第26話 管が! 俺を突き刺してるー?!

体がふわふわする。意識が宙に浮いて―――ああ、こんな経験したことがないな。俺、死んだのかな? もし死ぬんだったら、せめて――――、


「あの人―――……ぐはっ!!! って、いってぇ!!!」


腹に何かが刺さった!! ねえ、俺のお腹穴空いててないよね!? 恐る恐る確認する。空いてはいなかった。空いてはないんだけど……お腹から人の後頭部が生えてる。え……。血の気が一気に引く。俺の意識が途切れる前の記憶は戸棚が迫ってきたのを覚えてる。ってことは、この頭って……幽霊!?


「俺、呪ってもなんもないと思うんです! 俺は恐らく呪い殺せちゃうでしょうけど、逆に幽霊さんが俺の母親に滅多刺しにされてしまう可能性が!!」


「誰が幽霊よ」


「きゃあー!!!! ……って、赤城課長? え……ってことは、ここはやっぱりあの世なんですか!?」


「ここはあの世でもないし、なんで私がいたらあの世なのかしら」


「お、俺死んでますよね? ああ、嘘つかなくてもいいですよ。わかるんです……。俺、戸棚に押し潰されて死んだんですよね?」


「―――悟りきってるところ水を差すのだけれど、死んでないわ。ただ、頭を打ってるから錯乱してる可能性は高いけれど。あと、エアコンが壊れててずっと暖房があり得ない温度設定になってたらしく、あなた発見時は脱水症状にもなってたのよ」


「そうなんですよね。頭打ってるから錯乱して―――って、錯乱してないですよ!道理で暑かったわけですね……。頭に関してはご心配なく、 至って平常……あれ? 俺生きてるんですか?」


「そう言ってるでしょう? それより言葉が支離滅裂よ?」


「それはいつも通りなので……え? そうすると、なんで課長がここに? あれ? それより、ここって何処ですか?」


辺りを見渡すと全く身に覚えがない壁や天井。真っ白に統一されていて、そうそう。こういう透明な管が人の体に刺さってたり―――って、刺さってる!?


「ここは病院よ。運ばれたの覚えてない?」


「運ばれた―――あ、倉庫の片付け終わったんですけど、すみません! 戸棚一つ倒しちゃって……俺、もう一回片付けに―――」


最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。課長が言い切る前に俺を抱きしめたから。え? なんで俺抱きしめられてるの? これ、セクハラにならない!? 俺がアワアワしながら抜け出そうとすると更に強く抱きしめられた。は、離して下さい! 俺は命が助かったのに今度は社会的に死にたくない!


「ごめんなさい!」


「な、何が……」


「青井が怪我するなんて思わなかったの!」


「え、いや。これは俺の不注意ですし……」


「違うわ!! ―――私が醜い嫉妬をして、やらなくてもいい仕事を押し付けた結果起きた事故よ」


「? ……例え、そうだとしても俺の注意不足が招いた種ですから――――。ん? 嫉妬?」


「……腕時計してなかったでしょ?」


「腕時計? してましたよ?」


「違うわ。その前の日してなかったでしょ? 土曜日の夜、黄梨さんと会って……その時、二人は付き合い始めたのでしょ?」


「土曜日? 付き合う? ―――ああ、黄梨の家でご飯食べた日―――って、付き合ってないですよ!!」


まさか! あの日見られてたのか!? それに腕時計忘れたのは単なる遅刻が原因。恥ずかしくて絶対言わないけど。でもなんで課長が知ってるんだ!? 課長の家から黄梨の家までかなり距離があるぞ!?


「黒部が教えてくれたの。彼、家そこら辺だから。見たのですって」


黒部ー!!! また、お前か!! そうだった。一度黒部さんの家に行った事があって、黄梨の家に向かう際、既視感あるなーって思ったけど、記憶から消してたせいで失念していた。近いんだよ、黒部さんの家から。帰りもっと注意しておけば良かった。だとしても、それで俺と黄梨が付き合うねー。課長の考え過ぎじゃないか?


