第11話 暴かれた真実

「猿渡部長……」


珍客である猿渡部長が現れ緊張感が増す。え? なんで……あ、俺に対する怒りをぶつけに? え、みんなの前はちょっと……。その時、俺の横をスッと通る影。


「猿渡部長。この度は誠に申し訳ございませんでした。ほら、青井! 何してるの。あなたも謝りなさい」


「え、あ、えっと申し訳―――」


「何を言っているんだい?」


「ございません―――へ?」


何を言っている? え? どゆこと?


「えっと……日本語での謝罪でしょうか……」


「……ふっ。はっはっはっ! ほんとに君は面白いね。何を謝る事があるのか尋ねただけだよ。悪かったね」


猿渡部長が俺の肩をポンポンと叩きながらクツクツと笑う。え? マジで何これ? なんで怒らせた相手が俺を絶賛してるわけ?


「はぁー。笑ったな。さて、私がここへ出向いた理由はだね―――君だよ」


猿渡部長が真剣な面差しで人差し指を向ける。その先にいたのは―――黒部さんだった。黒部さん? ああ、今の担当だもんな。何か打ち合わせとか―――ん? 待てよ。さっき猿渡部長なんて言って入ってきたっけ? 確か『君の所の社員はどういう教育を受けているのか私にわかるように教えてくれないかね?』って言ってた気がする。間違えて覚えてなければ。


「ぼ、僕ですか?」


「ああ。ほんとに不愉快極まりない。どう教育されたらあんな風になれるのかぜひご教授願いたいものだよ」


うっわ。すっげー皮肉。俺これ言われたら泣くわ。


「お待ち下さい。何かの間違いじゃないでしょうか? こう言ってはなんですが、黒部は仕事が出来る社員なので今回お怒りになられてるのは営業部に配属になって間もない青井では―――」


「いい加減にしなさい!!!」


猿渡部長の怒声が辺りに響いた。え、もしかして逆鱗に触れた? いやいや。赤城課長の言ってる事はもっともだし。課長と黒部さんが言ってた通り今回の△△社との契約打ちきりは俺が何かやらかしたから起きた事案では? 頭に?を浮かべながら小首を傾げる。


「私が怒っているのは他の誰でもないそこの黒部という社員だ! 責任転嫁をして他の者を言われもない嘘で蔑むものじゃない!!」


「ぼ、僕が何か致しましたか?」


「それもわからないのかね。君は私の所に青井君が不甲斐ないから自分が担当を代わった。自分ならこうします。それはうちでは出来ませんね。―――はあ。こちらの話しを一向に聞かず、同じ会社の人間を悪いように落とし込むその性根が私は気に入らなかった。しかし、私も一社員。私情で仕事をするものではないと割り切っていたが、その堪忍袋の緒も切れる事が起きた。君が法外な値段で価格交渉をしてきたことだ」


「そ、それは―――」


「青井君に何故仕事を頼んだかわかるかい? 彼は仕事だけでなく私生活の相談や一個人を尊重して自分に益がないにも関わらず寝る間も惜しんで必死に考えてくれる。そんな姿を見て、ああ一緒に仕事をしたいなと思わせてくれたんだ。価格にしたって一緒に悩んで一つのものを築いてくれる。その一生懸命さに私は惹かれたんだ」


やだ。何これ? 告白? ってくらい情熱が伝わる。黙りこくる黒部さんを無視し、赤城課長に詰め寄った猿渡部長は最後にこう言った。


「人の価値は確かに仕事の出来で決まるのかもしれない。だがね。一緒になって自分の事のように悩んでくれる社員がいるこの会社はそんなものより大きな価値があると私は思う。上辺だけに惑わされていたら大切なものを見失ってしまうことになるから気をつけなさい」


くるりと赤城課長に背を向け、猿渡部長は俺に不敵な笑みを浮かべ、肩にポンと手を置き去って行った。


「ああ、大事な事を告げ忘れていたね。担当を青井君に戻してくれるなら契約の打ちきりは白紙にさせて頂きたい。じゃあ、良い返事を期待してますよ」


いなくなった後、沸々と感情が沸き上がった。何あれ。マジ格好良い! 俺も猿渡部長みたいになりたい!! あ、でももうこの会社辞めるから再就職先で猿渡部長を目指そう。


そのあとはなんとも言えない空気が流れ翌日、翌々日黒部さんは会社を欠勤した。連絡は会社にいってるようだから無断欠勤ではないけれど心配になる。だってたった3日前だけど第2課のみんなが俺に対してすごく優しくなった。そめやん先輩と松藤はすごくむくれているけど、俺自身はあまり気にしていない。


だって、立場が違えば俺も同じ事をしていた気がするから。綺麗事では済まないのが社会だから仕方ない気もする。そして、赤城課長に本日呼び出された。え、なんで会社の屋上? もしかして突き落とされちゃったり?


