第30話 俺を本当に好きにってくれる人は存在しない。

皆さんは年越し―――つまり、31日をどうお過ごしになられていますか? 大抵は年越し蕎麦食べて初詣行ったり、家でダラダラしたり、大掃除をしてたりしますよね。俺ですか? 俺はですね、実家の手伝いで毎年年を越していますね。え? 実家は何をしてるのか? 実家はですね。


「ほら、そんなんじゃ間に合わないでしょ。さっさとしな!」


「うっせーやい! 手伝ってもらっておきながら労る気持ちはないのか、この母親は」


「あーん? そんな事言える立場なんだ? 学生時代どんだけ仕送りしてやったと思ってるの! そうよ、全て奉納してくれる下々の皆様がいたからよ!」


「それに関してはすっげーありがたいけど、言い方! 参拝者に聞かれたらどうすんの!」


「大丈夫よ。ここら辺の神社はうちしかないし、何よりまだお参りなんて来ないから」


「だとしてもだなー」


「ほら、口動かさず手を動かしな! これくらいしか使い物にならないんだから! はぁー。売り子になるくらいしか能がないアホだというのに」


「おい! 聞こえてるぞ!! こっちは怪我人なんだからな! もっと労れよ!」


「はぁー。ほんと使い物にならないアホにしてはよくやったと褒めてやりたいぐらいよ」


「えっ」


「由香ちゃん、未玖ちゃん。よく似合ってるわー。すんごく可愛い! このアホには勿体ないわー」


「おい! 無視すんな! それと俺の喜びを返せ!」


ギャーギャー騒いでいるが、視界の端にはバッチリ二人の姿を認めていた。何あれ!? めっちゃ綺麗! 美人は何着ても似合うな。ん? ああ、ここが何処かって話ししてたんだよな。聞いてたらわかると思うけど、俺の実家は神社だ。母親が言ってたように近くには神社が他にないし、何よりご利益があると好評な神社なのだ。


あの母が神主務めてるとかよく成り立ってるよね。結構ズボラだぞ? 因みにご利益と言っても一番効果が高いのは家内安全・子宝らしい。………マジで? お守りも縁結び系がめっちゃ人気でパワースポット化してるそうだ。ははっ。そんな所で幼少期から過ごしていたのに何故俺には彼女がいない!? 可笑しいだろ!



それを昔母に尋ねたら、「あらー。将之に根こそぎ取られちゃったのねー。ドンマイ!」って、言われた。なんで兄ちゃんなんだよ!! 10歳年上の兄―――青井 将之あおい まさゆきは生粋のモテ男だ。小さいながらに兄がモテているのを自覚していた。だって、兄の周りには超美人がわんさかいたんだから。


でも、わかる。兄は俺や母と違い寡黙な人だ。父は幼少期に亡くなってしまったのであまり記憶はないが、似ている気がする。……えっ、ってことは、俺は母さん似!? えー、最悪だ。そんな兄も5年前結婚し、実家を継いだ。現役の母がいるので、兄はひっそり影から支援する感じだが、兄のルックスの良さから祈祷志願者の女性陣が後を立たない。なんだろう? ほんとに血を分けた兄弟だよね?


俺が半べそをかいていると、遠慮がちに声をかけられた。


「あ、青井どう? 似合ってるかしら?」


「え―――あ、はい。――――めっちゃ綺麗です」


「良かった。こういう巫女さんの格好してみたかったのよね……そっか。似合ってるのか。ふふっ。良かった」


「か、課長―――」


俺が褒めると心底嬉しそうに微笑む赤城課長が可愛くて思わず手を伸ばした所、伸ばした手を横から取られる。そして、そのまま俺の手が何か柔らかいものに触れた。頬だった。頬―――ほっぺ!?


「どう? 青井君。少しはドキドキしてくれる?」


スリッと手に頬を当ててくる黄梨はいつもより妖艶に感じた。ってか、黄梨ってボディタッチ激しいよね?! 今になって気付いたけど。免疫ないからそういうことされるだけでドキマギしてしまうんだけど。


「き、黄梨……恥ずかしいんだけど……」


「やった。青井君をドキドキさせられたんだね」


ニコっと笑う黄梨を見ていると、あの日の言葉を思い出す。俺を好きだって―――ほんとにこんな可愛い子がなんも取り柄もない俺を好き? 騙されてるって言いたいけど、黄梨がそんな嘘をつかないことくらい理解している。なら、本心。本心で俺を好きなんて……。感動していると、またも始まってしまった。


「こほん。私もいるのだけど。―――そりより、黄梨さん。ボディタッチが多いのではないかしら?」


「えー。そんなこと言ったら赤城さんも距離近いですよね。勝負なんですからフェアでいかないと」


「例えそうだとしても―――」


「私も言わせてもらえば―――」


忍び足、抜き足。二人の間から離脱する。ふぅっと息を吐くとクスクス笑われた。誰だ? と、目を向けると兄さんのお嫁さんが口に手を当て笑っていた。俺は頬を膨らませながら抗議する。


