第10話 俺、蕎麦の気分だったんですけど……。
なんと仕事が捗る事か! 俺は今とても感動している! 営業部に配属になって初めて仕事への熱意を感じている。まあ、遅すぎるのですけども。それは置いとき、鬱屈とした状況で仕事をするよりも悩みから解放されて取り組む仕事の方が効率がいいんだな。俺ってもしかしてやれば出来る子だったんじゃ?!
うおー!! っとキーボードを目に見えぬ速度でタイピングし、取引先への訪問伺いをたてる。あ、辞める事と引き継ぎもしなくちゃいけないな。まあ、黒部さん曰く赤城課長が言ってたように契約も満足に取れないのだからそんなに挨拶する会社ないんだけどね。
どこから回るかと思案するが、昼を告げるチャイムが鳴り響く。あー、もうお昼か。あまりに効率よく物事が進むから感覚では夕方の17時くらいな気がしてた。
一段落終え、息を吐きながら背伸びする。あーこの筋肉が伸ばされる感覚、好き。恍惚とした表情を浮かべていると若干引いた声で名前を呼ばれた。そちらに目を向けるとそめやん先輩。あら。なんでしょう?
「あ、お疲れ様です。今からお昼ですか?」
「うん。まあね」
なんか話しが弾まないなと敢えて明るい声で喋る。
「またトッピング全種類で大盛ラーメンとか止めて下さいよ? 午後から眠くなっちゃいますからね」
「―――青井君」
「へ? あ、はい」
「お昼一緒に食べない?」
「え? いいですけど……俺ラーメンの気分ではないですよ?」
「僕だってちゃんと自重できるよ!! もう。そんな事はいいから、ほら。行くよ」
慌ててそめやん先輩を追いかける。なんだ? ラーメンじゃなかったらカレーの気分だったとか? そめやん先輩すみません。俺、今日蕎麦の気分だったんです。冷やした蕎麦をツルッと食べたかったんですが。俺の予想は見事裏切られ、そして俺の要望も叶う事なくまさかの天丼。うん、まあ、美味しいけどさ。これじゃない感がすごい。
モグモグと食べるがそめやん先輩は一向に喋らない。何故に? あ、この海老旨い。プリっプリだ。海老に感動しているとそめやん先輩が徐に口を開く。そしてたった一言こう言った。
「本気で辞める気なの?」
サラッと言った割に目はとても真剣さを帯びていた。咀嚼していたものをゴクリと飲み込む。そして俺の口からは。
「はい。これ以上皆さんに迷惑はかけられないですし……何よりも課長に疎まれてたなんて想像もしてなかったので―――ほんと、恥ずかしいです」
唇を噛み締める。何故か喉の奥から込み上げてくるものがある。これは子供の頃何度も経験した感触だ。十中八九、嗚咽が漏れる一歩手前というわけだ。必死に抑え込み、しょうもないことを考えるようにする。俺の行動や目の動きあらゆるものを見て総合的に判断したのだろう。そめやん先輩は穏やかな口調で、
「そっか」
と言っただけだった。そのあとは他愛もない話しをしつつ、昼休憩は過ぎていった。社内に戻り仕事を再開すると視線を感じる。なんだ? と眉間に皺を寄せ、根本の原因へと非難の目を送る。その先には赤城課長。―――赤城課長!? なんで!! えっ、なんでこっち見てんの? いやいや。あなたお仕事しなさいよ。今日もえげつない量掃かすんでしょ? 時間足りないって。
なのにいつまでも俺を見つめる姿は意識しなくても目に入る。やめて! 智陽のライフはもう0よ!!
誰か救いの手を―――差し伸べてくれるわけないか。最初から最後まで仲良くなったり打ち解けることなく終わりを迎えることになるとは。せめて女性とお近づきになりた―――あ、俺眼中にないですか? あっ、すみませんでした! 出過ぎた事言いました!
あれから課長からアクションされず2週間経過した。辞表出したしさすがに受理されたよね。そうじゃないと俺も困る。少し休んでから再就職先を探そうと模索しているのだから。
このまま何事もなく平穏に時が過ぎるのを―――バンッと音が鳴り響きみんな一斉に音の出所へ目を向けた。大きな音は扉を開け放った時に出た音なのかと納得したが一つ納得できないのは肩で息しながらこちらを睨み付ける人物。あれ? 猿渡さん?
「君が赤城課長かね?」
ズカズカと躊躇う事なく侵入してきた珍客こと―――△△社の猿渡部長。対して赤城課長は眉毛をピクリと上に上げる。うっわー。なんかわかんないけど急に修羅場が発生! 発生源の一人は殺気立っているけど受けて立つ方も腰に手をあて応戦。
そしてその二人の間に挟まれるように行き場を無くしたのが俺こと―――青井智陽。待って! もしかしてこれって私で争わないで展開? 自慢じゃないけど俺、男は―――。
「君の所の社員はどういう教育を受けているのか私にわかるように教えてくれないかね?」
あ、これ違いますね。俺が目の敵にされてる案件でしたわ。……誰でもいいので助けて下さい!!
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