第6話 黒部来航
「ここに置いておけばいいですか? 赤城課長」
「ええ。ありがとう―――黒部君」
赤城課長と黒部さんが仲睦まじくお喋りをしている。あ、皆さんこんにちは。この物語の主人公、青井
何故、俺が隠れた状態で実況しているのかというと話しは数日前に遡ります。
「そういえばもう10月になったねー」
「あー。通りで涼しくなってきたんですね」
「えっ。青井先輩もう10月なんでその返しはどうかと」
「えー。だって暑くない? 毎年。俺、夏嫌いだからさ……少しでも暑くなるともう時期関係なく夏だと思っちゃうんだよね」
暑さ大敵。マジ万死に値する。
「青井君の言ってる事よくわかるよー。僕年がら年中汗かくから、嫌になっちゃうよね。」
「いや、染谷先輩はちょっと人とは違うのでは?」
「そーだね。なんていうか……そめやん先輩自体が暑苦し―――」
「駄目ですよ! 青井先輩! そんな暑苦しくて見ていられないなんて!」
急に松藤に口を手で押さえられモゴモゴする羽目になった。どうにか抜け出し、一言。
「松藤、お前が一番失礼な事言ってるからな。ほれ、見てみろ」
そめやん先輩を指差す。松藤がしまったという顔をしたがもう遅い。またそめやん先輩がイジケてしまった。どうしたものかと頭を掻いているとお呼びの声がかかる。呼ばれた方へ小走りに向かう。
「はい。お呼びですか? 赤城課長」
「……何やってるの? アレ」
後ろを振り向きすぐに真正面に顔を戻す。
「気にしないで下さい。そめやん先輩の発作です」
発作? と呟くが、すぐさま本題に移る。やだ、かっこいい。恥体を晒している部下がいてもすぐに業務に戻るなんて。見習わなければ!
「来週、違う支店から異動になった人がうちに配属になるから宜しく。まあ、あなたが一番出来ないのだけど伝えておくわ。わからないところがあったら教えてあげて」
「俺が教育係なんですか?」
「そういうわけではないのだけど―――相手はあなたの一つ上。営業でいうとあなたに教えてもらうことはないでしょうけど、勝手が違うから助けてあげて」
「ああ。そういうことなら。全力を尽くします」
「そう。じゃあ、話しは終わりだからさっさと業務に戻りなさい」
「はい! かしこまりました!」
踵を返すとまた後ろから声がかかる。首だけ振り向くと、「その使い物にならないのも使えるようにしなさい」と言われ、改めて使い物にならないものを見る。あー、そめやん先輩キマッてるー。取り敢えず、お菓子でもあげとくか。あっ、動いた。
そんな感じで報告受けた次の週。ヤツがやって来た。
「はじめまして。東海支店から異動して参りました。黒部
わーパチパチ。とみんな駆け寄り宜しくねの嵐。ナニコレ? 俺の時と全然チガウ。俺、こんな歓迎受けてナイヨ? あ、そうか。イケメンだからか。イケメン憎い!
「黒部先輩宜しくお願いします! 俺、青井智陽って言います!」
「あー宜しく」
素通り。……へ? 挨拶は返されたけど目が合わなかった! なのに何さ! 課長にはへらへら。女性社員にはニヤニヤ。男性社員にはペラペラ。……俺は?! 俺は何故リアクションが薄いわけ!?
納得がいかない中、課長からの言い付けを守り黒部先輩にアタックからの再アタック。そしてフェイントをかけてアタック! すると、
「お前、うざい」
ゴミを見るような目でキレられました。
「うざ―――」
あまりの言葉に言葉を失う。
「はあ。なんなの? 俺さ、男に価値見出だしてないんだよね」
「で、でもみんなには」
「―――ああ。みんなにはな。お前は役に立ちそうにないし、仕事出来なさそうだからどうでもいいわ。じゃーな。お前と違って俺忙しいし。有能だと課長からの信頼も厚いよな。まあ、俺顔良いから落ちるのも時間の問題かもな」
ハハハと悪の組織のような笑い方で去っていく。その去り際、一言俺に吐き捨てるようにこう言った。
「あと、俺の事先輩って言うのやめてくんね? キモいから」
鼻で最後笑った後今度こそ去って行った。呆然とそこに立ち尽くしていると、慌てた様子で松藤が現れた。
「あれ? なんで松藤が―――」
「大丈夫ですか! 先輩! 殴られたりしてませんか!?」
「え? あー、なんとも。ハハッ。嫌わたもんだよな」
「先輩! 課長に言いましょう! こんなことあってはいけないです!」
松藤の申し出は有難い。有難いけど、それは無理だ。
「それは出来ない」
「なんでですか!!」
「だって嫌われただけで実害が他にないんだぞ? 表だっては、無視されたりとかあからさまな嫌がらせとか受けてない。あっちが知らない振りをしたらそこで終わる」
「そんな―――悔しくないんですか!? 先輩酷い事言われたんですよ!?」
「まあな。でもさ、間違いでもないから100%責めれないよな」
「先輩……」
「戻ろう」
それから2週間あまり経った頃には帝国が築き上げられていた。外面がいいせいで第二課のみんなは黒部さんを頼り信頼している。―――課長もその一人だ。
俺が質問をしに行っても、黒部に聞きなさい。あなた、黒部の十分の一も出来てないのよ。はあ、物覚えが悪い。そう返されてしまうのだ。
現に今も黒部さんと課長が楽しそうに喋ってる。業務の際は無駄話をしない課長は休憩時も多くを語らない。なのに、どうだ。休憩室で二人きりで仲良く話してる。しかも、俺の見たことない笑顔で。チクリ。……ん? なんだ今の?
