!!」


「あ、青井君……大きな声出さないで。注目されるから。それに、謝らなくてもいいよ」


「あ、ご、ごめん」


こういうこと何度目だよ! 謝らなくてもいいって言われても「はい、そーですか」と終われない。無言のまま黄梨と距離を取ると、すぐ後方でドサッと何かを落とす音がした。ビクッと体が揺れる。振り向くとそこには―――。


「か、課長……」


「ご、ごめんなさい。見るつもりじゃ―――……っ。ごめんなさい!」


「課長!! 待って下さい!!」


走り出す課長の後を追いかけようと足を踏み出すと、手首を捕まれた。


「青井君、待って! 赤城課長のこと追いかけるの?!」


「当たり前だろ?! 誤解は解かないと―――」


「それって同僚だから誤解されたくないってこと? それとも赤城課長に私とキスするような仲だって誤解されたくないってこと?」


「そ、それは……」


「―――答えて」


課長の去った方向を見ていた俺は黄梨の真剣な声に釣られ、その時初めて黄梨の姿を確認した。とても真剣な眼差しだったけど目尻に涙が浮かんでいた。

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