第28話 甘い一時はほんとに一時なんです。
「青井、怪我に響くから私が着替えさせてあげるわ」
「あ、いや……あ、あの! 着替えなら自分で出来るんで」
「何を言っているの。あまり動かさない方が早く治るわ」
「でもですね……先生には無理な動きは禁止だけどある程度動かさないとギプス外れたときにしんどいって言われましたし」
「ほら、ボタン開けるから」
「いやいやいや! 聞こえてますよね!? 無視して続行しないで下さい!」
と、一悶着あったのが2日前。今日も今日とて。
「き、黄梨! みみみ見られてるからぁ!!」
「大丈夫。私は気にしないから」
「いやいや! 少しは気にして!? この病室で過ごしてるの俺だからね!?」
「はい、あーん」
「あーん………じゃなくて! 一人で食べれるから!」
「口開けないとあーん出来ないから早く開けて?」
「はい! ………って、可愛く言っても駄目!!」
「か、可愛いって思ってくれてるんだ……」
「ち、違っ!!」
「違うの?」
ギャーっ!! 喋れば喋る程沼に嵌まっていく! と、嘆いた。そして、今。俺は消灯した病室で一人で過ごしている。まあ、当たり前なんだけど。この前と違うのは一人部屋から大部屋に移ったことくらいだ。おかげで同室の三人にはからかわれている。
彼らも退院まで暇な為か俺の動向を面白ろがっている節がある。黄梨が帰った後めっちゃからかわれるのがその証拠。黄梨も黄梨だ。最後に一言「私、泊まって看病しようか?」なんて言いやがって! 本能はお願いします! って返したいところだが、理性は付き合ってもいない男女が―――云々とか考えてしまい、結局「最近の病室は泊まり禁止だから」と真っ当な返答を返してその場は収まった。
それにしても、ほんとに困る。赤城課長も黄梨もあの宣言以降、毎日面会に訪れている。一人身だし寂しいから嬉しいけど、あの宣告の後にどんな顔して二人と会えばいいのか正直わからない。
二人共密着度も上がりまくり柔らかい感触が腕とかに引っ付いてくるようになった。ありがたやー。それだけでなく、距離感も近くなった。やたら顔を近付けてくる気がする。思い過ごしの可能性もあるけど、そうじゃなかったら俺はどんな態度を取ればいいのだろうか?! と、入院してから毎夜考えている。
黄梨には面と向かって告白されたけど、赤城課長に関しては黄梨に触発されて行動して思わず張り合うような発言をしてしまったのだと俺は踏んでいる。そうじゃなかったら、課長が参戦する意味も理由も説明がいかない。
俺は過度な期待はしないんだ。期待して辛い思いするのは学生の時だけで充分だ。あの初恋―――まあ、いっか。俺が一人反省会を開いて横になると眠気が襲ってきた。ああ、これこれ。この眠気が俺の至福の時―――そこで意識がプツリと切れた。
次に目が覚めると――――そこには………周囲の空気をマイナス20度まで下げる人間2人が睨み合っていた。……え、マジで? 眠る前も二人の事を考え、起きても開目一番に二人を拝めるなんて……普通の男なら卒倒ものだ。俺は死んでもごめんなのだが……。身が持たないので。
「あ! おはよう!! 目が覚めたんだね、青井君!」
ふわりと雲の隙間からお日さまが顔を出したような柔らかい笑みを浮かべる黄梨にお目覚めコールを受けた。
「お、おはようございます……お二人とも」
無難に二人に挨拶をすると、赤城課長の手が俺の頭上に伸びてきた。
「ふふっ。寝癖がついてるわ。だらしがなくて、ほんとに可愛いわね」
俺の頭を撫で撫でしながら、ほんとに困った子ねと苦笑する赤城課長の手は愛おしいものを触るみたいに優しかった。俺はあまりの気持ち良さに目を細めていると、視界の端で黄梨が頬を膨らませているのが目に入った。俺は下手に慌てないように注意を払いながら赤城課長の撫で撫でから身を引いた。後ろ髪を引かれる思いってこういう事を指すんだと思う。
「そういえば、お二人はなんでここに? 用事でもあるんですか? 朝イチから」
俺は落ち着いた口調で喋り出す。ふっ。今日の俺は一味違うぜ。と、同室のおじ様達に余裕を見せつける。
「あ、そうそう! その事を話そうと朝から来たのに赤城課長と鉢合わせしちゃったんだよねー」
「あら、私は青井に用があったから来ただけよ。そしたら、あなたが現れたってわけ」
「ふっ。そういうことにしておきましょうか」
「ふふふっ。そうね。身を引くのも一つの懸命な判断だわ」
「あ、あのー。二人の世界のところ申し訳ないんですけど、朝から来た理由を知りたくて……仕事はどうしたんですか?」
二人の攻防に付き合っていたら話しが進みそうにないと判断し、話題を転換する。だが、やはり俺がこの二人に翻弄されないわけがない。せっかくの俺の余裕はぶち壊された。
「今日は大晦日だよ。先生に聞いたら今日退院出来るから、一緒に過ごそっ!」
「今日は大晦日よ。お医者様の話しでは今日退院出来るんですって。青井がよければ一緒に過ごしましょう?」
二人同時に喋り出し、言い終わったと思ったら、同時にキッと睨み合う。そんな二人を俺は黙って見ていられなかった。何度もリフレインする。大晦日……大晦日……大晦日!?
「ヤッベェ!! 母さんに手伝い頼まれてたんだった!?」
頭を抱え塞ぎ混む俺を二人が心配してくれる。ありがとう。さっきまでいがみ合っていたのが嘘みたいです。でも、俺は母に殺されてしまう運命なんです。来世は……犬に生まれ変わりたいな……。そう願わずにはいられなかった。
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