第18話 目撃者は、俺だ!

その日は赤城課長と初めて会った時みたいに雨が降っていた。俺は交差点で信号が青になっても渡る事も出来ず、かといってそれまでさしていた傘も地面に開いた状態で転がっていた。


何故、そんな状況になっているかというと時は少し前に遡る。


「うわー。とうとう雨が降ってきちゃったねー」


その言葉に視線を窓ガラスへ向ける。降ってきたばかりなのかシトシトと窓に雨粒が打ち付けられている。その光景を眺めながら優越感に浸る。ふっふーん。今日はちゃんと持ってきたんだよな、傘。もう、あんな愚行は侵さない。おのれ……黒部さん!!


「午後からの降水確率100%って間違いじゃなかったんですね」


書類を俺に渡しながら憂鬱そうに呟く松藤。わかる! わかるよ、松藤! 傘を忘れた時の焦りと悲しみってないよな!


「これは……彼女に迎えに来てもらわなくちゃな」


――――クソが!!! 何が焦りと悲しみじゃ! 嬉しさしかないじゃねーか! 松藤に隠れるようにメンチを切り、体裁を保つ。クッ! こんなに独り身が寂しいなんて……。どうやったら彼女って出来るんだろう? マッチングアプリとか? それとも紹介? うーん。ここは、やっぱり―――


「青井、この書類もお願い」


「合コンしかないよな」


俺の呟きと赤城課長の声が見事に被った。俺は目が白黒になり慌てる。


「えっ!? あ、赤城課長!?」


「……合コンって、どういうことかしら?」


「えっと……なんと言ったらいいか……」


そんな凄まないで! ほんとなんて言ったらいいんだ!? だってさ、彼女いないから合コン行ってみようかなとか考えてましたって正直に言うアホいる!? いないよね!?


「ええっ!? 青井君合コン行くの?」


「いや、行くわけじゃなくて……」


「そうなの? でも僕も参加したいからさ。そうだ! 今度合コンしようよ! 僕、計画立てるよ? 青井君と僕と黒部君であと女の子3人呼べばいいかな?」


「いや―――それは……ちょっと」


「待って下さい。そめやん先輩。合コンと言えばこの黒部、可愛い女の子呼んじゃいますよ」


「えっ! ほんと? わぁーい。黒部君のセレクトだったら美人さん多いだろうねー」


「あの、ほんと……待って」


「青井! お前はどんな子がタイプだ? 可愛い系か? それとも綺麗系か? 清楚系もありだよな?」


「黒部さん、あの、俺そんなつもりはなくて―――うおっ!」


その時、体感温度が-20℃下がった気がするくらい冷風が吹き荒れた。作り出したのは―――こちらを虫けらを見る目で見てくる赤城課長からだった。俺悪くないです! 誤解してるのは黒部さんとそめやん先輩です!


「へぇ。大層な身分なのね。合コンなんて」


「あれ? 赤城さんも参加したい感じですか? いいですよ! 人数増やしちゃいますよ!」


「行くわけないでしょ! 馬鹿らしい」


吐き捨てるように言いきり、席へと戻っていく。踵を返す瞬間睨まれた気がしたけど気のせいだよな? 黒部さんを睨んだんだよな? うん? いや、待てよ。この手の話しにしてしまったのって俺の呟きから始まったから、恋人が合コン話し持ってきてはしゃぎ始めたのは、もしかして俺のせいだと思ってる!? 違うんです! そめやん先輩と黒部さんが勝手に盛り上がってるんです! 確かに彼女ゲット出来るかもって舞い上がりましたけど、違うんです!


「あちゃー。あれはかなり怒ってんなー」


「まあ、赤城課長ってその手の話し毛嫌いしてるきらいあるから仕方ないんじゃないかな?」


どう見ても恋人の浮気発言のせいでしょ。何素知らぬ顔してるんですか。ちゃんと機嫌取って下さいよ。こっちに飛び火してくるんだから。


報告書などを赤城課長に持っていくたびに何度も睨まれた。り、理不尽だ。そういうのは黒部さんにやって下さいよ。なんで俺だけ……。と、その状態が定時まで続いた。


相変わらず定時に帰ってしまう赤城課長とは違って、俺は今日も残業をしている。やっと仕事が終わって会社を出る時には午後から降りだした雨がザーザー降りに変わっていた。溜め息を一つ吐き傘をさす。お気に入りの一見黒に見える青の傘をさし、会社を後にした。


暫く歩くと交差点が見えてくる。そこは交通量も少なく、人通りも同じようにあまりいない。そんな所で誰かが抱き合っていたら嫌でも目につくし、好奇心で見てしまうというもの。だけど、好奇心なんて芽生えさせずさっさと帰ればよかった。


だって、抱き合っていた二つの影は一人は赤城課長で、もう一人は―――一度見た事がある顔だった。


あの男は、赤城課長に散々酷い捨て台詞を吐いて去っていった元カレ。普通だったらあんなに酷い言葉を浴びせられたんだから抱き締められても一方的なんだろうなって思うだろう。


だけど、どうだ。赤城課長は心底嫌そうな顔をしてもおらず、どこか戸惑いつつも真っ赤な顔をしているように見えた。そして、元カレがそのあととった行動に俺は目を大きく見開いた。―――キスをしたのだ。赤城課長に。思わずそこで傘を落としてしまった。音が鳴ったかもしれないけど雨粒の音でわからなかっただろう。


赤城課長の手が横手に落ちる。脱力したのか、無抵抗なのか。端から見ると受け入れているようにしか見えない。それ以上見ていたくなくて――――俺はその場から傘を置いて走り去った。


俺が後ろを向いて走り出したと同時に、赤城課長が拳を握りしめ元カレを殴りつけたことも知らずに。


家に帰ると何もしたくなくて、濡れた服のままベッドに飛び込んだ。なんでこんなに胸が締め付けられるんだろう。赤城課長が浮気していたから? キスをしてるのが羨ましかったから? ―――わからない。こんな感情、今まで経験したことがなくて自分で自分の心が理解出来ない。


ドロドロとした感情を抱えたまま眠りについてしまった。そのせいで、翌日風邪を引いた。あれ? 毎度雨のたびに風邪引いてね? 気だるい体を動かし、会社に連絡を入れる。無事に休みを得た時にはまたも眠気が俺を襲った。


「やべっ。服着替えない……と……」


ベッドから這い出て床で力尽きてしまう。あ、床気持ちいい……。着信を告げる携帯にも気付かずそのまま眠りについてしまったのだった。

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