第21話 サンタクロースの贈り物は俺にはないだろう。

その日はなんとなーくハ○ポタが見たくなり、家になければ借りればいいじゃなーい! と某マリーさんの発想で財布と携帯を持って家を出た。暫く歩くと、とある事に気が付く。


「えっ……もうクリスマスのイルミネーションって飾るもんだっけ?」


一番近いDVDショップも住宅街に構えているわけではないので、大きな通り沿いまでわざわざ足を運んだ結果、街中がイルミネーションで飾り付けされていることに驚いた。12月に入ったばかりなのに熱心だこと! まあ、自分には関係ないと目もくれず目的地へ向かう。


決して強がりではないと言っておこう。一緒に過ごす相手がいなくても俺はリア充だ!! 誰になんと言われようとも! 松藤に指摘されたら血涙出ちゃいそうだけど。そういえば、松藤……浮き足立ってたな……クリスマス特集を掲載してる雑誌を熱心に見てたっけ。とあるワードに心がざわついたのを覚えてる。夜景の見えるホテルとか書かれていたような―――うん!! 幻だなっ! そうでなくちゃなんで俺が独り身なんだ! 俺だって可愛い彼女が欲しい! あ、嘘です!! 可愛いくなくても全然俺は気にしませんから、彼女プリーズ。ねっ! いい子でしょ?


「計8点を2泊3日ですねー。ありがとうございましたー」


俺が心で血涙を流していたら店に着いてしまった。どれを借りるかと選んでいたら選びきれず、結局全作品を借りることになった。まあ、後悔はしてませんよね。いやー。今日が金曜の夜で良かった! 仕事も定時に終わったし、後はコンビニ寄ってツマミとか弁当買って……おおっ! めっちゃ充実した休みじゃないか?! 俺にしては珍しい。いつも寝て過ごしてる休日が映画というパワーワードで潤いが出たぞ!


ふっふっふっ。映画三昧の2日間……1作品約3時間弱くらいだから休憩入れながら見て、日曜の夕方には返せるな。うん。すごく計画的だ。惚れ惚れするぜ。


DVDの入った袋を片手に鼻歌を歌いながら帰路へつく。が、信号待ちをしていると横手から声をかけられた。そちらに目をやると、ついさっきまでお会いしていた人物が。こっちは私服―――ただし、部屋着。相手はスーツ―――めっちゃきまっててカッコいい。あ、女性にカッコいいって微妙か?


「あら、青井。奇遇ね? どこかからの帰り?」


「赤城課長……。ちょっとハ○ポタが見たくなりまして……借りに行ってたんですよ」


「あら! いいわね!! 私、3作目が一番好きなのよ」


「わかります! どの作品も面白いですけど、キャストが一気に大人びててでも子供っぽさを忘れてなくて―――最初から最後までずっとワクワクしますよね!」


「ええ。時を戻すのもまた―――なんか、私まで久しぶりに見たくなってきたわ」


「俺、通りのTSUTAY○に行っちゃったんで、少し離れた所に行けばあるかも―――」


「ねえ、一緒に見ない?」


「しれな――――えっ!? いいい一緒ですか!?」


「ええ。これから私の家で見ましょ? どうせご飯コンビニとかで済ませる気だったんでしょう?」


「それはすごく魅力的な提案ですけど―――俺、全作品借りちゃったので、好きだって言われてる3作目だけ――――」


「全部借りてるの? なら、泊まっていきなさい。ご飯も作ってあげるわ」


「見ましょう――――って、ええっ!? いやいやいや! だ、駄目ですよ! お、俺男……ですし」


強気にいけず、男の部分が小さくなってしまった。なんか課長に男だと見られてる気がしない。もしかしたら弟気分で接してるのかも。弟いるのか知らないけど。


「いいから。行くわよ」


――――と、無理やり連れて来られたが、悪い気もしない。体と心は正直なんですね。勉強になります。


例の豪華過ぎるエントランスやコンシェルジュを掻い潜り、宝部屋である課長のお部屋へ。ごくり!


「さあ、入って」


「お、お邪魔します……」


リビングに通されたが、その間に存在した部屋数の多さにびっくりした。俺の住んでるアパートなんて少し大きめな部屋を仕切りで2つに出来るだけだぞ。仕切りなかったら実質一部屋だから。あとお風呂とトイレしかないのに。俺が唯一気に入ってるのはお風呂とトイレが別だということだけ。あと、家賃安い。めっちゃボロだからそこさえ目を瞑れば全然住める!


課長の部屋はシンプルな白をベースとした部屋だった。整理整頓されててさすが課長! って叫びたくなる装いだ。課長がさっそくスーツの上着を脱いでブラウスの上にエプロンを身に付けた。か、可愛い……。やっぱりこの人美人なんだよな……。改めて当たり前な事に思わず嘆息してしまう。


「簡単で申し訳ないけれど」


「うわぁ……全然簡単じゃないですよ」


「冷めないうちに食べて」


「い、いただきます! うまっ!!! 美味しいです!」


「そう……良かった」


出てきた料理は手は込んでないが簡単に出来るものでもなかった。こちらを両手で頬杖をつきながら微笑んで見つめる姿はまるで天使のようだ。ご飯三杯はいけます!


