第37話 喜びを返せー! お前は入らぬ!!
その日は世間一般で言う告白の日―――バレンタインデー。当然そんなものとは無縁の俺からしてみたらただの1日―――いや、苦行? あれさ、人をも殺しちゃうレベルの嫌がらせだよね。モテない男子を屠る為の行事にしか思えん。が、今年はどうだ!! 義理という名のチョコを部署を超えて頂き、ましてや……き、黄梨から貰えるなんて!! きゃっ! 俺、カンドー。
「こんなに貰ったの初めてだな……出来るなら飾って後世まで残したい………ん? ヒィッ!!」
チョコを抱え身悶えていると、冷たい低い声が耳に入った。それはもう、間近で。耳元が少し敏感だとこの時初めて知った。しょうがないじゃないか!! そんなラブイベント俺には起こった事がないんだから!!
「へぇー。たくさん貰ったんだね。青井君って結構モテるんだね」
「ひぁっ!! い、いや!! これは……えっと、その、は、初めてこんなに貰ったよ!? それに義理に決まってるしな。去年とか経理部の人達からしか貰ってないし……言っちゃえば個個人では貰ってないし……コンビニチョコだったし……」
尻窄みになっていく。あれ? 言ってて悲しくなってきた。
「あ、えと、ごめんね?」
「ううん。いいんだ……ほんとのことだから」
二人で無言になりなんとも言えない空気が充満する。俺、ほんとモテなかったんだなと改めて噛み締める。兄ちゃんってすげーよ。なんであんなにモテんだ? 考えてみると、気配り上手で寡黙なわけでもないけど多くは語らず、かといって心配りを忘れているわけでもなく、尚且つイケメン。……くっ!! イケメンが憎い!!
俺だっておんなじ血が流れてんだ! モテてもおかしくない! けど、母さんも言うように俺は兄ちゃんと違ってイケメンではない。あれ? 血を分けた兄弟だよね? なんでこんなに顔違うの? 母さんも一つ一つのパーツを取れば似てるけど合わさるとイケメンとそうじゃないのになるわねって言ってた。………あれ? 結構実の母親のくせに酷い事言ってね?
俺がより凹んでいると、黄梨が取りなすように明るい声で場を盛り立てた。
「で、でさ!! 青井君にチョコ作ってきたんだ!! 美味しくできたと思うんだけど食べてみて?」
「え、ほんと!? あれ、ほんとに作ってくれたのか!? うわー。頂きます!!」
黄梨の手から綺麗にラッピングされたチョコを受け取り、ゆっくりと包装をとき、現れたチョコをひと摘まみし、口に放る。口に広がる紅茶の香りと甘さ。俺のリクエスト通り紅茶チョコを作ってきてくれて、尚且つ旨い!! こんなに幸せな事があってもいいのだろうか? いや、あるべきだ! 俺にも遅かりし青春を!! アオハルしてーよっ!
「うまっ!! 黄梨これ、旨いよ!」
「ほんと? 良かった……初めて作るやつだったから失敗したかもって思ったんだけど」
「いやいや! 旨すぎるよ。昨日のチョコも美味しかったけど、このチョコの方が大変だったろ? ありがとな」
「そんなに喜んでもらえて私も嬉しいな。あ、青井君」
うまうまと食べていると、黄梨がふと俺の名前を呟く。顔をあげると黄梨の端正な顔立ちが目の前に合った。え、何? と思ったのも束の間、頬をしっとりとした何かが撫でた。口のすぐ隣を黄梨が舐めたのがわかった瞬間沸騰する勢いで体中の血液が駆け巡った感覚に陥った。
「な! なななな!!」
「ん。我ながら旨く出来たかも。ふふっ。ご馳走さま」
「あ、お粗末様です」
え? えええっ!? 普通に答えちゃったけど舐められたんだよね?! 俺舐められちゃったの!? 舐められた頬を触れない!! ここは不可侵領域だ!! 攻めいる奴は徹底的に叩きのめす!! ……しばらく思考が停止していたけど、戻ってきたらかなり冷静になった。俺は一体何を考えてんだ……。
黄梨とわかれ、自分の部署に戻ったら赤城課長が仇のように仕事を処理していた。昼休み返上してたのかな? あと5分で午後の部が始まると俺も気を引き締める。なんやかんやと仕事をしていると、時刻は定時の1時間前。ウオーッ!
絶対定時に終わらせるんじゃー!! と、鼻息荒く片付けていると一本の電話が。まさかのクレーム! 内容を伺っていると相手会社に赴いた方がいい雰囲気を感じた。
「すみません! 少しトラブって……◯✕社に行ってきます!」
言うと同時に部署を飛び出し、相手先へ。どうにか話し合いがつき会社に戻ると時刻は20時を回っていた。はぁ。話し合いが丸く収まって良かったけどあの会社遠いんだよな……。誰一人残ってない。チラッと課長の座席を見る。案の定、コートや鞄も無くなっていた。
じわっと目の端に涙が浮かぶ。待ってて欲しいなんて口が裂けても言えないけど、罰が当たったのかもしれない。例年より多く貰ったチョコ―――義理だけど―――、黄梨からも貰えて……生まれて初めての事ばかりで気付かなかったけど、贅沢な話しだ。俺にそんなラッキーな話しが転がってるはずが本来はないんだ。なのに、手にしてしまって―――それでそれ以上の成果が欲しいなんて……むしがよすぎる。
「あら、戻ってたの?」
「むしが――――あれ? 課長? モゴッ!!」
「どう? お味は?」
味!? モグモグ……う、うまぁー。口に入れた瞬間にトロッと溶けていく感覚。これは!
「美味しいです!! これってトリュフですか?」
「正解。ふぅ。良かったわ。久しぶりに作ったから美味しくなかったらどうしようかと思ってたの」
「これはお店に出してもいいレベルですよ」
「そう? 青井がそう言うなら美味しかったのね、良かったわ」
「はい! これならいくらでも食べられちゃいます!」
「大袈裟ね」
苦笑しながらチョコが入った箱を俺に渡す。俺は大切に受け取り、鞄に入れる。課長がもう遅いから帰りましょうと提案してきたのを俺も間髪入れず肯定する。課長と家が近いのでゆっくりと他愛もない話しをしていると、飲み屋街の近くで後ろから声をかけられた。
「あれ? 由香?」
振り向くとそこには紫村なんとかって言う奴―――またもイケメン! マジ、許せまじ!! が、こちらを不思議そうな目をして見つめていた。
「琉斗先輩……」
そうそう、琉斗だよ。紫村琉斗……あれ? この感じ嫌な予感がするんですけど……気のせいだよね? え? そうだよね?
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