第17話 黄梨は意味深に呟く。

「美味しい? 青井君」


「お、美味しい……よ?」


ニコニコ笑顔の彼女。「あーん」されて戸惑う彼氏。そんな甘酸っぱい関係なら俺だって些か安心出来た。しいて言うなら妄想ですね。


現実は……笑顔なのに彼女を纏う空気がすごくドス黒い。まるで熊を飼い慣らしている人みたいだ。まあ、何が言いたいかというと、俺は借りてきた猫みたいに縮こまっているということ。


ここはとあるテーマパーク。周りは親子層から初々しいカップルまで幅広い年齢層が集まった遊園地。しかし、俺の周りだけモーゼみたく人波が消えている。テラス席で女の子に「あーん」されているのに、この前の居酒屋でもしてもらったのにこんなにこの状況が辛いなんて……。


俺が何したっていうんだ!


「赤城課長と水族館ねー。すっごく仲良んだね――――プライベートで会うくらいに」


ごくり! 冷や汗が止まらない。何をしたわけではないけれど、どうやら黄梨はご立腹らしい。週始まりの月曜日。黄梨に赤城課長と水族館に出かけた件がバレて以来、ことあるごとにグチグチと言われた。今回のテーマパークに出かける誘いを受けた時はさすがに断ろうと口を開くと「赤城課長とは出かけたのに私とは無理って言わないよね?」って笑顔で言われてしまったらこれはもう行かないわけにはいかないでしょ。


「あれは……たまたまだって言っただろ? ほら、赤城課長には彼氏さんもいるんだし」


明言されていないけどそうであるはずだ。


「ふーん。でもさ、彼氏いるのにプライベートで会うなんてどうかと思うな」


「うん? ってことは黄梨、彼氏いないの?」


「えっ? いないよ?」


「へぇ。そうなんだ。黄梨可愛いから彼氏いるんだと思ってた。まあ、そっか。いたら誘うわけないか。だけどなー………もったいないな」


「ええ!? ももももったいないって!?」


「ん? だってそうだろ? 可愛いのに彼氏いないなんて。………もしかして好きな人でもいるとか?」


「ええええ!? すすすすす好きな人なんて。いいいいないよ!?」


「そう? 黒部さんとかイケメンだから顔とか好きなんじゃないか?」


それよりもすっごいドモるな。知られたくないことでもあるのだろうか?


「待って。青井君もしかしてだけど、私がイケメン好きだとでも思ってる?」


「えっ。違うの? 女の子ってイケメン好きでしょ?」


「そりゃ嫌いじゃないけどさ……」


「あ! わかった! 好みの問題か!」


「違います! もう! 青井君なんて知らない!」


「えっ!!?? なんで?!」


ふんっ! と鼻息荒くそっぽを向かれた。何が悪かったんだろう? 一般的にイケメンって好きなんじゃないの!? だって、俺高校生の時に告白した子とか大学生の時に好きになった子はみんなイケメンが好きだったぞ!? だから振られに振られまくっていまだに彼女いない歴=年齢になったんじゃないか。


ご飯を食べ終わりアトラクションエリアに向かっている間、黄梨は一つも喋らなかった。怒ってますアピールを露骨にされると何が悪いか検討つかなくても謝って機嫌を直さなくちゃいけない使命感に駆られる。これが、男のサガか。


勝手にモテ男みたいなノリで考え事をしているとあっという間に時間が経ち辺りは真っ暗に。一生懸命ご機嫌伺いしていたけど直ることはなかった。尋ねたら質問に答えるくらいまでは回復したけど。


閉園時間も近い。最後に何か一つでもアトラクション乗れたらなーと周囲を見渡すと、ある物が目に入った。最後にこれに乗ろうと黄梨の手を勝手に取り、先陣をきって歩き出す。


「あ、青井君?!」


それに乗り込むと注意事項を早口で伝えられ、扉を閉められた。


「このまま変な感じで終わりたくなくてさ……観覧車、今さらだけど嫌いだった?」


「ううん。高い所嫌いじゃないし……ふふっ。あーあ。そんな顔されたら怒ってた私がバカみたい」


「そんな顔………」


思わず自分の顔を触る。鏡がないからどんな表情をしているのかわからない。だけど、黄梨が機嫌を直してくれたのならどんな顔でも俺は受け入れられた。


険悪ムードを払拭するように他愛ない話しで場が和む。やがて頂上も過ぎ、地上が見えてきた。


「そろそろ着くよ。黄梨―――」


振り向くと頬を何かが掠めた感覚がした。


「私負けないからね」


言い終わると同時に扉が開き黄梨はさっさと降りてしまった。慌てつつ俺もゴンドラから降り追いかける。


「どういうこと? 負けないって?」


「はははっ。それがわからないから女心もわからないんだよ。青井君」


「えっ? えっ? わからない!? 俺何をわかってないの!?」


「教えなーい」


「ヒント! ヒントだけでも!!」


「だーめ。教えたらフェアじゃないもん」


「何が!? 黄梨、マジでわかんないんだけど!?」


そのあとも黄梨が意味を教えてくれることはなかった。この時黄梨の放った言葉の意味がわかっていれば週明けの月曜日から待ち受ける難題に俺はタジタジにならなくてすんだのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る