第41話 言葉にするのは難しい
「―――答えて」
そう問うてくる黄梨の眼差しはとても真剣だった。嘘は言うなと口にしなくても肌で感じた。改めて俺は俺の心に問う。俺は誰を好きなんだ? 今まで好きになった子達は正直本当に好きだったのかと聞かれたら諸手をあげて頷けない気がする。
なんだろう……言葉では言い表し難いけど、本気で好きではなかったんだと思う。例えば、クラスで一番可愛いとか少し優しくしてもらったとか部活に打ち込んでる姿がカッコいいとか。そんな不純な動機だったとさえ言える。答えられないのは俺が――――。
「本気だからか」
ボソッと呟いた言葉は黄梨の耳に届かなかった。代わりに眉間に皺を寄らせ、無言で何か言ったかと合図してくる。頭を振り否定するとまた圧力をかけてきた。再度、自分に問いただしていると、とあることに気が付く。黄梨に責められている間も頭に浮かぶのは赤城課長の事ばかり。黄梨の告白にすぐに答えられなかったのは、俺が課長のことを好きだから、か。そう考えると全てが府に落ちる。すると、罪悪感が芽生えた。
黄梨みたいないかにもモテる女の子から好きだと告白されたのに、結局他の人が気になって……好きだと気が付いて……。ほんと、俺って。
「最低だよな」
「え?」
俺の突然の吐露に黄梨は意味がわからないと思わず声に出たようだ。ハハッ。俺もわからねー。わからないけど気が付いてしまうと簡単だった。
「俺さ……ずっと誰からも好かれずに俺も誰も好きにならずにずっと過ごしていくんだと思ってた。でもさ、黄梨が告白してくれて俺って魅力あるのかもって舞い上がってさ。その間も目で追いかけたり、褒めてもらいたかったり……それは、俺の中では上司と部下の関係だからそうなんだって誤魔化してた。でもさ、考えれば考えるほど、黄梨が俺にアピールしてくればくるほど罪悪感が増してさ。それでも目を反らしたんだと思う。けど、こんな状態がずっと続くわけもないのに宙ぶらりんで………」
黄梨の目を真っ直ぐ見る。だけど黄梨の描写は前髪に隠れて確認出来なかった。これから、最低な事を言ってしまう。傷つけてしまう―――それだけが頭を支配する。でも、もう逃げないと決めた。黄梨が追及してきた時から逃げられないことはわかっていたから。俺は、深く息を吸い吐き出した。
「俺、赤城課長が好きなんだ。こんな俺を黄梨が好きになってくれて本当に嬉しい。……最低な奴でごめん。それでも―――黄梨には嘘を吐きたくない」
痛いくらいの静寂が辺りを包んだ。やがて黄梨がこの空気に割って入り霧散した。
「―――そんな気もしてた。だってずっと見てきたんだよ? 青井君の気持ちの変化なんて青井君以上にわかるよ。………本当に好きだったから。―――なんで! ………私じゃ駄目なの……かな?」
「………黄梨」
「青井君が経理部に居たときに告白しておけば、とか。赤城課長よりももっとグイグイ行けば良かったとか。そんな事ばかり悔やむんだ。だけどさ、出会いの順番じゃないんだよね……好きになったらそんなの関係ないもんね」
「……俺が言えた立場じゃないけど、黄梨の言う通りなんだと思う。どんなに出会うのがおじいちゃんおばあちゃんであったとしても俺は―――赤城課長に恋してたんだと思うんだ」
「―――そっか」
黄梨はそう呟き口を閉じた。俺も何も喋らない。本来ならこの沈黙はしんどいはずだ。だけど、何故だろう? この時はしんどいなんて思わなかった。
「あーあ。振られちゃったかー。明日が休みで良かったなー。はーあ! こんなに良い女振ったんだからさ、青井君はちゃんと成功させなくちゃ駄目だよ」
胸元を軽く拳で叩かれた。そのまま黄梨はすれ違い立ち去っていく。叩かれた胸を押さえると沸き上がってくる感情を抑えられなかった。バッと振り向き、黄梨の後ろ姿に呼び掛ける。
「黄梨!!」
だけど、何を言っていいのかわからず、あたふたしていると顔が見えないように振り返った黄梨がこう言った。
「青井君! 本当に好きだったよ! ……頑張ってね」
顔を正面に戻し足早に去る黄梨の背中を見送る。これ以上、かける言葉なんて見つからない。見えなくなる最後まで見届け、ゆっくりと頭を下げた。泣く資格なんてないのに、涙が出そうだった。
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