第24話 胸が痛む理由を俺は知らない。

年を取ると月日の流れが早いとよく聞くが、これを口にした人を褒め称えたい。マジ、激しく同意だよね。子供の頃、夏休みなげーなーって楽観視してたのが、まるで嘘のよう。カレンダーを改めて確認する。今日は23日……明日がイブで次の日がクリスマス。マジか……。まさかこの俺に予定が舞い込むなんて!! 23年間生きてきて初めてだ!


野郎だけで開いたクリパが懐かしい。あいつらさ、あの後みんな彼女出来たんだぜ。あんなに30歳になったら魔法使いになろなっ! って、約束したのに。ははっ。男の友情は儚いものだぜ………だが、しかーしっ!! 今年の俺は一味違う!! 予定の相手が野郎ではなく女性だ。しかも美人! 嬉しくて嬉しくて―――吐きそう………。


「待て待て、俺。浮かれてて忘れてたけどプレゼント用意してなくないか!? い、今から黄梨に連絡入れて欲しいもの聞いてみようか!? って、会社!! 遅刻だー!!!」


壁時計を見ると時刻は8時45分。始業は9時。ここから会社まで走って10分。走れば間に合う!! 俺は慌てて支度を済ませ、その勢いのまま家を飛び出した。


結論から言うと、どうにか間に合った。途中信号に引っ掛かるわ。腕時計忘れて時刻がわからなくなるわ。踏んだり蹴ったりだったが、間に合ったのならこれ以上の幸福はない。座席に深く腰掛け息を整える。ふはぁ。生き返るー。朝からダッシュなんて学生以来だっての。


「青井、この書類やっておいて」


「は、はい! かしこまりました」


いまだに慣れない。あの日から課長を見るたび胸が締め付けられたり、目線を合わすのが恥ずかしい。赤城課長は眉をピクリと上げるだけで俺に何も言ってはこない。やっぱり―――目が合ったのは勘違いか。都合が良かったような、そうではないような。言い表しがたい感情が俺の心中を渦巻いた。


「ねえねえ。青井君は明日誰かと過ごしたりするの?」


はあ!? 何言ってんだ、この牛は! 彼女いない歴=年齢の俺がイブに過ごす相手なんているわけねーだろ! ―――ふふっ。なんてな。いつもの俺ならこう答えただろう。例え先輩でも容赦なく叩き切る。そういう日の非モテ男は無敵なのだ。だけど、今年の俺は違う。


「そういうそめやん先輩は彼女さんと過ごすんですか?」


「そうなんだよー。僕、こんな見た目だから今まで女性に相手されたことがなくてお付き合いとかしたことなかったんだけど、初めての彼女だし、初めてのクリスマスだから奮発してホテルのディナー予約してるんだ!」


「ディナー!! そうだった! クリスマスシーズンってそういうところ予約するの大変だから早めにしておかなくちゃいけないんだった! ど、どうしましょう、そめやん先輩!」


「お、落ち着いて」


「落ち着いてますよ、俺はいつだって!」


「いや、目が血走ってるからね?! でも、そんな事もあろうかと……黒部くーん」


「誰だっていつでも俺を呼んでいる! 今日の迷える子豚はどこだい?」


登場もムカつくけど、発言もムカつく。なんだよ、子豚って。そこは子羊だろ。


「なるほど。ディナーの予約を忘れてたのか。それなら心配するな、青井」


「何かアテとかあったりするんですか?」


「ああ、俺の親父の知り合いが◇◇ホテルのレストラン支配人なんだ。毎年利用させてもらっているんだが、俺は合コンに出る予定だから席が余ってる。譲ってやってもいい」


「ほ、ほんとですか!?」


「だ・が。土下座して頼まれない限り譲るつもりは―――」


「譲って下さい! お願いします!!」


「マジに受け取った挙げ句、プライドねーのか。お前は!」


土下座をかましていると、条件を出した本人が助け起こしてくれた。あれ? もういいんですか。


「冗談に決まってるだろ」


「なんか以前の黒部さんならやらせそうだなーって思いまして」


「前の俺だったらやるかもしれなけど、と、友達だろ?」


「黒部さん……あざーっす!」


チケットをこちらに向けてヒラヒラさせていたので、有り難く頂こう。やっぱ、持つべきものは友だな。変態だけど……。


「軽っ! ……はぁ。まあいいか。お前には迷惑かけたしな。これであの件はチャラにしてもらおうか。大事に使えよ。ちなみに行く相手決まってるんだろ? 当然―――課長」


「黄梨です! あ、チケットほんとありがとうございました! じゃあ、俺昼飯行くんで!」


「って、ちょい待てー!! お前今なんて言った!?」


「昼飯行くって言いましたけど?」


「そうじゃなくて! なんで黄梨ちゃんなの!? バカなのか!?」


「え……なんで黄梨じゃ駄目なんですか?」


「いや、駄目じゃないけど……ほら、だって、なー? ………それはあまりにも」


「黒部さんが何を言いたいのかわからないですけど、課長は男性とイブは食事に行かれるそうなので、俺は同期のよしみで黄梨が誘ってくれただけですよ。―――あれ? でも、クリスマスも一緒に過ごしたいって言われたな……」


「おまっ!! それ!!」


「まあ、いっか。じゃあ、俺昼飯行くんで。朝飯抜いたからめっちゃお腹減ってるんですよ」


断りを入れ、その場を立ち去ったが口をパクパクさせる黒部さんと額に手を当て頭を振るそめやん先輩が少しマヌケで笑えた。が、俺とは対照的に二人は事の重大さに面を喰らっていたなんて俺は知る由もなかった。


昼飯を早々に食べ終わった俺は部内に戻ると、誰もまだ休憩から戻ってないようだった。午後の仕事の為に軽く睡眠取るかと自分のデスクに近付くと声をかけられた。バッと振り向くとそこには凛とした佇まいの赤城課長が。腕組みをして立っていた。


こちらを一睨みしたと思ったら間合いを詰めてきた。


「さっき聞き捨てならない事を話しているように感じたのだけれど、何か申し分はない?」


「き、聞き捨てならない事ですか? 俺、変な事言いました?!」


「あなたがイブとクリスマスを黄梨さんと過ごすと私の耳には聞こえたわ。イブはいいわ。だってイブだもの。でもクリスマスは別でしょう!?」


「クリスマスは別とは……どういうことでしょうか?」


ほんとにどういうこと!? イブの方が大事だろ! クリスマスはどちらか言うと家族とかと過ごすもんじゃないか!? なんでこんなに問い詰められなくちゃいけないんだよ。自分は大学時代の元カレとご飯行くくせに。


「言わないとわからないの!? あなたね――――。………てないの?」


「え?」


「なんで……腕時計着けてないの?」


「あ、これは……ちょっとハプニングが―――」


朝の遅刻話しを知られたくないので、口ごもる。何か別の話しをと、辺りを見回すと赤城課長の今にも泣き出しそうな顔が目についた。ズキッとまた胸が痛む。ほんとになんなんだ。こんな時に……。なんでこんなに締め付けられるような……。


「か、課長?」


「もう―――いいわ。勝手になさい」


「………え」


振り返らず立ち去る課長は今までに感じたことがないくらい、冷たい空気を纏っていた。声なんて聞いた事もないくらい冷たくて―――。ただ一つわかるのは俺が課長を怒らせてしまったこと。


これが取り返しのつかないことになるなんて思ってもみなかった。

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