第5話 歓迎会って飲み過ぎるよね。
「ねえ。青井君は今週の金曜の夜、暇?」
そんな一言で始まった朝の業務。意図がわからず眉間に皺を寄せる。
「え……俺、男に興味ないんで……なんかすみません」
「ちょっと待てーい! 誰がそんな話してんの?! しかも会社で。僕も嫌だよ!」
「あ、違ってましたか。はあ。誤解を招く言い方止めてくださいよ。危うく、そめやん先輩を疑っちゃいそうになったじゃないですか」
「いやいや。今の十分疑ってたよね!? 僕、何も悪くないのに何故か振られた形になってたよね!?」
「そめやん先輩……男なんだからそこは潔い方がいいですよ」
「なんか納得できない!」
もー! なんでだよー。と、またも牛の鳴き真似。わざとなのかと疑いはじめるくらいよく鳴くのだ。イジケてるそめやん先輩に疑問を投げ掛ける。
「それで、暇だったら何かあるんですか?」
「……ああ。青井君のせいで本題に入るの忘れてたよ。そうそう。聞きたかったのは、その日青井君の歓迎会をしようと思って予定尋ねただけだよ。で、どう?」
「歓迎会……開いてくれるんですね」
ほう、と息が洩れる。
「大体は人事異動と新入社員が入ってくる時期にするんだけど、青井君時期外れだったから。業務も慣れた頃だろうし。親睦も兼ねて」
「そうですね。開いてもらえるのならめっちゃ嬉しいです。ちなみに誰が来るとかわかってるんですか?」
「んー? 大体のメンバーは来るよ。人数多いからかなり広めの会場必要でさ。手配するのに時間かかって遅くなってごめんね」
「いえ。それは全然問題ないんですけど……」
「うん? 何かある?」
こういう時のそめやん先輩は鋭い。いつもはほんとに牛を体現している体つきと温厚さなのに。
「えっと……赤城課長もいらっしゃるんですか?」
「赤城課長? あーどうだろう。出欠聞いてはいるんだけど、いつもこういう飲み会には参加されないから。あっ、気を悪くしないでね! 誰がメインであってもあまり参加しないだけだから。なんでも、お酒に弱いって聞いたなー」
お酒……全く弱そうに見えないけど……どちらかと言うとお酒の席は嫌いでもお酒は好き。そんな感じがするのだ。まあ、本人がいかなる理由であっても参加しないのであれば今回もそうなんだろう。
「って、思ってたのにいるじゃないですか! そめやん先輩!!」
「あれー?」
「あれー? じゃないですよ! 身構えなくてもいいって思ってたのに鉄球ぶちこまれた気分です!」
そうなのだ。そめやん先輩と赤城課長の不参加の話しをしていたのにも関わらず、しっかり赤城課長はご出席済み。寝耳に水過ぎる! ここはお酒を飲みに飲んで早々に潰れてしまおう!! グビッ。
「美味しそうに飲むわね」
グビッ……。グラスを口に付けたまま声のした方へ目線だけ動かす。スラリとした体躯にビジネススーツをしっかり着こなす赤城課長が冷めた目でこちらを睨んでいた。あっれー? なぜにあんなに目が据わってらっしゃるの?
「か、課長も結構飲まれたんじゃないんですか?」
「ええ」
ストンと隣の空いた席へ座る。自然な距離の詰め方だなー。歓迎会が始まって約2時間。みんな出来上がり始めて席をたってあらゆる所へ徘徊している。俺の歓迎なんて1時間も持たなかった。早くない? 酒回り始めるの。俺まだ余裕なんですけど。あっでも、酔い潰れたこと人生で一度もなかったんだった。
まあ、みんなも結構な量飲んでるようだし。飲み放題あるあるだよね。まだ数杯って人の方が珍し―――
「もう2杯も飲んだわ!」
くなかった!! 2杯!? いや、そんなどや顔で言われても。ってか、たったの2杯でそんなに据わった目をしているんですか!!
「えっと……課長もうやめられたら?」
「何言ってんのよ! 私はね! ちゃんと飲めるのよ! 飲めないっていつも馬鹿にし……て……」
「課長? え? 寝た!?」
力強く怒鳴ったと思ったら力弱く寝るとは……うん。これは誰が見てもお酒に弱いな。キョロキョロと辺りを見回すがそめやん先輩も松藤も近くにはいないので、どうしたものかと頭を掻く。
一つ溜め息を吐き、着ていた上着を肩にかけてあげる。すると気持ちよさそうに身動ぎをした。ううん!!! 美人なんだよ、この人! いつもの辛辣さが心地よさそうな寝顔で見事に相殺。いやお釣りが出る程だ。
「では、これにて青井君の歓迎会を終了とさせて頂きまーす! 青井君これからも宜しくねー」
そんなそめやん先輩の締めくくりで会がお開きに。んで、この状況なに!?
