第39話 課長の涙には理由があるのか?
それは、バレンタインから3日後……週明けの月曜日の出来事だった。いつも通り出勤し、いつも通り外回りに行き、やっと椅子に座れるとほっとしながら廊下を歩いていた。今日も変わらない1日を過ごすんだなとあくびを噛み殺しながら業務の事を考えていたら、そめやん先輩に呼び止められた。
「あ、青井君! こんな所にいたんだ! 探したよー」
「あれ? そめやん先輩どうかしました? ……あ! 松藤の出張のお土産あげないですよ! たらふく食べてたじゃないですか。太りますよ?」
「いくら僕でも自重はするよ!?」
「あ、すみません。そうですよね、そめやん先輩見てると、つい」
「いや、そんな照れた顔でついとか言わないで!? いつもみたいじゃん」
「えー。難しいなー。じゃあ食い意地が張ってるで手打ちにしますよ」
「やれやれ感も出さないで!? 一応さ、僕先輩!」
一通りそめやん先輩を弄り倒したので、本題へ移る。
「―――で、何かあったんですか?」
「もー。そうそう! 大変なんだよ、赤城課長が!」
「え? 赤城課長何かあったんですか!?」
話しも録に聞かず大急ぎで赤城課長の元へ向かう。ヒーロー宜しく「課長、無事でいてください!」と内心願う。が、それはただの杞憂だった。部署を覗くと顔を引っ込めて見なかったことにしたいくらいの光景が広がっていた。課長が……あの課長がガミガミ怒るのではなく、あからさまに落ち込んでいらっしゃる―――!?
動揺を隠せない営業部一同。課長に判子を貰いにびくびくしながら向かったメンバーは一様に顔をひきつらせている。おとなしい……あの課長が渡された書類に文句や指摘を一切しないなんて! もしや明日雨でも降るのでは!?―――外へ目を向けると普通に雪が降っていた。昨日から降り続く雪は辺り一面を銀色に染めていた。うはぁ。キレイだなー。
課長の方へ顔を戻す。うはぁ。嵐の前の静けさとは違うけど良くないことが起こりそうな前触れ。あるかどうかは知らないけどそう見える。そりゃあさ、みんな怒られたくはないよ? 怒られたくはないけど、普段書類にケチ―――もとい的確な指摘をされる―――つける人が全く覇気がない状態で仕事をされたら絶対何かあったと勘ぐるもの。
「あ! 青井!! ちょっと! お前、こっち来い!」
小声でありつつ真に迫る物言いをするせいか素直に黒部さんの元へ向かう。さあ、何ですか? と堂々と立っていると黒部さんに肩を組まれこそこそ話しを耳元でされた。ぎゃあ! 男の息が耳に! 俺は女の子を所望する! と、脳内で抗議していると頭をはたかれた。酷い……。
「アホなことしなくていいから良く聞け! あれ、何か思いあたる節はないか?」
「何かって言われましても……俺、外回りの後なんでどういう状況なのか良くわかってませんし」
「朝からなんだよねー。心ここにあらずで仕事はこなすんだけど、見てわかるように覇気を感じられないんだよね」
「そうなんだよ! そめやん先輩がやらかしても軽く受け流したんだぜ? 本来なら『何やってんの? この豚が!』みたいな目でそめやん先輩のこと見るのにだぞ!?」
「え? 待って。そんな目で僕見られてるの?」
「それは……一大事ですね。あの虫けらを見るような目をしないなんて課長らしくないですね」
「え? 否定してくれないの? ねえ?」
「だろ!? あれは何かあったとしか思えねーよ」
「はい! これは早急に対策を練らないと!」
「ねえ! お二人さん! 僕に対するフォローは!?」
珍しく黒部さんと意見が合い、手を握り合う。その周りをちょこちょことそめやん先輩が何か言いながら訴えていたが耳になんて入らなかった。―――酷いよ!! ……うん? なんかテレパシー的なものが飛んできた気がするけどここは華麗に無視をしよう。
改めて課長を見てみる。手は動かしているけど時折表情が死んでいる。だが、仕事には支障が出ていないのでみんな触らぬ神(赤城課長)に祟りなしと素知らぬ振りをしているようだ。……どうしよう、いつまでもこんな風に影から見守ることなんて出来ないから早い所戻らなくちゃ。ま、まあ、落ち込むことなんて誰にでもあることだし、第一俺が原因なはずがない。なんて言ったって俺は課長からチョコを貰った男だ。そんなことあるはずがない―――!
……―――ありました。俺が原因かまではわからないがあからさまに顔を背けられる。
「課長! 資料目を通しておいて下さい!」
「……わかったわ。そこに置いておいて」
え? 何? って問い返したいほど小さな声! か細過ぎて耳が遠くなったのかと思ったほどだ。その後も尋ねれば答えてくれる。だけど全てめっちゃ声小さい! あの自信に満ち溢れていた課長は何処へ行ったの!? 課長ー! カムバック!
終業時間になるとさすがに課長も帰る準備を始める。あんなに変なのに仕事は時間通りに終らせる。あの人、仕事の化身なのかな? 普通終わらないよ……仕事に身が入ってないのに。なのにさ、書類は全部完璧なんだ。ほんと良い意味でバケモノ。
俺も内に秘めたる力を使って仕事を終らせた。―――いやーね、ほんと3ヶ月分仕事した気分。課長の後を追いかける。曲がり角で課長を見つけ、後ろから声をかけると課長は体をビクッとさせ、急停止した。いや、車か! ってツッコミたくなるくらいキレイに停まった。
「課長! 俺も仕事終わったので一緒に帰りませんか?」
「………」
「課長?」
「ごめんなさい……一人で帰りたいの」
「あ、用事とかですか? それなら全然―――」
「も、もう……青井に迷惑かけないから!」
「―――へ?」
課長とこの日初めて目が合った。その瞳は少し潤んでいて泣き腫らした後のように目の周りが腫れていた。走り去っていく課長を追いかけることも出来ず、呆然と立ち尽くす。―――え? 課長、泣いてた? なんで? 思い当たる節など見つからない。だけど追いかけることが出来なかったのは課長の背中が俺を拒絶してるように見えたから。
俺はどうするべきだったのかわからず頭を更に抱えたのだった。
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