「腕時計着けてなかったから……他の女からの贈り物を嫌ったのかしらって。だから、付き合い始めたと思ったのよ」


……うん。これは、しょうがないね。勘違いしても。俺だってするわ。黒部さんと赤城課長の件も勘違いするような男だぞ、俺は。するに決まってる。まあ、だとしても、勘違いしても課長には関係なくないか? クリスマス一緒に過ごす人もいるんだし―――って、クリスマス!!


「今日ってイブですよね?!」


「それが……あなた丸2日寝てて。今日は26日よ」


「う、嘘!?」


またも血の気が引く。マジか!? 俺、そんなに寝てたの!? こうしちゃいられない! ガバッと身を起こす! 起こす―――!?


「い、いってぇ!!!」


「駄目よ、青井! 安静にしておかないと! 頭を打ってるし……何より左手左足骨折なのだから」


「俺の手足!!!」


ガクッとベッドに体を預ける。よくよく見ると、課長に言われた通り左手左足が包帯でグルグルだ。頭を触ると頭にも包帯が。マジで!? こんなに満身創痍なの!?


「課長……俺、約束があったんです……」


「知ってるわ。黄梨さんと食事に行く予定だったのですってね」


「あ、知ってたんですね」


「黄梨さんも心配してずっと看病してたのよ? でも、限界が近かったから、仮眠するように勧めたの。そしたら、あなたが目を覚ましたから……。後で、黄梨さんに伝えておくわ」


「そうですか―――悪いことしたな……。課長もすみませんでした。ご予定があったんでしょう?」


そう、あの男……名前は紫村だったっけ? 課長と学生時代付き合ってた。


「お断りしたわ。私の無責任な態度のせいで部下が怪我したのだもの」


「いや、それは俺の不注意なんでそんな気に病まないで下さい」


「……駄目よ。ほんと馬鹿よね。黄梨さんとイブだけじゃなく、クリスマスも過ごすって耳にしただけでこんなことになるなんて、ほんとにごめんなさい」


「だ、だから謝らないで下さい! この怪我は自分のアホさが招いた種なんで!」


ほんとにね! クモにビビって避けて棚に激突。そして、その棚が倒れてくる。うん、俺の責任だ。恥ずかしい!


「それよりさっきから気になってることがあるんですけど、クリスマスに何か思い入れでもあるんですか?」


「……だってクリスマスって恋人達の行事でしょ? だから、黄梨さんとお付き合いしてるものかと」


「……? え? どちらかというと、イブの方が恋人のイベントじゃないですか?」


「……? そうなの? 今までイブは一緒に過ごせない。だって、恋人のイベントはクリスマス――つまり、25日だよねって言われてきたのよ?」


だから、クリスマスの方が大事でしょう? と課長が小首を傾げる。……これって、大きな勘違いなのでは? ってか、それ言ってきたの歴代の男共だろ。まさかじゃないけど、録でもない男ばかりだったのでは? 俺の中で24日に浮気相手と過ごしてた可能性が浮上してきたんだけど。額から一筋の汗が流れ落ちる。ごくりっ。これは、真実を告げて課長を傷付けるわけにはいかないな。俺は固く決意した。


「まあ、どっちを恋人と過ごすかは人それぞれですよ! 近頃はイブイブもあるくらいですからね!」


そうね、と課長が笑う。ふぅー。ミッションコンプリート! 疑問に持たれなかったぞ! でも、なんで課長は俺と黄梨がクリスマス過ごす事にそんな目くじら立ててたのかな? 謎が深まるばかり。俺が顎に手を当て熟考していると、ふと顔に影がかかった。あれ? 暗いなと顔を上げると、目の前に課長のお顔が! ちっか! な、何!?


「青井……私、あなたの事が―――」


首に腕を回され、しなだれかかってくる。そんな事人生で一度たりとも経験がないので、ドキマギしているうちに唇に課長の唇が―――くっつかなかった。


「何をしているんですか? 赤城課長………それに、青井君」


眉をピクピクさせながら、腕組みして妙に笑顔な黄梨が課長の背後に立っていた。え、何これ? ま、まさかじゃないけど修羅場じゃないよね? ―――え? 違うよね? ははっ。俺にそんなことあるわけがないと内心笑う。さっきまでのえらく甘い空気が霧散し、急激に息苦しくなった。浮気が見つかった男のように俺は口をパクパクさせるしかなかった。だ、誰か!! この状況を説明して下さい! それか、助けて!

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