第23話 神様は残虐だ

クリスマス……それは恋人同士だけのイベントではなく、家族で祝ったり子供達に夢を与えたり……様々な思いや思惑が渦巻く日でもある。誰しもがサンタクロースの正体を知りたいと願い、誰もがサンタクロースになりたいと淡い希望を抱いたこともあるだろう。……俺だってそうだ。


年に一回子供達にプレゼントを秘密裏に配るだけの仕事なんて俺だってしたい! 働きたくない! 夢と希望だけで食っていきたい!! だから、神様……俺、サンタクロースになれないですかね? 会社の犬にはなりたくないんです……。このままだと……このままだと!!


「し、死ぬ……」


「あはは。言い過ぎだよー。青井君」


「いやいや。そめやん先輩、わかってますか? 今から仕事納めまで永遠に自由を奪われるんですよ!?」


「まあ……いつものことだから。諦めなよ」


そんな笑顔で言うんじゃない!! なんだよ、その悟りきった笑み! 菩薩か! 俺が何故こんなに喚いているかと言うと、12月の二週目を突入した直後から続く、年末へのカウトダウン。これは、社会人の宿命だ。会社がストップしてしまう年末年始の為に仕事納めまでの間と仕事始めがとにかく忙しい。


挨拶周りや休んでいる間の子会社への委託……諸々。全て終わらせないと年末なんて迎える事なんて遠い夢物語になってしまうのだ。ましてや、その前に待ち受けるクリスマスなんて地獄へと変わってしまう。それまでに終わらせないと!! ……まあ、一緒に過ごす相手なんていないんですけどね。気分ですよ……き・ぶ・ん!


松藤が雪なんて溶かしてやるぜ! ってくらい仕事を鬼のように掃かしていく姿を横目で観察する。こいつ……彼女と過ごす為に必死で片付けてるな? 俺はそっと立ち上がり松藤の背後へ回った。そして後ろからいきなり声をかけた。


「わっ!! ははは。どうだ? 松藤! びっくりした………か……」


「先輩……邪魔しないで下さいよ……。いくら先輩でも次やったらただじゃ済まないですから……」


「ハイ。スミマセンデシタ」


回れ――右! ロボットのようにカクカクした動きになりながら席へと大人しく戻る。えっ……何あれ? いつも優しい松藤はどこ行ったの? 俺が席で呆然としていると、肩を軽く叩かれた。


「駄目だよ。青井君。ああなった人達は何人も見てきたから僕にはわかる。触らぬ神に祟り無しだよ。あれはもはや人間じゃないからね」


仕事をこなす悪魔の化身だよ。と、遠い目でそめやん先輩が呟く。果たして、そめやん先輩の過去に何があったのかは知らないけれど俺は知っている。松藤はクリスマスイブまでに仕事を終わらせようとしていることを! チッ! 結局は彼女の為かい! くっそー。見せつけじゃねーか! こうなったら!


「黒部さんはイブに予定ってないですよね?」


「あー? ―――あるぞ」


「ですよねー。黒部さんも彼女さんいない――――なんて言いました?」


「だから、予定あるって」


「そんなはずないんですよ!! そんなことあったらいけないんですよ!!」


黒部さんの肩を強く握り揺さぶる。


「やめ!! やめろって! 何荒れてんだ。俺は女に困ったことはないからな。その日合コンしてそのままお持ち帰りに決まってんだろ。彼女いない時はいつもそれだしな」


抜け出した黒部さんは乱れたネクタイやスーツを直しながら、さも当然と答えた。俺は愕然とした。お持ち帰り……ほんとにそんな事って存在するだ。やっぱり顔なのか? 高身長高学歴高収入、おまけに顔も良かったらそんな夢のような話しが現実になるんだな……マジか。


最後の望みをかけ、そめやん先輩に矛先を向ける。


「そめやん先輩は違いますよね? 俺を裏切ったりしないですよね?」


「えっと……」


「何かあるんすかっ!?」


「ちょっと! 痛いし怖いよ!!―――その、この前合コン開いた時に意気投合して―――彼女出来ちゃった」


「ごふっ!」


ちゃった! じゃねーよ!! もしかしてあれか?! 合コン誘われたの断ったやつ、ほんとに開いたのか!? くっそー!! あの時赤城課長の睨む目なんて掻い潜って参加すれば良かった! 俺は血涙を流す勢いで地面に拳を打ち付けた。痛くなんてない。痛いのは心だ。何故、俺に彼女が出来ない! 嘆いていると目線の先に黒のパンプスが現れた。