胸に手を当て首を傾げる。何も異常なんてない。課長も部下だから悩みとか相談にのってるだけだよな。贔屓してるわけじゃないよな。
だけど事件はすぐに起きた。
「あー。雨か……ちぇっー。せっかく定時に終わったのに。俺の定時上がりはそんなに珍しいか!」
と、天に向かって吠えていたところ。後方から呆れた声が。
「あなた、何してるの?」
「あ、課長……。えっと、天気占いですかね?」
「馬鹿な事言わず、さっさと帰りなさい」
溜め息一つし、折り畳み傘を鞄から取り出し開く。それをボーッと眺めながらハッと思い出す。傘、ない! ワタワタと慌てていると、課長が怪訝そうな声で。
「まさか、傘忘れたの?」
「えっと―――」
「あ! 赤城さん! お疲れ様です! うわー。雨ですか? 俺、傘ないんですよね」
「お疲れ様。あら。傘ないの?」
「あっちゃー。どうやって帰ろうかな。コンビニありましたっけ?」
「ふふ。それなら私の傘に入ってく? 駅まで送るわ」
ズキッ。まただ。なんでこんなに胸が締め付けられるんだろう。二人の会話はごく自然だ。傘を忘れた人に傘を提供してあげるのはなんら問題はない。ただ、「赤城さん」ってなんで?
「あ、でも青井は傘あるの?」
「え―――」
顔を上げると、心配そうに見つめる赤城課長と忌々しそうに見る黒部さんの二人の視線に思わず目を反らす。持ってませんと答えれば赤城課長はなんて返してくれるんだろう? 「馬鹿ね」とか? わからないけど口に出たのはこんな言葉だった。
「いえ。ロッカーに置き傘あるので取りに戻ります。お二人はどうぞお先に。お疲れ様です」
スッとすれ違うと「青井」と呼ばれ、振り向くとなんで呼びとめたのかわからないというように赤城課長があたふたしていた。頭だけもう一度下げ、角を曲がる。立ち止まり二人の気配が無くなるのを暫し待つ。
ある程度待ってエントランスに戻ると、二人の姿はなくなっていた。
雨の中濡れながら帰ったせいか風邪を引き、2日休んで出社するといきなり課長に呼び出しをくらった。
「あなたね、社会人にもなって体調管理も出来ないの?」
「すみません」
「あなたが休んでいた間の仕事全部黒部がやってくれたのよ。後でお礼を言いなさい。ほんとに迷惑をかけて」
「すみません」
「すみません、すみませんって言えばどうにかなるとでも思っているの!?」
バンッと机を叩かれる。肩がビクリと波打つ。すると、後ろから宥める声が。
「まあまあ。落ちついて下さい。彼も風邪ひきたくてひいたわけではないでしょうし」
「―――そうね。もういいわ。席に戻りなさい」
「はい。本当に申し訳ございませんでした」
頭を下げ、自席へ戻る。ついでではないが戻る間際黒部さんにも仕事を代わってもらったお礼を言う。その場では笑顔で返されたが、休憩中に人気のない場所へ呼び出された。
「お前さ。俺の手煩わせるなよ。赤城さんが頼んでこなかったら絶対やらなかったんだからな。はあ。お前マジで目障りだわ。もう赤城さんの周りうろつくのやめてくんね? 正直、赤城さんも目障りだろうしな。俺本気で落とす気だからよ。邪魔しなかったら今回の事チャラにしてやるよ。まあ、赤城さんも俺にメロメロっぽいから後は簡単だけどな」
ドンっと壁に突き飛ばされ、背中を打ち付ける。痛い……。
休憩が終わり、デスクで通常勤務していると、嫌でも視界に二人の姿が目に入る。聞くつもりはなかったが小さい声なのにやけに耳にこびりついた。まあ、席が課長の机に近いせいもあるけど。
「赤城さん。今夜ホテルでディナーとかどうですか?」
「え? 私的な交友は……」
「積もる話しもあるんですよ」
「……そういうことなら」
席に戻る際、黒部さんと目が合い鼻で笑われた。チラリと課長の方へ目を向けると満更でもなさそうな様子。なんだ……そういうことか。課長が俺を罵倒してきたのも本当に俺が出来なさ過ぎてムカついたからか。だから、俺には絶対課長と呼ぶように言ったのに、黒部さんにはさん付けでオッケーしたのかな。
言ってくれれば迷惑にならないようにしたのに。もう、俺は課長に頼ったら駄目だ。現に、課長は黒部に惹かれているのだから。今日の食事の件が何よりもの証拠だ。
ズキズキと痛む心臓を無理矢理無視し、パソコンにむかった。
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