第29話 母親最強説
犬になることを願ったのはいいものの。結局、人に付き従う人生じゃねーかと気がついた俺、青井智陽。だってさ! しょうがないじゃん。犬好きなんだから。ペットとして飼われれば衣食住付いてくるんだぞ? なりたいだろう! 俺は会社に飼われるのではなく、大人の美人お姉さんに飼われる人生を送りたい! などと暢気に現実逃避をしていたところ、とある場所に来ていた。
頬を引く付かせながら問う。
「あ、あのー。やっぱり行かなくちゃいけませんか? 正直、帰りたくないんですけど……。あと、お二人は来なくても良かったんですよ?」
「駄目だよー。青井君怪我してるんだし、その怪我じゃお手伝いも大変でしょ?」
「そうよ。こういう時は甘えるものよ」
「そうは言ってもですね……。なんで、そんなに荷物が多いんでしょうか?! 手土産もこんなにたくさん!! うちにここまでしてもらう価値なんてないですから!」
そう。今俺は実家がある町のまさしく、実家の目の前に立っている。手伝いを忘れてた旨を話すと二人共血相を変えたようにあれよ、あれよと退院手続きから新幹線の手配。そして、各自家に戻り着替えなどの準備をし、新幹線に飛び乗り、文明の力で俺の実家前まで辿り着いた。
俺が一人で帰省するよりスムーズ且つ速い。2時間も短縮出来るって何故? 俺の普段の帰省の遅さが明るみに出てしまったじゃないか。俺が肩を落とした次の瞬間。背中に衝撃が走る。
「ぐほっ!! いってぇぇ!!!」
「ハッハッハッ。そんなに威勢がいいなら大した怪我じゃないよ! それより、私はあんたをこんな柔に産んだ覚えはないんだけどねぇ」
「何すんだよ! 母さん!!」
俺は全力で元凶を睨み上げた。だが、俺の抵抗なんてどこ吹く風の母。マジ、強いよね。父さん……何が良くてこんな怪力女と結婚したんだ? 俺は俺を甘えさせてくれる人と結婚したい。あ、でもときどきは甘えて欲しい……きゃっ! 乙女の思考のような妄想を脳内で繰り広げていると、ほっぺをむにゅうーとされる。
「あんた……なんか無性に腹立つ事考えてない? ねえ? 違うよね? ほら、言ってごらん? 今なら許してあげるから、ねえ?」
「いひゃっ! いひゃい!! そべ、ゆるふひにゃいだりょ!(いたっ! いたい! それ、許す気ないだろ!)」
抗議の目を送るが一向に離してくれない。くっそー!! なんで昔からバレるんだ! 声に出してないのに!!
「あんたね……何十年あんたの母親やってると思ってるのよ。まあ、あんたの考えは表情見てるだけで手に取るようにわかるけど」
ば、バカな!! 俺の思考が読まれているだと!? ってか、俺ってそんなに分かりやすい顔してるのか!? よし、これは無表情を心がければ読まれないよな!
「あんたに無表情は縁のないものよ……これだけ簡単に読めるんだから、あんたの彼女さんは大変ね……あら、二人も? ―――智陽……あんた……」
ばっ! 誤解だっ! と言ってる途中でふわりと体を後ろから包まれた。それと同時に母のほっぺた攻撃から解放された。甘い香りが鼻いっぱいに広がる。くんくん。うはぁ。ずっと嗅いでいたい……って、やべっ! 顔に出てしまう! 顔の筋肉に力を入れていると、目の前の母親が汚物を見る目でこちらを見ていた。な、なんだよ! いっ、いいじゃないか! 少しくらい。こちとら年齢=彼女いない男だぞ! 夢くらい見させてくれよ!
「青井君のお母様初めまして。青井君と同じ会社で同期の黄梨未玖と言います。すみません、お話の途中で水を指してしまって」
俺の背中からそんな声が飛んでくる。ああ、そっか。抱きしめてるの黄梨なのか。こんなに近付いたことないから知らなかったけど、赤城課長と違ってシトラス系の香り……って、顔が引き締ってなさそう! やべっ! と、今度は右手で口周りを覆う。何故か一連の動作を見て、更に母は呆れた表情。なんで!? もう、思考読まれないようにわざわざ隠した俺って偉いよね?!
「お母様、初めまして。青井君の上司の赤城由香と申します。この度は大切な息子さんに怪我をさせてしまい、本当に申し訳ありません」
「あら! 二人共、智陽の会社の人だったのね! まあまあ! 何もない所だけど良かったらゆっくりしていってね! それに大丈夫よ。赤城さん、どうせこのアホがクモとかゴキブリとか虫にビクついて怪我でもしたんでしょうよ―――え、ほんとなの?」
「ほんとなの?」がめっちゃドン引きの声じゃねーか。なんでバレてんだ!? しかもその後、「うっわぁ引くわー」とか言わなくてよろしい。俺も引いてるけど、赤城課長と黄梨にまで冷たい目で見られたら俺、死んじゃう! 母さんが妙に明るい声を出しながら家の中へと二人を手招きする。動き出そうとしたが、動かない。あっ! 今更なのだが、俺後ろからハグされてる! えっ!? これを実の母親に見られてたんだよね?! 母さん! 言わないでくれてありがとう! 息子のこんな姿見たくはないだろうけど、俺の一生にあるか無いかの大事件だったから黙っててくれたんだね!! でもさ、俺こういうのに免疫がないわけで。
「き、黄梨! ははは離してもらえるとありがたいんだけど……」
「じゃあ、離してあげる代わりに私が支えてあげるね」
にっこり笑顔。ああ、癒される……―――ふいにほっぺをさわっと撫でられた。えっ。と、そちらに視線を送ると課長のご尊顔。ちっか! 課長! 毎度の如く距離感が近すぎます! この前からどうしたんですか?! 俺の顔面には24年間一緒に過ごした俺の顔のパーツしかありません!
「赤くなってるわ……。早く冷やさないと。ほら、私が連れていってあげるわ」
ぎゅっと右腕に柔らかい2つの果実が押し付けられる。うっはぁ……って、違う違う! 喜んじゃ駄目だ! 課長は善意で俺を支えてくれてるんだから! 当たってしまうのは課長のお胸が大きいだけで―――背中に今度は衝撃! 大きさは劣るが張りのある双球―――って、何を言っとんじゃ! アホんだらっ!!
「ご心配なく、赤城さん。青井君は私が連れていきますので―――ね、青井君」
ああ、笑顔が可愛いですね。癒されるわぁ。
「私が連れて行くから大丈夫よ、黄梨さん。ね、青井?」
え、もちろんです! って答えてしまいそうな程大人の色香を全面に出してくる赤城課長。素敵です!
「いやいや、私が」と火花を散らしていなければ、忠犬ハチ公みたいに全力で課長の問いかけに答えてしまいそうだったが、俺は身の危険を感じ黙りこくる。
だって、二人がバチバチなんですもん! なんで? 俺なんて支えなくても一人で―――はっ! そうか! 俺の事を二人共、犬だと思ってるんだな! 取られたくないよなー、犬なら。でも、安心して下さい。俺、人間ですから。取った取られたと言う以前に取られる予定もないですから。―――だから、勝手に家に入ったら駄目ですか?
終わりそうにない攻防を遠目で見据えながら、天を仰ぐ俺なのだった。その後、母に俺は回収され、ぞんざいな扱いを受けた。酷い! 親にもこんな扱い受けた事ないのに!―――あ、親か。
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