「―――あなた達、何をしてるの。無駄口叩く余裕があるなら仕事なさい!」


「「「すみませんでした!!」」」


俺も席へ戻ろうと立ち上がると、赤城課長は溜め息を吐きながら、俺を呼び止めた。


「青井、あなたもあなたよ。他人の邪魔をしないの。何を揉めていたのかしら?」


「……イブに予定があるのが少し羨ましかったのと、現実逃避です」


「イブ?」


片眉が跳ね、眉間に皺が寄る。うわぁ。絶対雷落ちそう。仕事中じゃなくても怒られそうな案件だもんな。俺がビクビクしていると、思いの外課長は問題にはしなかった。ただ声は呆れ気味だったけど。


「はぁー。くだらない。イブなんていいじゃない、別に」


「えっ。で、でも……」


「そんなに大事かしら?」


「えっと……大事って言えば俺にとっては死活問題でして……」


「とにかく、そんな事で手を煩わせないで。仕事に戻りなさい」


「は、はい……」


肩を落としながらも仕事を再開させる。その話題はそんな感じで幕を下ろした。問題はこの後に起きる。


今日の仕事も終わるなーっと、タイピングしながら一息吐く。相変わらず、赤城課長は定時には帰宅してしまって、部署内は俺一人に。ふと、携帯が光り、着信を告げた。コールの後に電話に出ると見知った声。


『ヤッホー。青井君。仕事終わった?』


「黄梨……あとちょっとだけど」


『じゃあさ、この後呑まない?』


「ああ、いいよ」


『じゃあ、エントランスで待ってるから早く来てね』


「了解」


会話が終了し、俺は急いで残りを片付け、黄梨の待つエントランスへ。合流して他愛もない話しをしながら飲み屋方面へ。すると、向かう途中に見知った顔が。赤城課長が友達っぽい人達と立ち話している光景だった。みんな、少し顔が赤い。もう時刻も21時に近い。定時に終わって集まれば一件目なんて終わってしまっても不思議ではない時間。


するとそこへ、手を上げながら男性が合流した。俺は見たことない人だったが、課長の友達達の喋りで誰かが判明した。


「あ、紫村先輩! 卒業以来ですね!」


「おー。お前ら元気にしてた? 大学以来だな!」


「ほんとですよー。地方に行っちゃったから中々会う機会なかったですよね―――ほら、由香! 紫村先輩だよ!」


友達AとBに背中を押され、課長は前に出る事に。あれ? 心無しか顔が赤くないか? 酒だけが原因じゃないよね?


「由香、久しぶり」


「琉斗先輩………お久しぶりです」


二人の間に漂う空気が知らない俺にさえわかってしまう。あ、これ元恋人同士では? っと。そうじゃなくても、似たような関係だったのでは? っと。


「自然消滅しちゃったけど、チャンスじゃん。行きなよ、由香。今フリーじゃん」


友達Aに言われ、またも赤城課長は数歩前へ。へぇー。自然消滅……やっぱり課長ってモテるんだな。俺とは大違い。案の定、あの紫村って人高身長だし爽やかだしこれも俺なんかとは大違い。ハッ。と、鼻で笑う。なんで自分と知りもしない、赤城課長の元カレとを比べなくちゃいけないんだ。俺は関係ないじゃないか。自分の低俗な考えに吐き気を催す。


「そうなのか? じゃあさ、久々に会った事だし、イブにどこか食べに行かないか? 積もる話しもあるしさ」


「イブですか?」


言うな! 言わないでくれ!! 課長……俺は………。手を強く握る。でも、神は無情だった。


「いいですよ。予定もないですし」


膝から崩れ落ちそうだった。もう、その後の会話なんて耳に入らない。残った理性で黄梨に断りを入れる。


「ごめ―――俺、帰る」


踵を返すと同時に強く握り締めていた拳を暖かくて柔らかい手で覆われた。冷えきった心に少し体温が戻る。おかげで周りを見る余裕も出来た。目を向けると、黄梨がこちらを見上げる形で俺に提案してきた。


「青井君、イブ一緒に過ごそう? イブだけじゃなく、クリスマスも一緒に過ごしたいな」


「黄梨……」


見つめてくる眼差しはこれまで過ごした中で一番強く感じた。視線をずらすと赤城課長が―――。一瞬、こちらを見た気がしたけど、気付いてるはずがない。俺は……いつまでそうあってほしいと望むんだ。赤城課長は答えを見つけたというのに。俺は……課長にどう答えてほしかったんだ? 頭を振って嫌な思考を振り払う。俺が出す答えは―――。


「いいよ。黄梨と過ごすのは楽しそうだな」

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