第3話 赤城さんじゃなく、赤城課長と呼びなさい!
社畜歴2年目。世間ではまだまだぺーぺーだが、敢えて言わせていただきたい。
「赤城さん! これ、終わらないです。多すぎです!」
「つべこべ言わず手を動かしなさい。青井、あなたはそれでなくても異動が遅かったんだから。そこらの新入社員より仕事出来ないわよ。わかったらさっさと手を動かす! あと、私のことは赤城課長もしくは課長と呼びなさい」
「ふぁい。すびばせんでひた。(はい、すみませんでした)課長」
もっと優しい先輩かもん! 美人は怒ると凄みが出て恐い! スイートエンジェル所望。
「その報告書できたら、次は挨拶周りよ。あと10分で終わらせなさい」
「えっ! この量をですか?!」
「何? 文句あるの?」
このハエが! と目で睨まれた。何故だろう。言われてないのに自分のアテレコで涙が出そうだ。
「ありません! かしこまりました!」
タイピングには自信があるんだ。ないのは未知の分野のノウハウが欠けていること。1年目の松藤
そこそこの会社なので規模が大きく、競わせる為と称して営業部は第一課と第二課に分かれ、一つの課に60人近く配属されている。経理部はせいぜい30人弱しかいなかったので、営業部合わせて約120人はかなりの人数だとわかるだろう。
その一課をまとめあげているのが赤城さんだ。女性とか関係なく、ただ一言。素晴らしい方だ。見習いたくてもこの時点で見習うべき相手が1年目も含んでしまうのは率直に言ってヤバい。
「できたわよね? じゃあ、行くわよ」
「あ、まだ部長にあげる報告書が出来てません」
ギロッと眼光鋭く睨み上げ、嘆息する。
「このぐらい出来なくてどうするのよ。やるべきことはまだあるのよ。あなたは私達の仕事量の10%も満たしてない位置にいることを自覚なさい」
「す、すみません」
「はあ。余程経理部が甘い環境下だったのね。これで経理なんて信じられないわ」
「すみません……」
そ、そこまで言わなくていいだろー! 俺だって必死でやったけど一つ報告書が時間までに間に合わなかっただけじゃないか。むしろ褒めてほしいわ! 配属初日だぞ! って言えたら気持ちスッキリするだろうけど、俺は波風立てぬ男。ここは華麗にスルー致しましょう。
「だいたい、大沼部長が甘いんじゃないの? まあ、経理なんて決算が忙しいだけで、あとは能天気に過ごしているものね」
あっ、これは駄目ですわ。
「待って下さい。確かに俺はあまっちょろいし部長にも良くしてもらいました。経理部のみんなも優しくて居心地良くて……でも、能天気に過ごしてるって発言は撤回して下さい。皆さんがあげてきた領収書の束ほとんど書き方とかなってないのを俺ら黙って直してるんですよ。いちいちこれはこうでしたね。とか、グチグチ言った覚えはないです」
目線を逸らさず最後まで言い切った。
「だから、遊んでる発言は止めて下さい。みんな真剣に仕事してます。―――確かに、部長はよくダイエットの特集を見てるので遊んでると言われても反論できませんが」
そこは反論してよ! と部長の声が聞こえた気がした。気がしただけなのでスルーしておきましょ。
「―――そうね。青井の言うとおりだわ。知りもしないのに勝手に決めつけるのは良くなかったわ。ごめんなさい」
「い、いいえ! 俺も出過ぎた真似をしてしまってすみませんでした」
「ただ、大沼部長の件はあとで問い詰めることにするわ」
あ、すんません。大沼部長。これ、死亡案件ですわ。社会的な方で。 いや、会社的な方かも。
「気を取り直して。取引先訪問するわよ。今日は私の仕事のやり方を見てるだけでいいわ」
「かしこまりました」
「まずはこの会社―――」
取引先って言うからさ、一件だけだと思うじゃん? なんと10件周ったんですけど。え、何これ? パワフルすぎない? ヒールで10件とか正気の沙汰じゃない。もう生まれたての小鹿よ。プルプル。
どさっ! 大きな音をたてて俺のデスクに積まれたのは大量の束。え? 何これ?
「これ、今日のノルマ。報告書とは別にあなたでも出来る仕事割り振ったから。これ終わるまで帰れないと思いなさい」
「は、はい」
え、何これ? スパルタ過ぎん? どうやったら配属初日に残業コースになるわけ? ならないでしょ、と思ったけど席に戻った赤城さんはものすごい速度で報告書や企画書。部下からの報告に目を通したりと淡々と捌いてゆく。その姿に背中を押され、割り当てられた自分の仕事をこなしていった。
肩をポンと叩かれ、お疲れ様と声をかけられる。ハッと顔をあげるとそめやん先輩。コーヒーを差し出しながら苦笑混じりの微笑み。癒されるわー、そのお腹。タップタプですね。
ありがとうございます、と缶コーヒーを開ける。飲むと僅かな糖分でも体に染み渡っていくのが良くわかる。
「初日からびっくりしたでしょ?」
「はい……俺嫌わてるんですかね?」
「そんな事ないよ。みんな通ってきた道だから。1年目の松藤君も同じだったし、他のみんなもだよ」
「あ、そうなんですか」
自分だけじゃない。その一言でほっとするもんだ。
「ただ、誤解してほしくないのは赤城課長は僕らを辞めさせたくてやってるわけじゃないってこと」
「というと?」
「みんなに成長してもらいたいんだと思う。今まで第二課は会社のお荷物呼ばわりされてきたから見返したかったんじゃないかな? 現に課長が就任してから第一課と肩並べるくらいになったからね」
「……そうだったんですね」
「それに課長が一番仕事してるしね。気付いてた? 青井君に仕事振り分けた代わりに本来青井君にしてもらう予定だったもの全部やって定時に帰って行ったこと」
「え?! 結構山積みになってたのに更にそれ以上をこなして、挙げ句の果てに定時ってほんとですか?!」
ほんと、と微笑むそめやん先輩。
「課長は仕事には厳しいけど部下想いだから上司の自分が残ってたら下が帰れないってわかってるから。どんなに仕事が忙しくても出先から戻ってくるのが遅くなっても絶対定時に帰るんだよ」
「そ、そうなんですね。すごいですね」
「だから―――出来る人間は出来ない人間のことを理解することは出来ないかもしれないけど、出来ない人間は出来る人間に寄り添うことは出来ると僕は思うよ」
最後のそめやん先輩の言葉を理解することは俺には出来なかった。ただ、いつかそうなれる日が来るといいなとは思ったけど。
「じゃ、帰ろうか。もう23:50なんだよね」
「な!! 終電!!! もう! そめやん先輩知ってたらもっと早くに声かけて下さいよ!」
「えっ! 僕のせい?!」
「走りますよ! そめやん先輩!」
「ちょ! 運動不足の僕には堪えるから! 聞いてる?! 青井君! ねえ!」
赤城課長の事は恐いけどもう少し頑張ってみよう、と決心した俺なのだった。後ろでヒーヒー声が聞こえるけど聞こえない振りをして走ろう。きっと振り向くと妖怪がいるから。
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