第33話 案外鋭い黒部

「あれ? 黄梨さんと青井君親密度上がってない?」


気のせい? とそめやん先輩が顎に手を当て首をかしげる。一方、俺はあまりに的確な指摘に心臓が跳ね上がり、持っていた資料をドサドサと落としてしまった。慌てて拾っていると、横から手がのびる。


「そうですよね。最初はよそよそしい感じがあったのに、急に黄梨さんの身体的接触が増えたように感じますね」


ドキッ! し、身体的接触……。言い方が妙に生々しいけれど、的を射てるから達が悪い。俺は、頬を引くつかせながら否定の言葉を口にする。


「い、いやぁ……。同期だから距離が近いだけじゃないですかね?」



「ええー。そんなことないと思うよ」


そめやん先輩の発言にうんうん、と頷く松藤。


「そうだ!! 絶対に同期云々だけではないはずだ!」


うわぁ。鬱陶しいのが出てきたよ。


「何を根拠に……」


「根拠? 根拠しかないだろう! この俺が黄梨に相手されていないのだからな!」


「あ、そめやん先輩後でチェックお願いします」


「おい! 聞けよ!」


「えー」


「えー。じゃない! ここがポイントだ! 俺のイケメン力を持ってしても黄梨ちゃんが俺になびかない! っということは仲の良いお前が原因。そして、今週の月曜から何故か二人ともよそよそしい……。なのに、2日前から黄梨ちゃんの距離感が近くなった。――――何かあっただろ?」


「なっ! 何もないですよ!」


「本当に?」


歯噛みする。そして、あの日のやり取りを思い出す。あの日―――合コンに行って、何故か黄梨の家に泊まってしまったあの日の出来事を。


「あれ? 青井君起きてたんだ」


「き、黄梨……―――こ、これは! 違くて!」


ああ、呂律が回らない。ちゃんと否定するものは否定しておかないと! あらぬ誤解を―――と、先程の出来事が脳内で甦る。あの柔らかな感触と色っぽい声……やっぱり、俺黄梨の体触ったよね?! 事案!? 警察に突き出される!? 俺が頭を抱えて唸っていると、黄梨が安堵の声で話し始めた。


「良かったー。二日酔いにはなってないんだね」


「あ、おかげ様で―――って! なんで俺黄梨の家に!? ってか、ごめん!! 俺……変なことしてないよね?!」


「あっははは。慌て過ぎだよ、青井君。変なことなんて―――きゃあ!」


それまで黄梨の体を包みこんでいた布団がハラリと落ちた。すると、そこには―――桃源郷がありました。――――って。


「うわぁ!!! ごめんなさい!! 忘れる努力しますので、命だけは!!」


「……―――いいよ。私の不注意だし。青井君を脱がせたのも私だし」


「え?」


「終電終わってたから家が近いうちに青井君連れてきたら、吐いちゃって……私にもかかったから着替えようと思ったんだけど、青井君綺麗にして私もお風呂から戻ってきたら、今度は寒がり始めたから、そのまま一緒に寝たら少しは暖かいかな? って」


「え、それで二人とも裸だったの?」


「うん、ごめんね?」


「いや、俺の方こそ迷惑かけたし、恥ずかしかったろ? ごめん」


「えっ。う、ううん。あの時も言ったように私……青井君の事好きだから恥ずかしかったけど、嬉しかったな」


「黄梨……」


嬉しいって……。俺を好きだから裸でも大丈夫って受け取れる黄梨の発言に顔が熱くなる。伏し目を上げると黄梨と目が合い、思わず二人とも高速で顔を背けた。チラリと目の端で黄梨を見ると耳まで真っ赤だった。暑いのか手で顔を扇いでいる。そのことに俺もより恥ずかしさが込み上げた。


しどろもどろになりながら、黄梨の家を後にする。家を出る時黄梨に、「今度からは合コンに行かないように」と釘を刺された。俺、何か醜態でも晒したんだろうか? と小首をかしげながら帰宅の途についた。


そこから、週が明け、仕事が始まり黄梨と顔を合わせたときはお互いが気恥ずかしくなり、視線や仕草があわただしくなった。数日後には緩和され、普段より間合いとか詰めたり、ボディタッチが激しくなった気もする。それを注意深く観察されていたらしく、こうして現在話題に上がっている。


「いいや!! やっぱり黄梨ちゃんと何かあった気がする! 俺の女性限定レーダーがそう言ってる!!」


なんだよ、その女性限定レーダーって。でも、ヤバいぞ。あながち間違えてはいない。間違ってはいないんだけど……いちいち声が大きいんだよな、黒部さん。部のみんなにも聞こえてるはず。うわー。あとで締め上げられたりしないよね? それよりも、気になるのは……。


「相変わらず愉快な話しをしているのね。黒部! 溜まってる仕事があるのでしょう? 早く終わらせなさい! あとあなた達も油売ってる暇あるなら追加でやってもらいましょうか?」


滅相もありません! と、三人とも散り散りバラバラに去って行った。お、俺も仕事しよーっと。席に戻ろうとすると、肩に手を置かれ進むのを阻まれた。あの、か、課長? 俺席に戻りたいっす!! 軋む首を捻り体の向きを課長の方へ変える。それは、それはとても愉快なお顔で課長が微笑んでいた。すみません! 嘘です! めっちゃ顔笑ってるのに目が笑ってないです。愉快では一つもありません。


「青井、明日明後日出張入ったから。泊まり掛けだから準備しときなさい」


「え? きゅ、急ですね」


「あれ? それ、僕の予定では―――ないですね!」


松藤が挙手しながら椅子から立ち上がったが課長を目視すると、すぐに意見を変え椅子に着席した。俺の位置からは見えなかったけど、課長睨んでないですよね? 松藤、顔ひきつらせてたんですけど?


「俺一人でですよね?」


「いいえ。私も同行するわ」


「え、そうなんですか? 赤城課長も一緒なら心強いですね! ―――って、ええ!? 赤城課長も!?」


「そう言ってるでしょう。あと耳元でうるさい。いい? 準備しときなさいね。集合場所は○○駅に7時。わかったら仕事に戻りなさい」


「は、はい」


マジか! 今度は課長とお泊まり事案!? ん? 待てよ。いくらお泊まりって言っても部屋まで一緒なわけないんだから慌てる必要はないか。ハハハッ。俺の勘違いヤロー。ハハハ……ハハ……ハ……はぁ。課長が席に戻り仕事を再開してる姿を覗き見ると顔は無表情なのに耳が真っ赤だった。………え? ―――え? ―――ええ?! た、ただの仕事だよね?! ねっ!?

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