「ちょ、ちょっとそめやん先輩! これ……どういうことです?!」
俺の背中には一定のリズムで崩れることなく聞こえる寝息。そう。赤城課長を何故か俺がおんぶしている。え? マジでなんで?
「だって課長のもと寄りって青井君と一緒なんだもん」
何がだもんじゃー!! そんな理由で男が女をおぶって帰るんかい! こちとら送り狼になっても文句言わせんぞ!
「ちなみに課長黒帯だって」
「親切丁寧そして紳士的に送らせて頂きます」
あっぶねー! 命が終焉を迎える所だった! でもなー。最後の抵抗で。
「松藤ー。お前赤城課長送ったりとか―――」
「あ、すみません。僕、彼女が迎えに来てくれてて……」
ニッコリ笑顔で返し、踵を返す。後ろで「え? 青井先輩?!」と慌てる声。ハンッ! 知るかボケ!! 何が彼女じゃ! 彼女なんていなくても俺はリア充じゃ!! ……彼女いいなー。グスン。
「この中で送れるの青井君だけだし、そんなお酒回ってないでしょ?」
「まあ。わかりました。送らせて頂きます」
「よし! それじゃあ、皆さん月曜日に会社でお会いしましょー!」
解散! の一言でそれまで和気あいあいと話してた面子は散り散りバラバラに。はっや! NASAより早いんじゃね?
背中に温もりと吐息。もう社会人も二年目。がっつくお年頃ではないので決して動揺なんてしない。ハハッ。動揺なんてしないさー。柔らかいものなんて当たってない! あれは肉のかたま―――バコン! 頭をグーで殴られた。何故に?! まさか声に……いや、女の勘か? 規則正しい寝息のままだ。―――大人しく帰ろ。
幸いなのは、会場から家が近い事。赤城課長の家ってどこなんだろ? あの公園の近くとか? いやいや。あそこは高層マンションばっかりだぞ? 俺なんて築25年のオートロック無しのアパートなのに。
「課長! 家どこか言えます?」
「んー。……そこ」
「そこって―――」
どこですか? と返す言葉を飲み込んだ。え? 当てずっぽうで公園まで来たけど、指指したの一番高い高層マンション。んな、ばかな! 給料どんだけもらってるんですか! 課長が俺に鍵を押し付けてきた。
うん。なんて複雑な鍵なんでしょう……え? これ鍵なの? カードじゃね? 恐る恐る、高層マンションのエントランスへ足を踏み入れる。
「お帰りなさいませ」
思わず肩がビクリ。コンシェルジュ付きなんて聞いてない! まあ、誰にも尋ねてないんだけど。カードキーを翳すとちゃんと開いた。あらー。魔法のカードだったんだね。開いちゃった。不審に思われてるだろうけど、これ以上そう疑われないようにさっさと中へ入る。
さっさと部屋まで連れていって出ないと!
「課長、何階ですか?」
「……28」
「あ、はい」
思わず生返事。え、ここ。34階建てなんですけど。お高い所に住んでらして。エレベーターの階数ボタンを押し、部屋番を教えてもらい、もう一度カードを翳して解錠した。うわー。近未来。
「課長。着きましたから俺帰りますね?」
返事がないので踵を返すと同時に裾を引っ張る感覚。マジか。漫画かよ、と思った。振り向くと課長が不服そうに眉を寄せ、文句を言い始める。
「そうやって、いっつもすぐ帰っちゃうじゃん。なんで一緒に居てくれないの? 私はもっと一緒に―――」
ハッと息を飲む。正気に戻ったのか赤城課長は慌てふためく。
「い、今のは忘れて! というよりも、初めて会った時の事も!」
「わ、わかりましたから。苦しいです……課長」
首を絞められ実質的な脅しをかけられた。必死だっただけか。
「あ、ごめんなさい……あなたには変な所ばかり見られてるわね」
「そんなこと―――」
「あなたも思うでしょ? 仕事ばっかりの面白味のない人間だって」
自嘲気味に笑う姿に何故か腹が立った。すると、言葉がするりと口から出た。
「俺は、赤城課長厳しい人ですけど、キレイで可愛くて仕事熱心な方だと思いますよ」
お酒2杯しか飲めないのに意地張ってるし。
「なっ!! そういうからかいの言葉はやめなさい! ほら、帰って! さよなら。月曜日に」
押されまくり扉を無情にも閉められた。まあ、残りたかったわけではないけど。閉め出した瞬間に鍵までかけなくても……はあ。と溜め息を吐きトボトボとエレベーターへ向かう。すると、鍵まで閉めたはずなのに後ろから。
「今日は送ってくれてありがとう。おやすみなさい」
バッと振り向いたらカチャリと鍵の音が。素直じゃないなとフッと鼻で笑った。
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