第22話 行きは良い良い、帰りは怖い。
何かが起きるかもしれない! そんな事考えてた時期もありました。現在時刻19時。俺はグロッキー状態になっている。
「ここ! ここよ! 青井君! このシーンが好きで―――」
「あ、はい……そうですね………」
「寝かさないから」と言われ、期待に胸を膨らませていた昨晩。俺の期待は呆気なく砕け散った。本当に寝かせてもらえなかった。こんなに夜通し映画を見たのなんて初めてだ。目がショボショボする。期待していた甘い話しなんて存在することもなく、普通に朝まで映画鑑賞。朝御飯と昼御飯、そして夜御飯だけまともに時間を取って、後はひたすらスクリーンに向かう。何これ? 俺何かと戦ってんの?
これ以上続けたら寝不足で死んでしまう……。
「あー、もう終わったのね。そうだ! 今から何か他なの借りに行かない!?」
テンション高いのはほんとレアなんですけど、俺はもう限界。家に帰って寝たい。課長、映画好きって伊達じゃなかったんだな。俺に話し合わせてくれてるだけだと思ってた。
「課長……俺、用事あるんでここら辺でお暇させてもらってもいいですか?」
「あら、そうなの? そうね。じゃあお開きにしましょうか」
「はい………あ、DVDは返しておくんで……。お世話ななりました。月曜日に」
「え、ええ。また職場で」
DVDを片手に課長宅を後にする。エントランスを抜け、外へ出ると昨日見た月が今日ひょっこり顔を出していた。ああ、これがシャバの空気。うん。旨い!
新鮮な空気を体内に入れる事が出来たおかげで少し元気になった。このままレンタル店に返しに行ってから家に帰ろう。レンタル店に今日行かなかったら返すの遅くなって延長金が奪われるのが目に浮かぶ。ゆっくりとした足取りで帰路へとついた。―――のが、一週間前の記憶。そして今もまた俺は見なれない部屋にいる。
あれ? なんで俺は週末に自宅にいないのかね? 赤城課長はさすがに月曜日の日に小声で謝ってきた。友人にも注意されるらしい。わかるー。期待持たせるだけ持たしてあれがオチなんて男は泣くわ。……でも、待てよ。歴代の彼氏さん達はそこで課長をモノにしてきたのかも……。男のかざかみにもおけないな! 男は常に紳士的でないと!! ……こんな考えだから、彼女もいなければモテもしないのかな……。それか、眼中にもないのか………。あ、そっちな気がしてきた。泣けるわ。
モテない理由を見つけてしまってからどうもやる気も元気も起きず、パソコンとにらめっこ。営業先で営業スマイル。同僚と話す時は顔が死んでる。うん? それが一番ヤバくね? 人類皆、笑顔じゃないと。でも……やる気が出ないんだよね……。はぁー。
「なーに? 大きな溜め息吐いて。どうかした?」
「いや、人間の無情さに辟易しただけだ―――って、あれ? 黄梨?」
「気付くの遅いよ。元気? って元気ない人に聞くもんじゃないね」
「あーうん。元気元気」
「うっわー。こんなにやる気のない元気見たことないよ」
「へいへい。すみませんね。それより、なんか用か?」
「これといって用はなかったんだけど、お昼一緒にどうかなって誘いに来ただけ」
「えっ。昼?」
腕時計に視線を送ると、秒針はまもなく正午を指し示そうとしていた。俺が腕時計を見つめていると、不貞腐れた声で黄梨が喋りだした。
「それ……大事そうに使ってるだね。そんなに嬉しい? 赤城課長からの贈り物」
「んー。っていうより、父親の腕時計壊しちゃった怖さから取り扱いには注意してんだよね」
「じゃ、じゃあ私からのプレゼントでも喜ぶ?」
「そりゃあ、嬉しいだろ? この年になってプレゼント貰えるなんて」
「そういう意味ではないんだけどな……」
「え? じゃあ、どういう意味?」
「ふふっ。知ーらない。それより、早くお昼行こうよ。席無くなっちゃうよ」
「ああ、そうだな」
これが水曜日の出来事。その時に口を滑らせてしまったのが問題だった。休みの日に自炊はするのかと聞かれて作らない。でも、誰かが作ってくれたらすごく嬉しいって。そう答えたら、黄梨が目を輝かせて「じゃあ土曜日私の家に来て! ご飯作ってあげる」と言ってきた。断ろうとしたら風邪ひいた時、課長には作ってもらったのに? って凄まれたら嫌だと言えない。
土曜日、黄梨が指定してきた時刻は何故か19時。まあ、休みの日だから昼動くより夜の方が気が楽だからいいんだけど。だからといって、女性の家に男が夕飯をたかりに行くなんて周囲に良い印象を持たれなそう。出来る限り見られないようにと細心の注意を払って黄梨の家まで向かった。
「あ、入って入って。ごめんね。こんな時間で。私さ、昼に豪勢よりも夜に豪勢の方が好きでさ。張り切っちゃった」
招かれるまま、リビングへ進むと食卓テーブルに料理が所狭しと並べられていた。和食、中華、洋食など、ビュッフェのように美味しそうな料理がテーブルを囲んで今か今かと食べられるのを待っているかのような光景に、思わずお腹が「ぐぅー」と低く鳴いた。
「ふふっ。お腹空いたでしょ? ほら、座って食べて。色々考えてたら統一感なく作っちゃって申し訳ないんだけど」
「そんな事ないよ! すごく旨そう」
黄梨に手をひかれ、座布団の上に腰を掛ける。黄梨もニコニコと笑みを浮かべながら、何故か俺の隣に腰を下ろす。えっと……なんで隣? 普通正面じゃ……いや、待て。これは試されてるのでは? 俺の作法を見る気だな。そっちがその気なら俺だって――――。
「美味しかった?」
「お、美味しかった」
あれー? 小首を傾げる。試されてると思って礼儀正しく肉とか切り分けて食べていたら、思いの外旨過ぎて作法云々忘れてしまった。黄梨は終始、ニコニコ笑顔でこれも食べて。これも美味しいよと俺に「あーん」してくれた。俺はロボットみたいにただただ飯を喰らうだけのマシーンと化した。
途中口元についたソースを指の腹で拭って舐めるという行為があったが、何かの見間違いだろう。俺にそんなラブコメ展開あるはずがない。膨れ上がったお腹を擦りながら一息吐いていると、黄梨に泊まって行くように言われたが、丁重にお断りした。
なんだ? あれか? 女性って異性だと思ってない人間ならいくらでも泊めれるもんなの? 俺はもし過ちとか犯して今の関係に終止符を打つくらいなら涙を飲んでこの苦行に耐える! 耐え切ってみせる!!
「ほんとに泊まらなくて良かったの?」
「い、いや。マジで大丈夫。気持ちだけもらっておくから」
「そう? じゃあ、月曜日会社で」
「おう! お休み」
軽く手を上げ、自宅へと足を向ける。はあー。腹いっぱい。もし黄梨と付き合ってたらそのままお泊まりなんだろうな。だけど、俺にそんなチャンスは回ってこない。黄梨が俺みたいな非モテを相手にするわけがない。自嘲気味に笑い、ポケットに手を突っ込みゆったりと歩く。
あれだけ行きは警戒していたのに帰りは何も考えずに黄梨の家を後にしてしまった。だが、知り合いに見られるなんて早々ないとタカをくくり安易な行動を取ってしまったのは間違いない。だってその後も誰に指摘されるわけでもなかったんだから。
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