第19話 不法侵入ではない。だって自分のせいだから!
「か、課長。俺、自分で食べれますから」
「駄目よ。病人なんだから甘えときなさい」
「で、でも……」
「はい、あーん」
「やっぱり―――もごっ!」
「ほら、喋ったら危ないでしょ。大人しくしていなさい」
「ふぁい」
皆さん、どうお過ごしでしょうか? 俺は今上司に手作りのお粥を食べさせてもらってます。ハハッ。なんでこんなことになってるんでしょうね? 記憶が間違えていなければ俺は昨日、赤城課長と元カレさんが路チューしているのを目撃したはずだ。
なぜかその場から逃げ出した。家に駆け込み濡れた服のままベッドで眠りにつき、翌日風邪を引いていることに気付き、会社に連絡を入れた。その際、服を着替えようとベッドから抜け出し床を這いずっていたらあまりの気持ち良さにそのままフェイドアウトしてしまった……。そこまでは記憶がある。
曖昧なのはここからだ。確か……インターホンが鳴った気がする。起き上がれずに何度目かのインターホンを無視していたら、扉を開く音が―――あれ? これって不法侵入じゃね? 待てよ……鍵閉めた記憶がない。なら、仕方ないか! 次に覚えているのは誰かが俺の姿を認めると駆け寄ってきたこと。心配そうに名前を呼ぶ声とひんやりとした手に、またも意識を手放してしまった。
すると、どうだ。目を覚ますと目の前に綺麗な顔―――赤城課長が俺を覗き込んでいた! びっくりした俺は跳ね起きたが熱でクラクラしてしまい、恐れ多くも赤城課長の胸に飛び込んでしまった!
「か、課長!! すすすすすみません!!!」
慌てた俺はこれ以上触れないようにと、体を仰け反る。しかし、赤城課長は気にも止めず、俺の頭を胸に抱いた。ブーッ! マジでなんなんですか!? は、鼻血出そう……。刺激が強すぎる……。俺が鼻を押さえていると赤城課長がクスリと笑った。
「こうしていると、青井が赤ちゃんみたいね?」
「お、俺……大人ですよ……」
恥ずかしさに内心悶えていると、「ぐぅ」とお腹の虫が鳴いた。
「ふふっ。お腹空いたのね。台所借りるわ。何か作ってきてあげる」
「そんなっ。課長のお手を煩わすなんて……!」
「いいから。横になっておきなさい」
台所の方へ去っていく課長の後ろ姿を見送りながら、息を吐く。確かに赤城課長の言うとおりだ。体が怠くて力が入りずらい。ここは、甘えさせてもらって腕時計の件を含め、今度お礼をちゃんとしなきゃ。決意を新たに胸に秘めたが、ベッドに横になるともうだめだった。眠い……。
「……い。………青井。…………青井」
「んぁっ!」
「青井、目が覚めた? お粥出来たわよ。食べれそう?」
「あ、ふぁい。らいじょーぶれふ」
「ふふっ。寝ぼけてる?」
寝ぼけてなんて――――って、課長!? 夢じゃないの!?
「わわっ! か、課長! すみません! 寝てました!!」
「何言ってるの。病人なんだから寝るのは当たり前でしょう。それより―――お粥。作ったから食べなさい。―――はい、あーん」
「いやいやいや! じ、自分で食べれますから!」
――――と、こんな感じで回想終了かな。冒頭に戻ると課長に笑顔でご飯を食べさせられている。うぅっ。彼女なしの人間からすると、かなりご褒美です! って!! 何言ってんだ。課長は黒部さんの恋人なんだぞ!? 食べさせてもらうなんてもっての他だし、何より家にいるなんて―――。
「――――なんで、課長がうちにいるんですか!?」
「何よ今さら。いいじゃない、別に」
「いやいやいや! 仕事はどうしたんですか? ―――って、もう夜の10時!?」
嘘だろ……。俺、1日の大半寝て過ごしてたの!?
「仕事引けて来たに決まってるじゃない」
落ち着いた様子の赤城課長とは違い、俺はそれでもあたふたしてしまう。
「だって、課長……恋人いるじゃないですか! 恋人以外の男の家に上がっちゃ駄目ですよ!」
「なんで駄目なの?」
「ええっ!? な、なんで駄目って……そ、そりゃ恋人に悪いですし………俺だったら嫌ですもん!」
もん! ってなんだよ!! 俺はそっちの方が身の毛がよだって気持ち悪いわ! 課長なんて、呆気にとられた表情をしたあと、笑い出した。な、何が面白いんだ? ………わかった! 俺と黒部さんが険悪ムードになるのが今から楽しみなんだな!? そうは、させるか!
「恋人も何も私に恋人なんていないわよ? あなたが目撃者じゃない」
「あのですね、浮気相手なら他を――――なんて言いました?」
「だから、恋人はいないって言ったのよ」
「こ、恋人いないんですか?」
「ええ。あなたが一番知ってるじゃない」
「だ、だって、黒部さんが転勤してきた当初ご飯行ったりとかしてましたし」
「相談したいことがあるって何度か食事に行ったけどそれだけよ?」
「く、黒部さんが俺に意味深な態度とったり」
「ああ。あれね。なにか知らないけど、あなたをからかうのが好きらしいのよ。彼」
「昨日なんて―――元カレさんとキキキス! してたじゃないですか」
「み、見てたの? 嫌だわ………あいつ、待ち伏せしてていきなり抱き締めてきたのよ。振りほどこうとしても結構強い力だったから思わずこっちも力んじゃったわ」
あれって嬉しかったんじゃなく、力んでたの? めっちゃ嫌がってんじゃん。
「―――それでそのあと、あいつキスしてきたのよ。あまりに気持ち悪いからおもいっきり殴ってやったらすごくスッキリしたわ!」
「………そ、そうだったんですか」
マジか……全部俺の勘違いだったってこと? なんだよ……。悪態を吐きつつ、ホッとする自分がいた。ん? ホッと?
「それにしても―――」
こちらをニヤニヤしながら見つめてくる視線に思わず身じろぎしてしまう。
「何ですか?」
「そんなに私に恋人がいなくて嬉しかったのかしら?」
「へっ!?」
「だって、口元がすごくニヨニヨして、忙しないわよ?」
バッと手で口元を覆う。マジか! そんなにわかりやすかったか? 俺……。
「ねえ………なんでそんなに嬉しそうなの?」
「なんでって―――」
そこでタイミング良く、ピンポーンとインターホンが鳴った。二人の距離が自然と近づいていたらしく、同時に慌てて距離を取った。あっぶな! あと数十センチでキスできる距離じゃん。気はずかしさを隠すように玄関へ向かい、ドアを開けた。この時、ちゃんと確認してから出れば良かったと後悔することとなる。
だって、そこにいたのは―――。
「ヤッホー。気分はどう? 青井君」
俺の同期で唯一仲が良い女の子―――黄梨未玖だったのだから。
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