第35話 ニ度目の……おいおい、マジか。

気まずさは生きていく上で常に隣り合わせなものだ。……ふっ。哲学みたいに説いてみたが、俺が考えたものなので、一つも哲学じゃない。ほんとにさー。勘弁してほしいんだけど。


「青井。何離れて歩いているの? もっとこっち寄りなさい。往来の邪魔だわ」


「え? でも、人通り少ないんで大丈夫じゃ―――」


「寄りなさい」


「は、はいー!!! 喜んで!!」


「うるさいわ」


「あっ、すみません……」


「ふふっ。ちょっと言ったら畏まるのね。可愛いわ」


「ちょっ! か、課長」


俺の腕に胸を押し付けながらクスクス笑う。怒られたと縮こまっていた俺はなす術なく捕獲され、課長が腕に抱き付きながら時折頭を擦り付けてくる。その仕草がまるで動物の匂い付けのようで、俺は電柱ではないんです……と抗議したくなる。あ、でも抗議したらこの極楽が終わってしまうのでは!? ……なら、仕方ないかー。ハハッ。こいつぅー。脳内で課長のほっぺたを小突く。現実では絶対出来ないやつ。


出張最後の日、課長はシャワーを浴び俺が部屋にいるにも関わらず、裸で登場。そして、スーツに着替えた。俺が言えるのは、俺やってないよね?! この光景彼氏のソレな気もするんだけど!? なんで課長は平気なんだ!? ……あ、経験値の差か。………課長って今まで何人と付き合ってきたんだろ? 俺の知る限りじゃ、あの録でもない男―――課長と関わるきっかけとなった雨の日に別れたやつ―――と、紫村さんっていう大学の先輩だった人。この二人。


でも、他にもいたんだろうなー。課長美人だし、仕事できるし、尽くすタイプっぽいし、ダメンズ好きだし。あ、これは好きではないのか。たぶん、呼び寄せてるんだ。課長が完璧なあまりに。……その点俺はどうだ? 見た目普通、仕事出来なくはないけどめっちゃ出来てるわけでもない。なんだこれ? 天と地ほど差があるなんて!!


課長のことだから大人の付き合いをしてきたんだろうなー。キスもしたことない俺にはあまりにハードルが高く、届くわけがないと諦めてしまう。……俺には俺の身の丈に合う人と付き合うのが一番なんだろうな。その点、黄梨は真っ直ぐ俺に好意を示してくれたけど、彼女も俺とは釣り合わない。あんなに綺麗で一緒にいて和む子が俺と付き合うなんて想像も出来ない。


答えを出さなくちゃいけないのに、どうしても自分と比較して釣り合いが悪いと結論づけてしまう。俺はどうしたら―――。


「いひゃっ! いひゃいれす!! かひょー! (痛い! 痛いです! 課長ー!)」


「ごめんなさい。ただなんか無性に腹が立って」


「腹が立ったからって……」


つねられたほっぺたを擦る。痛い。容赦なくつねられた。俺、女性につねられる運命なのかな? でも、腹が立ったからってつねらなくてもいいと思うんです。優しく現実に戻して! (願望)


「何を考えてたの?」


「えっ……な、何も?」


「嘘」


「ほ、ほんとですって!! ただ、しょうもないこと考えてただけで」


「ほら、考えてたんじゃない。何? 言えないこと?」


「い、いや。そんなわけでは……」


「じゃあ、言いなさい」


「うっ……」


俺は観念し、ポツリポツリとかいつまんで説明した。なんで自分の思考を上司に伝える羽目になるのだろうか? これを聞いたところで何か変わるわけでもないから別にいいけど。と、思っていたら変わってしまった。思いの外、いや、予想外な方向へ。


「なるほどね。黄梨さんに告白されて結論を出すのに困っていると……」


「ま、まあ。そうなんですけど……」


結局、かいつまんで説明したので黄梨の告白話しだけを喋った。他のやつは課長に言っても仕方ないし、言ったところで何かが変わるわけでもない。自分の思考をおおっぴろげにするだけだ。恥ずかしいったらありゃしない。


「……そんなに結論出すのが難しいなら、私と付き合えばいいじゃない」


「そうなんですよね――――へ? 今、なんて?」


「私と付き合いましょうと言ったのよ」


「ええ!! いやいや、そんな!! えっ? なんでそうなるんですか!?」


「どうしてそうなったらいけないの?」


「え、だって課長がああ言ったのも黄梨に触発されたからですよね? 俺に恋愛感情あるわけじゃ―――」


「あるわ」


「そうそう。あるんですよね――――ええっ!!? ある?!」


「ずっとわからなかったの、自分の気持ちが。ただ、黄梨があなたに告白した時焦ったり気を引きたくなったりあなたに冷たく当たったり。こんな感情的になったこと今までなかったからわからなかった。だけど、あなたのご実家に伺った時に理解したの」


「え? なんかありましたっけ?」


「絵莉さんにあまり猛アタックしても青井は靡かないって言われたの。青井は追われ慣れしてないから、焦らして追いかけさせたら自分の感情に気付くからって」


だから、急に接触しなくなったのかー!! 合点がいった。実家から戻ってきてここ1ヶ月くらい妙に黄梨と赤城課長があまり話し掛けてこなかったのは、絵莉ちゃんにアドバイスをされたから。いや、でもそれを黄梨はともかく課長までしなくても。


「青井の言いたいことはわかるわ。私も絵莉さんに言われた時は全然意味がわからなかったのだけど、接触を控えて気付くことがあったの。仕事中目が青井を追いかけたり、家に帰っても青井のことを考えたり―――あのアドバイスは私自身の気持ちも気付かさせるきっかけになったの」


課長は一呼吸置いて、俺を見据えてこう言った。


「私は青井と付き合いたい。黄梨さんに負けないように今度から猛アタックするから覚悟なさい」


その宣言はとても赤城課長らしく、輝きを放っていた。

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