「なんで笑うんだよ。絵莉ちゃん」


「ごめんね。だって、智くんのそんな姿見たことなかったから。マサくんより逃げるの下手だね」


「しょうがないだろー。兄さんと違って俺はモテないんだから」


「えー? そうかな? 智くんは智くんの良さがあると思うけど」


「じゃあ、兄さんじゃなくて俺と結婚すれば良かったって思う?」


んー。と、顎に人差し指を当て悩むが、即満面の笑顔で切り捨てられた。俺、可哀想。


「ごめんね」


「ほら! 結局みんな兄ちゃんなんだよ!」


「ごめんごめん。そんなことはないと思うよ? これは、ほんと」


「―――そうだとしても、俺を好きになる人なんていないんだよ。黄梨は一時の気の迷いだろうし赤城課長も売り言葉に買い言葉になっただけだろうし」


「智くん……」


不穏な空気が二人の間を流れるが払拭する良い案が浮かばない。だって、俺は間違えてない。いつも好きになった子達は全員兄ちゃんと会ったら兄ちゃんに惚れるんだ。―――きっと、今回だって同じ。黄梨と赤城課長も兄ちゃんへコロッと気持ちが傾くに決まってる。


「―――智陽、よく帰った。おかえり」


俺と絵莉ちゃんの空気を割って入ったのは兄―――将之だった。ああ、いつも俺のピンチを自覚無しで救ってくれるんだ。だから、俺は兄ちゃんを嫌いになれない。


「うん。ただいま。何処か行ってたの? 挨拶しようとしたら居なかったから」


「ん? あ、ああ。ちょっとな」


兄ちゃんと絵莉ちゃんが視線を合わせ、ふいっと逸らす。喧嘩か? と思う所だが、何故だろう。違う気がする。この付き合いたてみたいな空気はなんだ?


「ああ、帰ってきたんだね。どうだった? お腹の子は」


お腹の子? お腹―――バッと絵莉ちゃんのお腹を凝視する。あれ?! 年に一回しか帰らないからわからなかったけど、お腹めっちゃ大きい! 驚愕していると、後頭部を叩かれた。いってぇな!


「不躾な目を送るんじゃない! はあー。その様子じゃ順調らしいね」


「え、予定日は!? あ、おめでとう! え? 俺叔父さん? うぇ?! 母さん、婆ちゃん!?」


「あはは。10日の予定日よ。ありがとう」


ごんっ! と今度はグーで頭を殴られた。酷い!


「一気に話すな! 後婆ちゃんと呼ぶな! 私はばーばって呼んでもらうのよ」


「え? ばばあ?」


「あ? お前沈められてーのか」


「すみません!」


どこぞのヤのつく職業より怖かったよ。もう、俺喋らない。


「うわあ。お子さん生まれるんですか?」


「おめでとうございます。お仕事は私達でやるので休んでて下さいね」


「ありがとう。二人共、智くんと仲良くしてくれてありがとね。私は、マサくんと智くんの幼馴染で昔から智くんの事知ってるけど、すごく良い子だから」


「ちょっ、やめてよ。絵莉ちゃん」


ほら、二人が困って―――すっごい満更じゃないような顔してる気がする! 待って下さい! 俺ですよ? 彼女いない歴=年齢の俺にそんな態度は畏れ多いですから!


「そのぐらいにしてやってくれ、絵莉。智陽は褒められ慣れてないんだから。二人共、いらっしゃい。何もないところだけどゆっくりしていってね」


「「は、はい……」」


ドクッと心臓が波打った。赤城課長も黄梨も兄ちゃんに釘付け。言葉にも力が入ってない。―――ほら、見ろ。俺は小さい頃から見てきたから知ってるんだ。兄ちゃんと会った女性はみんなこうなる。それまで俺の事を好きって言ってくれてても、兄ちゃんに会ったらみんな言う事は一緒だ。「私、お兄さんの方が好きみたい。だって―――」そこで、思考回路を止められた。


「智陽? 気分悪いのなら、こたつで休んでいな。人手は足りてるから」


「あ、うん」


トボトボと片手松葉杖でその場を去るが追ってくる2つの気配がない。ああ、やっぱりなと納得してしまう。「私、お兄さんの方が好きみたい。だって―――お兄さんは包容力あってイケメンだけど、あなたはそうじゃないじゃない」って言われた日を思い出してしまうくらい精神的にまいっていた。


こたつで休むように言われたが、そのまま素通りし、自分の部屋まで戻ってきた。あの日―――好きな子を自分ん家に連れてきた中2のあの日から始まっていた。最初は何かの聞き間違いだと無視していたが、やがて確信していく。兄ちゃんに会った女性から紡がれる言葉はどれも辛辣で―――。そこから、女性の好意を信じられなくなって毎回兄に会わせるようになった。卑怯だと言われてもいい。本当に俺を好きだと言ってくれる人と歩んでいきたくて―――だけど、今回は二人を連れて来る気はなかった。


現実を知りたくなくて……だけど、こうしてなんの因果か実家に二人の女性を連れてきてしまった。それで、どうだ。案の定、二人は兄ちゃんに釘付け。


「バチが当たったんだろうな。今まで、女の子の気持ちを試すようなことをしてきたから」


静寂が辺りを包む。


「ははっ。やっぱり俺を好きになってくれるような子なんていなかったんだ」


俺の乾いた笑いは部屋に反響することなく、霧散して消えた。

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