「オムライス……好物なので、これを簡単だって言えれる人尊敬します」


「ほんと? オムライス……好物なの?」


「はい! ハンバーグとかミートスパとかカレーとか子供舌って言われるんですけど、めっちゃ好きです」


モグモグとオムライスを頬張りながら課長が聞いてもないことを俺は嬉々としてペラペラと喋る。それにしても旨い。料理苦手だからこんな人が彼女だったら最高なんだろうな――――って、ないない! 黒部さんみたいにイケメンなら露知らず、容姿普通能力普通。こんな普通だらけの俺が美人な課長に相手されるわけがない。


課長と黒部さんが恋仲だと勘違いしてしまっていたけど、それも今では誤解だとわかった。だけど、俺が課長の彼氏ポジションに立てるわけではない。勘違いはしないけど、なんか自分で言ってて虚しくなる。


勝手に妄想し、一人で撃沈した俺は大人しく残りのオムライスとサラダをたいらげた。ふぅ。食べたー。「ご馳走様でした」と伝えると「お粗末様でした」と返されたのが、彼女なしの男には萌えるシチュエーションで出来ることなら叫びたかった。やったら軽蔑な眼差しを向けられるから絶対しないけど。


満腹のお腹を擦っているといつの間にか寝落ちしてしまったらしい。


「い……青井」


「うーん。あれ? なんで課長が俺の家に……」


「ふふっ。まだ寝惚けてるの? お風呂空いたから入っちゃいなさい」


「あ、はい――――って、お風呂!?」


立ち上がりかけたが、言葉の意味に驚き仰け反る。よく見れば湯上がりらしく頬などが上気している。色っぽ! 恥ずかしくなりそっと目を逸らす。


「私はもう頂いちゃったから―――さっぱりしたら眠気も飛ぶわよ。着替えは用意しておくから心配しないで」


「は、はい」


カポーン。鹿威しがあればこんな間の抜けた音が鳴っただろう。今日は人生で一番驚く事がいっぱいな日だ。女の人の家にお泊まり―――じゃなくて、DVD観賞―――手料理を作ってもらい、お風呂に入る。これは人生のタンニングポイント―――なわけないか。非モテの俺が高望みなんてしたら駄目だ。世間ではクリスマスモードに切り替わっているからって、俺にサンタからの贈り物なんて届かない。


「やべっ。のぼせそう……」


長湯をし過ぎたのか、湯にあてられた。脱衣所に出ると何故か男物のスエットが……。これ、あの元カレのじゃない? ……うん。よく考えなくても課長は俺の事なんとも思ってないな! 普通別れたら相手の物捨てるだろうし、捨てなくても着せたりなんかしない。パンツと下着まで用意されて……しかも新品。洗面台を見ると、未開封の歯ブラシまで。……うん。お泊まりセットやないかーい! ふぅ。心の叫びが止まる事を知らなかったぜ。


せっかく用意されてるのだからと下着とスエットを着込み、赤城課長の待つリビングへ。


「あれ? いない?」


「あ、青井。上がったのね。うん。スエットもピッタリで良かったわ」


「あ、お風呂頂きました! ありがとうございます。替えの用意してもらっちゃって……すみません」


「気にしないで。こういう時の為に新品用意しておいたのだから」


「こういう―――ああ! 元カレさんの為ですね!」


やっぱりそうだったのかと納得して手のひらに拳をポンと打ち付ける。が、何故か課長がモジモジし始めた。


「ち、違うの。――――のために買った―――」


「え? なんて言いました?」


「だ、だから! だから……青井のために買ったの。いつでも泊まりに来ていいように」


「へぇー。青井さんの為に…………青井さん? 青井さんって俺ですか?」


「―――他に誰がいるの」


「ええええ!? お、俺の為!? って、なんでですか?」


そうだ。俺の為に買ったって言われても……泊まりに来る予定もなかったはずなんだが……。


「い、いいでしょ!? 役にたったのだから! ほら、もう行くわよ」


「ええ?! 良くないですよ。何も解決してないんですが……って、何処に行くんですか?」


それ以上赤城課長は何も語らずリビングを後にした。俺も慌てて後を追いかけ、とある部屋へ。そこに入ると―――、


「すっげー」


シアターのようなスクリーン。ハ○ポタの冒頭が写し出されている。席まで用意され、座椅子がとても嬉しい配慮だった。ただ―――ここ、寝室じゃね?


「映画が好きだからシアタールームにしているの。寝室だから他に家具も置いてないし打ってつけでしょ?」


打ってつけではあるけれど、これはいただけないというか。俺がたじろいでいると、2つあるうちの1つに腰を掛けた課長が俺を呼ぶ。


「ほら、早く見ましょ? 再生ボタン押しちゃうわよ?」


「そ、そうですね!」


座椅子に座るとすっごいふかふかで座りやすかった。これは! クセになる心地よさ。課長がリモコンを持ちながら俺を見つめ、不敵に笑って言った。


「今夜は寝かさないわよ」


「えっ」


カッコいいセリフの後、再生ボタンを押され、スクリーンの景色が流れる。俺……もしかして……課長が言った意味をそのまま受けとったら――――きゃっ! これ以上は言えないわ!


俺は興奮を悟られないようにスクリーンへ目を向ける。この後起きるかもしれない別の事に期待を膨らませながら。

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