第4話 企画書って何ぞや?
「あ・お・い~」
「は、はい。あ、課長! 今日はお日柄も良く―――」
「誰が天候の話しをしろって言ったの! しかも、土砂降りなんだから嘘つくんじゃない!」
「す、すみませんでした!」
「この企画書は何!? 私、明日の朝の会議で必要って言ったわよね?」
「もちろん頼まれていた企画書でございます!」
「このど阿呆! これは企画書じゃなくて学生のレポートよ!」
「いえ! 俺、社会人です!」
「このお馬鹿! そんな事くらい知ってるわよ! 皮肉よ! 皮肉! 書き直し!」
「ええー!! これ2日前から書いた企画書なのに……」
「あなたね……時間をかければいいってものじゃないのよ。私だったら―――そうね、2時間もらえばそのくらいできるわ」
んな、アホな。そんなんで企画書できたら苦労しないっての。……いや、待てよ。そめやん先輩が言ってたように何があっても仕事を完璧にこなして定時に帰る課長ならあり得なくもない。うぇー。マジかよ。俺の2日の労力を十分の一で済ましてしまう課長、マジかっこいい。んで、俺はかっこ悪い。
「わかったら、さっさと席に戻って打ち直しなさい」
バサッと書類を返されトボトボと席へ戻る。生まれて初めての企画書は案の定、秒で却下された。うそでしょ。自信あったのに!
「あー。これは駄目だね。課長に返されてもしょうがないよ、青井君」
「なんでですか。ちゃんとテーマ決めて俺なりに文章まとめましたよ?」
それなのに、ろくすっぽ見ずに却下とは……ちょっと横暴過ぎません?! プンプン。
「だって、これ提案書だよね?」
「へ? 提案? いや、これは企画書ですよ。そめやん先輩ちゃんと起きてます?」
「失礼だな! ちゃんと起きてるよ、もー!」
牛みたいなだな……体もムッチムチだし、性格温厚だし。もはや牛の生まれ変わり。いや、牛そのものなんじゃないか? 失礼な事を考えているとそめやん先輩が説明を始めた。
「提案書は相手の課題とかを整理して解決策を提示したもの。企画書はアイデアややりたいことを実現するために誰が見てもわかるようにまとめたものを言うんだよ。まあ、それ以前にこれ現状分析が事細かに出来てない時点でアウトな代物になってるけどね」
「……ってことは?」
「ボツ―――だろうね」
「笑顔がまぶしい! って、マジですか!」
「まあ、みんな通ってきた道だからそんな気を落とさずに」
「そめやん先輩……」
「ん? 何?」
「俺に企画書の書き方教えて下さい!」
誠心誠意頭を下げる。が、神は無情だった。
「ごめん……今から先方と打ち合わせあって……しかも、直帰なんだよね」
「俺を見捨てるってことですか? 俺より直帰の方が大事なんですか!」
「ちょっ! 声でかい! しー! 人聞きめっちゃ悪いからやめて!」
口元を押さえられ、フーフーと息を洩らす。すると、ちゃんと神はいたようだ。手を差し伸べられる。
「あ、あの。青井先輩! よかったら僕が教えましょうか?」
振り向くとおずおずと手を上げる松藤が立っていた。
「え! いいの?! やったー! やっぱり持つべきものは後輩だね。俺を置いていく人とは大違い」
「ちょっと青井君。それ僕が悪いみたいだからね?!」
「誰もそめやん先輩だとは言ってませんよー」
僕だって面倒見はいいのに、とイジケながら取引先との商談に出かけていった。後ろ姿があまりに可哀想だったので今度しつこいくらいお世話になろう。そう固く心に誓った。
「ふー。こんなもんかな?」
書き上げた―――まあ、パソコンで打ってるんだけど―――企画書を印刷し、一息吐く。ぐーっと腕を上げて伸びをすると、痛気持ち良かった。凝り固まった筋肉がほぐれていくのが良くわかる。
「お疲れ様でした、青井先輩。これ、コーヒーです」
「うわー。ありがとう、松藤。ほんと気がきくね。いくら?」
「あ、いいですよ! このくらい」
「いやいや。駄目だぞ。こういうのは曖昧にしちゃあ。図に乗るやつとかいるからな。はい、コーヒー代」
「あ、ありがとうございます」
俺の一言に虚をつかれた様子だったのに、次の瞬間には体を覆うくらい表情が明るくなる。キラキラが止まらない。え? なんで? すっげー眩しいんですけど。これ、漫画だったら後光指す勢いだから。ピカーって。
「僕、不安だったんです」
「ああ、赤城課長? 確かになー、ありゃビビる―――」
「青井先輩が」
ブーッ。思わず吹き出しそうになった。すんでの所でハンカチでガード出来たぜ。机の上に投げといてよかったー。
「お、俺?」
え? なして? こんなにプリティーボーイなのに。不安なんて俺が言うなら納得ものだけど、松藤が言ったら違う案件みたいじゃん。やめて? ほんとに。俺だって泣いちゃうよ?
「はい……人事異動も時期外れだからまともじゃない方なのかと……。それに経理部だから営業部わからないでしょうし、僕後輩だけど営業部では先輩になっちゃうし。怖い人だったらどうしようって」
ははーん。時期外れの異動ってこんな風に思われちゃうわけね。なーるほど……俺、可哀想じゃね?! 異動勝手に決められて腫れ物扱いとか。だけど、松藤の不安もわかる。
「俺も不安だったけど、そめやん先輩は面倒見いいし、お腹には癒されるし。あのタプタプお腹気持ちよさそうだよね。赤城課長は恐いし。美人がもったいないよなー。急な異動だったけど、悪くないかなって今は思ってる。こうしてわからなかったら教えてくれる後輩もいるしな!」
松藤の頭をぐしゃぐしゃと手で撫でる。これでもかと撫でたのに松藤はその間無言。終いには笑い出した。
「ははっ! 僕、営業部に来た頃は全然使い物にならなくて、会社辞めよかなって考えた時期もあったんですけど、辞めなくて良かったです!」
満面の笑顔に俺も自然と笑顔で返す。
「おう! 俺は松藤に出会えてよかったぜ。これからも宜しくな! ……宜しくついでにここも教えてくれない? 全然わかんないんだけど」
「もう、青井先輩は……。仕方ないですね。ここは―――」
本日の収穫は後輩と距離を縮めれたことかな。その後、松藤には散々怒られた。え? ここでキレイに話し終わるはずだって? ははっ。馬鹿にされちゃ困るな。俺がそこで終わる男だとでも?
「なんでこんなに溜めてるんですか! あーもう! この報告書僕が探してたやつ! あ! こっちは未完成……青井先輩!」
「悪かった! ほんとに真面目にするので許して下さい」
後輩に心から謝罪をし、手伝ってもらったことで事なきを得たのであった。後日、仕事を溜めてたことを赤城課長にバレてこっぴどく叱られたのはまた別の話し。
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