第16話 ペンギンって可愛いよね。

今俺は呆気に取られていた。今日は赤城課長に誘われ水族館に来ている。何に呆気を取られたかというと、ジンベエザメの大きさに圧倒されていた。でっか! よく水槽の中に収まるなー。


ボーッと仰ぎ見ていると隣からすかさず声がかかった。


「そんなに珍しい? 水族館にはジンベエザメがいなくてもイルカとかいるでしょう?」


「い、いや。恥ずかしながら……この歳まで一度も水族館に来たことなくて……」


恥ずかしい! 子供の頃に親にでも連れて行ってもらえば良かった。いや、待てよ。普通はみんなデートで訪れるんじゃないのか!? チッ! リア充共め!! ええこちとら行った事ありませんよ! 彼女居たことありませんからね?! やけくそ気味に悪態を吐く。絶対他人に聞かれたくないわ。


俺は想いをぐっと抑え赤城課長に視線を送った。そして不覚にもドキリとさせられることとなる。だって! か、課長が後ろに手を組んで前屈みに!! た、谷! 谷間が!! あざーすっ!!! 肌寒いのにオフショルを来て膝が隠れるくらいのフレアスカートを着こなしている姿が神々し過ぎる。肩が! 胸が! 免疫のない俺には刺激が強すぎる。


鼻に手を当てながら目線を逸らす。するとぼそりと呟きが聞こえた気がした。


「それって……私が初めてってこと?」


「何か言いました?」


「い、いいえ。何も言ってないわ。さあ、行きましょ」


「は、はい」


小走りで先に行く赤城課長を追いかける。赤城課長の背中を見つめながらここまでの経緯を反芻した。


最初は断るつもりだったんだ。確かに最初イケすかない奴だと思っていたけど、今では冗談も言える中になった黒部さんの恋人と休日に仕事以外で会うなんてしちゃいけないって。だから断りの文章を考えていたら何か勘づかれたのか先手を打たれ、出かける手筈になってしまった。


それでも会ったら断ろうと思ってタイミングを見計らっていたのに、今日現れた赤城課長を見たら何を言うのかすっかり抜けてしまった。だってあまりにも綺麗でこんな人と曲がりなりとも俺がデートモドキが出来るなんて天にも昇る心地だ。


だけどそれもここまでだ! これ以上は一緒にいられない。断固たる意思で―――。


「青井、青井。見て、ペンギンよ。可愛いわね」


無理です! あなたが可愛いです!! くっそー! なんだよ、いつもは愛想笑いもしないくせにそんな幸せそうに微笑むなよ! 可愛いかよ……。なんでこの人恋人いるんだ……あ、美人だからか。しかも仕事も出来る。俺とは天と地程の差があるね。


赤城課長が指し示す指の先を辿るとそこにはペンギンが。俺、ペンギン好きなんだよ。テチテチ歩く姿とか超可愛くね!?


「可愛いですね!!」


「きゃっ!」


「ん? ああ!! す、すみません!」


「だ、大丈夫よ」


思わず赤城課長を後ろから覆い被さる形でペンギンと通路を隔てるガラスに手をついてしまった。俺のアホ! そんな風に見なくても離れた場所から見れば良かったじゃないか! ほら、赤城課長も怒って――――めっちゃお怒りじゃん!! 顔真っ赤で小刻みにプルプル震えてる。


そんなつもりはなくて―――。自己嫌悪に陥っていると課長に背中を押され、よりペンギンの近くへ。


「好きなんでしょ? もっと近くで見たら?」


「か、課長ー。ありがとうございます! うっわぁ。可愛いなー」


「ふふっ」


課長に笑われ体温が急激に上がった。は、恥ずかしい……大の大人がペンギンではしゃぐなんて。


それから閉園時間まで思う存分遊び尽くしいざ帰るかと出口に向かおうとすると呼び止められた。


「青井、お土産コーナー見てから帰らない?」


「あ、いいですね」


お土産コーナーにはまだ疎らだけど人がいて思い思いにグッズを見ていた。その一部に俺と赤城課長も収まり眺める。お土産かぁ。見るとは言ったが、はて。今日の事を誰にも言えないのにお土産を見る必要はあったのだろうか。ぬいぐるみが置かれているコーナーでペンギンのぬいぐるみをもみもみしながら反芻する。うん。やっぱり誰にも言えないし黒部さんにバレたら八つ裂きにされそうなのでお土産は却下だなと結論を出した。


俺がぬいぐるみと戯れている間に赤城課長は会計を済ませたらしく俺と合流し、閉園のアナウンスと共に水族館を後にした。


「青井。これ、あげるわ」


「え?」


手のひらサイズの包装された袋を受け取る。疑問符を浮かべながら開封する。


「あ! 携帯用リング! ペンギンのデザインなんですね。もらっていいんですか!?」


「ええ。ペンギン好きだって言ってたから」


「ありがとうございます! あっ!! 早速付けちゃおうかな」


ウキウキと携帯を取り出し、袖で携帯カバーを乱雑に拭きリングを装着した。うっわ。可愛い……なんと愛くるしい見た目だこと! ご満悦に浸っていられたのはここまでだった。もっと注意を払っていればこんな事態は免れたと今でも思っている。ただ言わせてほしい。他意はなかった!


「気に入ってもらえてよかったわ。それ―――私とお揃いなのよ」


「――――へ?」


お揃い? ペアってこと? ははは。またまたー。そんな驚かせようとしてもその手には乗りませんよ―――……マジでお揃いだー!!! ちゃっかり課長も携帯に付けてる! ど、どうすれば!? 剥がす!? 剥がせるだろうけど一度剥がしたら取れやすくなりそう。


俺が頭を悩まかしていると赤城課長が珍しく不安げに小首を傾げた。声のトーンもだいぶ下がった。


「私とお揃い……嫌だったかしら?」


「そんな事ないです! めっちゃ嬉しくて昇天しかけました!」


間髪入れずに直立不動で答えると「ほんと!?」と、普段の赤城課長では考えられないくらい子供っぽくはしゃいだ。こんな姿見られるなら、まあいいか。黒部さんにバレないようにすればどうにかなるでしょ。


と、納得してしまった自分を恨みたい。良くないよ。ほら、バレたらいけない人って他にもいたじゃん。


「青井君のそれって、違うとは思うけど赤城課長とお揃いじゃないよね?」


ニッコリ笑顔ってこんなに恐いんだね。般若のお面を連想してしまったよ。


月曜日、恐れていたことに黒部さんにはバレてはいないが代わりに黄梨にバレた。俺のアホ!! なんで携帯取り出したんだよ。待ち受ける恐怖に腰が引ける。誰でもいいから助けて下さい。

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