「ほんとに申し訳なかったわ」


頭を下げられました。慌てる俺。


「や、止めて下さい!! 気にしてないので!」


「でも、そういうわけにはいかないわ」


「いや、ほんと大丈夫なので。だって俺辞めますし」


「その事だけど、受け取ってから上に報告してないの」


「―――え?」


「だから辞表を私が受け取ったままなの」


なんで!? もう残り10日かぁーって感慨深かったのに。俺があまりに滑稽な顔をしていたのだろう。課長は目を背けながら一枚の封書を俺の胸にそっと突き返した。自然と距離が近くなる。


「だから、辞めないで。これからも―――ここに居て」


真剣だけどやけに甘い声。逸らしていた目をこちらに向ける。クラっとするほどの上目遣い。唇、柔らかそーとかしょうもないことを考えていた。ふいにチャイムの音が鳴り響く。びっくりしたー!! ここ、こんなに音が響くのか。課長も驚いたのか少し慌てた様子で俺から離れる。踵を返し立ち去る間際に。


「じゃ、じゃあこれからも宜しくね。△△社にも改めて謝罪をさせてもらってあなたを正式に担当に戻すわ」


「か、課長!」


思わず呼び止めたが一瞬止まっただけで無言で去って行った。去り際にチラリと見えた横顔は何故か赤かった。


「んー。結果オーライか。仕事失わなくて済んだし……済んだけど……放っておけないよな」


仕事が終わり退勤したその足でとあるマンションへ。これまた高げなマンションだこと。一つ嘆息し、足を踏み入れた。紆余曲折あったがどうにか部屋の中へ。そこには黒部さんがとても不機嫌かつ元気がない様子で俺にお茶を出してくれた。


「なんで、ここに」


「俺、黒部さんがしたこと今でも許せられません」


本題をいきなり切り込んだ。苦虫を噛み潰した表情に変わり変化面白いなと思ったのはここだけの話し。


「じゃあ俺の所にこなくても―――」


「だけど、このままでいたいとも思いません」


「何言って―――」


「―――だから俺と友達になりませんか」


「―――は?」


目を白黒させる姿は面白いもんだ。


「俺はあなたを許せられない。だけど気分悪いまま終わりたくないんです。あなたが俺を嫌いでも俺はあなたを蔑ろにしません。それがあなたなんだと思いますし」


「はっ! そんな綺麗事言われてもな」


「そうですね。綺麗事なんだと俺も思います。だけどどんなに許せないことをされてもあなたも必死だったんだと思えば許せなくもないです」


「何言って―――」


「俺、友達1000人欲しいので黒部さん友達になってください」


「……俺、お前に酷いことしたんだぞ」


「はい」


「契約奪いもしたし」


「辛かったし腹立ちましたね」


「殴ったりもした」


「ええ。めっちゃ痛かったです。ちなみに壁にも叩きつけられました」


「ほ、ほんとに俺と友達になりたいのか?」


目を瞑り、ゆっくり目を開ける。


「―――はい。俺と友達になってくれませんか?」


「……馬鹿なやつだな。ほん……と……」


グスグスと泣き始めた黒部さんを労る事もせず、「焼き鳥買ってきたんで食べましょうよ」とあっけらかんと言うと笑い泣きしながら「シリアスモードはどこに行ったんだよ」と返された。


余談だが、黒部さんはとてもじゃないが凄かった。何が凄いってツンデレで天の邪鬼なのだ。なんと25歳にして友達が一人もいないという衝撃的な事実のせいで拗らせまくっていた。いや、男のツンデレとか誰需要? マジで勘弁願いたい。あれ? これは友達申請辞めるべきだったなと後悔した俺なのだった。

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