第42話 黄梨が俺に惚れたのって、もしかして?

黄梨と本音で話すことで自分の想いに気付いた俺は、今赤城課長を探して走っている。あんなに想ってくれて好いてくれる人を俺は数分前に振った。黄梨ファンクラブには絞め殺されそうだ。あ、ファンクラブなんて存在するのか知らないんだけどね。


人に異性として好きだと伝えられたのは黄梨が初めてだった。出会いは同期入社で同じ経理部に所属になった時。ああ、こんなに可愛い子と一緒の配属だったら同期及び先輩陣に殺されるなと戦々恐々したっけ。まあ、予想は見事裏切られる―――こともなく、血涙を流す野郎共に『殺す、殺す』と呟かれたのがまるで昨日のように思い出せる。懐いわー。


黄梨は自分の容姿が嫉妬や羨望の眼差しで見られることをわかっていたから、当時は取っ付きにくい印象だった。


「あ、黄梨。この計算式ってさー」


「私がやるから置いておいて」


「え……あ、うん」


「……何? 用がないならそこに立つのやめてもらえる?」


「ご、ごめん!」


今では考えられないくらい冷徹だった。言葉に力が宿るのだとしたら黄梨の言葉には冷たい、触ると凍傷を起こす力が芽生えてたと思う。黄梨とはそんな感じで数ヶ月過ごしていたけど、ある日休憩室の近くに観葉植物で見えにくいスペースがあって、若干分かりにくかったけど人影が動いた気がした。気になって近づくと黄梨と他部署の先輩が逢い引き―――うん? 黄梨の口元、手で覆ってないか? よく見たら両手も男のもう片方の手で抑え込まれているように見える。


逢い引きだったら見なかったことにして立ち去るつもりだったが、どこからどう見ても嫌がる女の子を力で捩じ伏せているようにしか見えない。すると、黄梨の目尻から一粒の涙が筋となって伝い、落ちた。それを確認した瞬間、体が動いていた。


「へへっ。やーっと大人しくなったか。未玖ちゃんが悪いんだよ。俺を無視するから。この前まで俺に思わせ振りな態度してたくせに。この体で誘惑するんだからさ……」


「んーんー!!」


「おい! 暴れんなよ!! 会社に男漁りにきてんだろ!? 俺が相手してやるって言ってんだよ! 女は大人しく―――」


「口が悪いにも程がありますよ、先輩。これ以上黄梨の事を悪く言うなら容赦しません」


「あ? ―――いててて!! おい! いてーよ!!」


俺は黄梨を拘束していた男の手をこれでもかと捻りあげた。実家が神社ということもあり、武術を習う習わしがあって良かったと生まれて初めて感謝した。武術を習う習わしって言っても、母が『今どきの神社はなんでも出来なくちゃ生きていけない。芸を身につけな!』と言われ習わされただけなのだが。言わないのが美徳だろう。


「おい!! お前!! 放せ! 放せって言ってんだろ!!」


「そういう先輩はそうやって抵抗する黄梨を解放したんですか? 違いますよね?」


これ以上続けると脱臼させてしまうなと判断し、手を放す。痛みから解放された男はこちらを睨みあげ、罵ってきた。


「お前……誰に向かってやったのかわかってんのか!? お前をこの会社から居なくならせることなんていくらでも出来るんだぞ!?」


「へぇ。その言葉そっくりそのままお返ししますよ。……あ。すみません、先輩。俺の場合警察沙汰にも出来るんで―――先輩を社会的にも殺せますね」


ニッコリ微笑み一部始終を収めた動画を再生する。顔も声もバッチリ。動画回しといて良かったー。もしおっ始めたら今晩のオカズにでも……と暗躍したかいもあって事件を未然に防ぐことが出来たのだから! 自分の行動を正当化しただけ。


顔を真っ青にした男は「お、覚えてろ!!」と捨て台詞を吐いて立ち去っていったので、後ろ姿に「大丈夫です。しっかり覚えていますし、記録も残しておくので」と爽やかに返すと、「ち、ちくしょー!!」と大声で走って逃げた。あんな悪役のセリフを本当に使う人っているんだなと謎に関心した。


騒がしかった場に静寂が降り注ぐ。ふむ。これは気まずい。さっさと立ち去ろうと俺も踵を返すと何かが服を引っ張った。あれ? 引っ掛かったかな? と、振り向くとなんと黄梨が俺の服の袖を掴んでいるではないか!! 胸キュンポイント!!! 俺みたいな彼女いない歴=年齢を拗らせた男にはもはや毒! 殺しにかかってるよ! 黄梨、恐ろしい子!!


「青井君……ありがと。助けてくれて」


「いや……間違ってたら怒られればいっかって思ってたから。何もなくて良かったよ。怪我とかしてないか?」


「うん……」


場が繋がらない! 黄梨は黙り込むし、俺はモテないから女性の扱いわからないし……うん。これは早々に退散するに限る!


「じゃ、じゃあ戻るか!」


ぎこちない動きで歩を進めると黄梨の手が俺の手を掴んだ。なんで!? びっくりして振り向くと、真剣な目をした黄梨がもう片方の手も握ってきた。俺、もはや言葉にならない。


「今までごめんね? 態度悪かったよね。いつも同じ班になった人とか学部が一緒とかで言い寄られたりして―――警戒しとかないと、って」


「―――つまり、予防線?」


「そう! でも青井君は信用出来るから今度からはあんなムカつく態度しないから!! 普通に話しかけてもらえると嬉しい」


「大丈夫だ! 黄梨。俺と黄梨は友達だろ?」


「―――うん!」


一瞬キョトンとした後、俺の言葉を理解したらしく全力で頷く黄梨はとても可愛いかった。ああ、こうして男共は落ちるんだなと納得した。手を握るのもあってさ、これは勘違いするわ。俺じゃなかったら落ちてたぞ。モテない俺は絶対勘違いしない。こんなに可愛い子が平凡な俺に好意を寄せてくれるわけがない。夢を見させてくれているだけだ。拗らせすぎた俺は黄梨の発言にも裏はないと確信し答える。


「青井君は彼女とかいるの?」


「いないって! この年までモテたこともないし……お付き合いも……」


あれ、言っててすごく悲しい。ナンデダロ。


「そっか。良かった」


良かった? 俺みたいなやつがモテてたら自分のモテ歴に傷が付くと? ……チキショー! 俺だってモテてーよ! 好きでモテないわけじゃないからな!?


走りながら回想していると一つわかった。あの出来事を境に黄梨と関わるようになったってこと。もしかして―――あれで惚れられたとか? いやいや。だとしても、想いに気付かず応えられなかった俺に悲しむ資格や浮き足立つ資格なんてない。それに―――今は課長を探さなくちゃ。意識を切り替えると鼻の頭にポツリと雫が落ちてきた。雨か? と顔を上げると徐々に雨足が強くなってきた。


雨が強くなる前に課長を見つけないと、捕まらないぞと俺は息巻き、闇夜を駆けるのだった

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