第34話 羞恥心は無いのか!?

人は過ちを繰り返すものだ。数日前やたった数時間前にやらかしてしまった出来事でさえ。それでも繰り返してしまうのはやはり頭がおつむなのだろうか? 教えて下さい、神様……。ふっ。こんなに謙虚に神様を慕っていてもやってしまったものは取り返しがつかない。俺は早々に白旗を上げ、潔く頭を抱えた。え? 潔くない? ハハハッ。ソンナバカナー。


「なんで!! こんなことに!」


振り絞るように呟いた言葉は空気に溶けて消えた。ベッドに腰を掛け、頭を抱える俺―――もちろん裸……但し、パンツはしっかり履いてる。ベッドに横になってる黒髪ロングの女性―――顔が髪で隠れていても美人だと彷彿とさせる。そして、こちらももちろん裸……だが、下着を着けていない! ……………事案じゃね? これ、もう何か起こった後でしょう!?


くっそ! せめて記憶が欲しい! 卒業案件が記憶無いなんて!! ――――アホな事考えてたら冷静になってきた。うん、この人赤城課長だよね? 俺さ、数日前にもこんなシチュエーション味わった気がするんだよね。今回は目を開けたら体はこっちを向いていなかったけど、女性だと即座に判断し、迅速な行動でベッドから這い出た。その際、女性に触れなかったと胸を張って宣誓しておこう。んっまー。俺、紳士。えっ? 紳士はこんな状況には陥らない? ま、まあ、そうでしょうね。


「顔が見えないけど赤城課長だよな? そりゃ、そっか」


ポソリと呟き、考えに没頭する。順序立てて思い出していこう。一昨日、課長が急遽松藤の出張を取り止め、俺と課長の二人で赴く手筈となった。慌てて準備し、昨日新幹線に乗って現場入りし、相手会社と商談、企画の提示を行い、ホテルに一泊してから次の日帰社の予定だったはず……。


んで、思いの外商談が上手くいき、その祝いだと赤城課長とホテルのラウンジで呑み明かしていたら、酔いが回ってきたから解散しようと取っておいた部屋に向かった。何故か、その部屋の前でホテルマンが立っていて、部屋の水道の調子が悪いから別の部屋を用意するってホテル側に言われて向かった先に待っていたのは一部屋だけな挙げ句のダブルベッドだったんだよな。せめてさ、ツインじゃね? だけど、課長が眠りこけてしまった為、部屋をどうすることも出来ずに俺は風呂に向かった。バスローブとか脱衣所に忘れたと気付き、パンツ一丁のまま静かに部屋のタンスの引き出しを漁っていたら後ろから覆い被されたんだ。


そこから、足がもつれてベッドへイン! そんなハプニングある!? ってラッキースケベを喜ぶ暇なく課長の腕から抜け出そうとモガいていたら、課長が泣きそうな顔と声で訴えてきたんだっけ?


「そんなに私は嫌?」


「そっ! そんなことないです!!」


「じゃあ、いいよね」


口調がいつもより子供っぽくて……驚いている間に、課長がまさかの服を脱ぎ始めて、押し倒された状態で服を脱ぐものだから、俺はかなり狼狽した。目をぎゅっと瞑り、手で顔を覆うことで見ないようにしたけど、衣擦れする音や「ん、青井……」って呟く生々しい声とかがいつもの雰囲気を一掃とさせていく。


「ねえ、こっち見て?」


「か、課長! 服脱いでませんでしたか!? み、見れませんよ!!」


「いいから……命令よ」


「だだだ駄目です!! 見れません!」


「そう―――やっぱり私には魅力がないのね……」


「へ?」


魅力がない? 何を言っているのだろうか。課長に魅力がなければ、世の女性はみんな魅力がないってことになってしまうじゃないか。俺が疑問符を頭に浮かべていると、顔を覆っている手に雫が垂れた。思わず、手をどけると課長が泣いていた。裸なんて見てる余裕などなく、俺は慌てまくる。


「かか課長!? どうしたんですか!? お腹痛いんですか? それとも俺、なんか変なこといいましたか!?」


「………」


課長が頭を振る。どうやら違うらしい。だとしても、泣くなんてよっぽどだよな? と、小首を傾げていると、課長が口を開く。


「だって、青井が欲情しないのだもの」


「よ! よく!!」


あまりの言葉のチョイスに俺、動揺。


「私には魅力がないんでしょう?! 黄梨さんの方が女の子らしくて可愛くて青井のことよくわかってるものね!」


「なんで黄梨が出てくるんですか?! お、俺は課長のことが………」


あれ? 課長のこと、どう思ってるんだ? 出来る女性っぽいのに、恋愛に疎い所とか可愛いものが好きとか笑うと素敵だとか………そう思う感情は果たして―――恋愛感情なのか。俺の中で何かがわかりそうなまさにその時、課長が俺の胸の中にダイブしてきた。ふにゅりと柔らかいものが圧迫してくる。あ、この人裸だったんだよね……え? もしかして、合法的に見つめれる瞬間を俺はみすみす手放したのだろうか?


「黄梨さんに心が傾いててもいい……でも、少しでも可能性があるなら……私のこと……み………て………」


「課長? え、寝てる?!」


はぁーと息を漏らす。生きた心地がしなかった。生殺しってこういうことだよね。それにしてもと、課長を見つめる。規則正しい寝息が耳につく。どうやら、本当に寝たようだ。課長の言葉は本心なのだろうか? お酒も入っていたから寝て起きたら忘れてるってのもアリだと思う。だとしたら………すごく勿体ない。


だけど、課長のおかげで今一度考え直すチャンスを得た。お正月以降、二人の接触が減ったのは今だにわからないけど、黄梨も課長も想いは違えど俺へのアタックは継続しているということ。つまり、俺は絶対に答えを出さなければいけない。恋愛なんてまともにしたことがなかったから、こんな事態になるまで何も対策をしなかった。


「とにかく、それは家に帰ってからだ。今すべきなのは―――課長! 起きて下さい!! ベッドで!! ベッドで寝て下さい!」


必死に懇願したけど、明け方まで離してもらえず、解放されたのが俺もうっすら眠りについてからのこと。で、現在頭をさらに抱えている。俺がベッドの縁で頭を抱えて座り込んでいると、課長が起き挨拶と共に何もなかったようにシャワーを浴びに行き、今俺の後ろでスーツに着替えている状況。俺がおかしいの!? 男に裸を見られるのに何も抵抗がないわけ?!


俺は必死に手で顔をガードし、視界に入れないことを心掛けた。

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