第25話 俺はいらない子。
「もう―――いいわ。勝手になさい」
そう告げられ、気付けば24日の朝を迎えてしまった。あれからの記憶がない。俺もショックだったのか仕事に身が入らなかった記憶はある。俺がそんな状態でも言った本人は昨日も変わらず完璧に仕事をこなし、定時に帰ってしまった。俺と目を合わせることもなく………。ま、まあ? 最近優しくなったといっても仕事には厳しい赤城課長だから目が合わないなんてザラだ。てか、そういう時は合いたくもないが。
「………何か気に障ったのかな? イブの話ししてたよな……その時は慌ててたけど、普通で―――普通じゃなくなったのは腕時計の話しになったときか………。そんなに気に障ったかな? 腕時計忘れるなんてよくある話しだよな?」
ハハハと乾いた笑いが出る。そんな単純な話しじゃないと頭を振ってもう一度熟考する。昨夜からこの繰り返しだった。そのせいか時間の経過がわからなくなっていて――――。
「わあっ!! また遅刻だー!!!」
昨日の今日はヤバい! 昨日も遅刻にはならなかったけど、今日もし遅刻したら気まず過ぎて俺吐血しちゃうかも。急げ! 疾風の如く! 誰も傷付かない世の中にするんだ! ……俺は誰と戦っているのだろう。どうでもいいか。とにかく走る。うおー!!
「ま、間に合った……」
「あれま。珍しいねー。2日連続ギリギリじゃない?」
「優雅にブレックファストを楽しむ余裕がないから遅刻なんてするんだよ」
「違いますー。ギリギリなだけで遅刻はしていませんー。あ、そめやん先輩おはようございます!」
「うん。おはよー」
「おい! 俺に挨拶は!? 俺も先輩なんだぞ!?」
「あ、はよっす。黒部さん」
「ふっ。朝からこの俺のご尊顔を拝めるなんて――――」
黒部さんがなんか御託を並べ始めたので、疲れた体を癒す為席へ移動する。ああなった黒部さんは放っておくのが身のためだ。構うとよりウザイ。
業務が始まるとみんな仕事に集中する。よって、俺も会議の為の資料作りに取りかかった。そうして1日の大半が過ぎた頃、なんとこの俺が手持ち無沙汰になった。こんなことここに配属されて初めてなんだけど!? ふっ、仕事が出来るって罪だよね……。仕事もらってこよー。
「赤城課長。手が空いたので何かお手伝い致しましょうか」
昨日の課長の態度は気になったが、仕事には関係のないことだ。尾首にも出さないぞ! と息巻く。が、課長から返ってきた答えは。
「いいわ。あなたにやってもらう仕事はないから。黒部! これ今日中に報告書まとめておいて」
「えっ。俺他に仕事あるんですけど……青井じゃ駄目なんですか?」
「………つべこべ言わずやりなさい」
「わかりました」
「か、課長! 黒部さんに回したやつ俺がやります! だから―――」
「言ったでしょう。あなにやってもらう仕事はない、と。早く席へ戻りなさい」
「で、でも!」
「………はあ。あまり私を失望させないで」
「す、すみませんでした」
肩を落として席へと戻る。課長……一切こっち見なかったな。「失望させないで」……そんなに俺他の人の迷惑になってんのかな? あのくらいなら俺だって出来る。赤城課長の態度に納得出来ないだけでなく、寂しさを感じながら椅子に腰を掛ける。
「青井先輩! 手が空いてたら僕の仕事手伝ってもらえないですか?」
「え、マジで!? やるやる!」
「松藤! 自分の仕事は自分でやりなさい!」
「は、はい!! ……青井先輩すみません」
「お、おう。仕方ないよな」
手持ち無沙汰にも程がある。みんな忙しいのに俺だけ仕事をしていない罪悪感。仕事の斡旋を課長に阻まれ、ほんとにすることがない。ボーッと過ごす事1時間。その間課長の言動を考えていた。俺が怒らしてしまったのは言うまでもない。だけど、なんであんなに怒ってんだろ? もし黄梨との食事に行く話しでキレてるなら自分だってそうじゃないか。おあいこだ。
ましてや付き合っているわけでもないのに。まさか! 俺が課長から信頼を得ていないとか!? やっぱりあの映画鑑賞の日、下心があったのがバレたとか!? 例えそうだとしても俺は許可無しに女の子襲いませんー。同意があっても踏み切れるか疑問があるのに。
「―――い。―――おい。―――青井!!」
「は、はい!」
「暇してるなら資料室に行ってきなさい」
「し、資料室ですか?」
「今あなたが出来る仕事がないの。何? 行けれないの?」
「い、いえ。大丈夫です。あのー、ちなみに俺は何をすれば?」
「………はあ。掃除でもなんでもすればいいじゃない」
「あ、掃除ですか」
いきなり話しかけられ資料室に行くように言われてびっくりしたけど、なるほど! 掃除ね。年末も近いから大掃除ってやつか。俺が顎に手を当て思案しているとまたも酷く冷たい声が俺の耳についた。
「……はあ。そのくらい自分で考えなさい。ほんと使えないわね」
バッと顔を上げると、心底嫌そうな顔で俺を見る課長の姿が。目がバチっと合うと表情が一変。何故か動揺が目に走った。自分の言葉が信じられないと言わんばかりに口を押さえ、席へと戻る課長の後ろ姿を呆然と眺める。周りをチラッと見るが課長が最後に放った言葉は誰にも聞こえていなかったようだ。それに安堵し、ゆっくりと立ち上がる。
「はあー。埃っぽいなー」
資料室は何個かあって、ここは営業部の資料室。いつも営業ばかりで外回りも多い俺達はあまり資料室を利用しない。そのせいか、だいぶ埃が溜まってる。腕時計を確認すると時刻は15時。頑張れば定時に終わるなと息巻き作業に取り掛かる。年代順に並べたり高さをあわせたり、埃を払ったり。するとある異変に気付く。
「それにしても……暑いな。なんでこんなに暑いんだ? 空調壊れてる?」
まあ、そんな長居もしないからいいかと作業を続ける。冬なのに汗が止まらずかなり不快感が増しているが、与えられた仕事はこなさなければと気合いを入れる。すると、定時を知らせるチャイムと同時に終わらせることが出来た。額を拭いながら資料室を後にするため、扉に手を掛ける。開かない。捻っても押しても引いてもスライドしようとしても、開かない!
「マジか!? 立て付け悪いのか!? しゃーない。そめやん先輩に連絡して助けてもらおう。て、うおっ!!」
何かが顔面目掛けて飛んできたのを避けると携帯を落としてしまった。確認すると黒のGではなく、ただのちっちゃいクモだった。よろめいた瞬間に近くの戸棚に激突したが、携帯を拾おうとしゃがむと何かが音がした。そちらに顔をあげると―――迫りくる戸棚。そこで意識がプツリと切れた。
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