第38話 課長の元カレってなんでああなのかな?
「あれ? 由香?」
「琉斗先輩……」
琉斗と呼ばれた男はとてもガタイが良く、背も高身長。恐らく、務め先も一流なのだろう。高そうなスーツや靴、鞄がそれを物語っていた。対峙して並ぶ課長も女性物のスーツを身につけ姿勢正しく、立ち姿がとても洗練されている。対して、俺は身長173センチ、中肉中背若干猫背。並んだ時の落差が半端ない。
イケメンでもないし……なんだよ、この紫村ってやつ。ワイルド系イケメンじゃん。絶対スポーツとかしてて帰宅部の事嘲笑ってた部類じゃん。(かなり偏見です)
今もたまたま会ったにも関わらず、俺のことは無視し課長に躊躇いなく話しかけている。課長も知らない仲じゃないから笑顔で答えてさ……。なんだよ……そんな笑顔俺に向けてくれないじゃん。俺が子供っぽいせいか課長が俺に見せるのは少し困ったような笑みだ。課長は俺と付き合いたいと言ったが、俺にはどうしても弟を相手する感覚で俺を見てるような気がしてならない。
俺をそっちのけにして盛り上がっている二人をボーッと眺める。話し早く終わらないかなー。ってか、連れ合いを無視して立ち話とかこの人、すっげー度胸座ってるよね。
「だからさ、今度由香も見に来いよ。フットサル楽しーぜ?」
わーお。俺の読み当たってた。この人、生粋のスポーツマンですね。俺とは敵だ!! 何せ俺は帰宅部のインドアだからな!! ハッハッハッ!
「そうですね―――でも、辞めときます」
「え? なんでだよ。由香体動かすの好きだろ? それとも休み合わせづらい?」
「そういうわけじゃないんですけど……私、他に時間割きたいんで、遠慮させてもらいます。ね、青井?」
ハッハッハッ――――はあ!? 心の中で高笑いしてたら現実では時が進んでいたようだ。当たり前だよね!!
「えっ!? 俺がどうかしました?」
「ふふっ。なんでもないわ。そろそろ帰りましょうか。琉斗先輩、私達はこれで―――」
「え? 由香、そいつ何?」
「何って……」
赤城課長が俺をチラ見する。目が合うと課長は何を考えたのか顔を赤く染め、即座に反らした。その一連の行動が気に食わなかったのか課長の先輩がキレた。それは、もう見事に。
「は? まさかとは思わないけどそいつ由香の彼氏なわけ?」
「か、彼氏ではないけど―――お付き合いをしたいとは思ってる……」
「ハハハッ! マジかよ!! そんな冴えねー、女にもモテず仕事も出来なさそうな奴とか? ――――あり得ないだろ」
「なんでそんなこと琉斗先輩に言われなくちゃいけないわけ?」
課長が怒ってる!! 課長の先輩が発言すればするほど課長の虫の居所がお悪く! まあ、確かに節々というか今の言葉初対面の俺を目の前によく言えるもんだなと感心はしたけど。言われ慣れてるせいか課長ほど頭にきてないのがまたよろしくないのか。
「だってそうだろ? 俺ほどとは言わなくてもお前くらいいい女をこんなダセー奴に捕られたと思ったらほんとムカつくわ。おい、お前」
「え? 俺っすか?」
まさかの俺に矛先が向くとは! 紫村は間合いを詰めてきて俺の胸ぐらを掴むとそれはもうひっくーいドスの効いたような声で俺にメンチを切ってきた。もうね、やってる事チンピラ! あなた社会人何年目? って聞きたいくらい。横で課長が「ちょっとやめてよ!」と止めに入る。が、意に介さず紫村は急に俺を殴りつけた。一瞬何が起きたのかわからなかった。いちゃもんつけられても殴られはしないだろうとたかを括っていたから受け身が取れず地面に倒れこむ。紫村がしゃがみこみ、俺の髪の毛を引っ張り耳元に口を寄せる。
「お前さ、鏡で自分の顔見たことある? イケメンでもなんでもない癖によ、由香みたいな綺麗な女にちょっかい出してんじゃねーよ。こいつをこんな風に育てたの誰だと思ってんだよ。付き合ったことないお子ちゃまにはわからないだろうな。俺があいつを『女』にしてやったんだよ。ベッドの中のあいつはめっちゃ可愛いぜ? それになんでも従順に言う事聞いてくれるしな」
最後の言葉にカッとなった。
「お前がそんな風に、知ったように課長の事を語るなよ!! 好きだから、相手のして欲しいことに応えてた課長の愛情をお前みたいな下半身でしか考えないような奴が笑って話してもいいわけじゃねーんだよ!!」
「テメー……言わせておけば」
「もう止めて!! 琉斗先輩、これ以上続けるなら警察呼びますから! 青井を殴ったのはただの暴力です!」
「……ハッ! シラケたわ。……ん?」
紫村は俺が掴みかかって乱れた襟を俺の手を振り払い綺麗に伸ばして身支度を整えると、立ち上がった。その際、目に入ってしまったのだろう。それをあざとく見つけるとこちらを見て、ニヤリと笑った。その笑みはすごく不快だった。
「おいおい、その鞄から飛び出したやつ由香からのバレンタインチョコだろ?」
「……それが?」
「ククッ。いやー。可哀想だなって思ってな」
可哀想? 課長の作ったものなら例え消し炭でも食べ切る自信があるぞ、俺は。変な闘志を覗かせていると、どうやら違ったらしい。
「中身トリュフだろ? ラッピングも昔のまま……由香、俺にくれてたチョコとまるっきり一緒じゃねーか」
ああ、そういうことか。府に落ちた瞬間に赤城課長の抗議が耳に入る。
「いい加減にして!! あなたには関係ないじゃない! もう、顔も見たくないから二度と現れないで!」
「ハハハッ! とんだ嫌われようだな。由香、俺はいつでも空いてるからな。その気になったら連絡くれ」
「誰があなたなんかに!」と課長は顔を反らしたまま噛みついた。立ち去る直後、紫村が俺に近づき、耳打ちする。
「可哀想にな。お前、過去の男に負けてるぜ? 聞いた話しじゃ、あいつ今までの彼氏にはいろいろと手の込んだもの贈ってたらしいしな。まあ、挫けんなよ、由香の気まぐれで相手してもらってるだけの、お子ちゃま君」
最後に肩をポンと叩き、紫村は去って行った。課長が警戒しながら俺に近づき何か言っている。俺は適当に相槌を打ちながら殴られた頬に手を当てた。頬が熱を帯びてるせいか無性に手のひらが冷たく感じた。
「―――だから、青井。その、チョコなんだけど……」
「課長、俺帰ります。お疲れ様でした」
「あ、青井!」
課長の言葉を遮り、足早にその場を去った。大急ぎで自宅に戻りトイレへ駆け込む。やっべー! あのまま残ってたら失禁してしまう所だった! インドアなせいでああいう言いがかり慣れてはいないんだ。緊張が解けた瞬間、急な尿意に悩まされ課長を残して帰ってしまったが仕方ないよな。
俺のこの一連の行動が課長をあのようにしてしまったのは、今では本当に申し訳なく思ってる。
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