第13話 扉って勝手に開くのかー。

「これとかいいんじゃないかしら?」


「えっと―――」


「そちら台数も少なくオフィス使いプライベート使いどちらでもよく馴染む当店イチオシのお品でございます。着けてみられますか?」


「そうね。青井、ほら」


「あ、はい」


え? 何これ? めっちや馴染むー。値段は……法外!! 給料飛びます!! 俺、安月給なんですけど!


「よく似合ってるじゃない。あ、これもいいわね」


「ああ。お目が高い。そちらは市場にあまり出回っていないお品で―――」


時計屋の店員さんと赤城課長が何やらやり取りをしている。手持ち無沙汰になった俺は壊す前にといそいそと時計を外し、台に置く。ふぅー。ミッションコンプリート。


店内を見渡し体が縮こまる。なんで高級ブランド時計を取り扱ってるお店に俺はいるのだろう。父の形見が直らない事はあれからいくつかの店舗で聞き、判明済みなので普段使いだし拘りもないので1万くらいで探そうと思ってたんだけど。


遅刻をするなと釘を刺されたのできっちり約束の1時間前に集合場所に赴き、赤城課長が約束の15分前に現れた。気候も秋なので過ごしやすく45分間の待ちぼうけも苦じゃなかった。俺の存在に気付いた赤城課長は小走りで近付き「待った?」と尋ねてきた。その小首を傾げる所。ポイント高いです。と、内心で称賛し俺は首を横に振った。


「そう? じゃあ早いけど行きましょうか」と言った赤城課長を斜め後ろから伺い見ながらさっきのやり取りを思いだしていた。ぐふっとここが公の場じゃなければ声が洩れていたところだ。まるで恋人同士のような会話。赤城課長には疎まれてるからそんなことは夢のまた夢なんだろうけど。


では、何故に俺は休日に赤城課長と出掛けているのだろう。やっぱり時計がみすぼらしかったのかな? 時計屋のおっちゃんには絶賛された代物だけど女性から見るとただのガラクタなのかも。父さん、マジごめん。


赤城課長が先陣をきって歩くので俺は追いかける形に。なんだろう? さっきからストーカーみたいだなと自分の状況を鼻で笑う。信号待ちで横に並べない俺は赤城課長を今日初めてその時しっかり見た。いつものスーツ姿ではなく、ブラウスにロングのスカートを合わせて足元はパンプスではなく、ミュールだった。それだけで普段と違って可愛い。


普段は仕事が出来る女性って感じがめっちゃ滲んでいるのに―――あ、仕事出来るから間違いないか―――今日はプライベートを覗き見てるのが実感出来るほど湧いてくる。綺麗な女性って私服も様になるんだなー。今日は綺麗と言うよりも……。


「かわいい」


「え?」


「へ?」


こっちを勢いよく振り向く赤城課長に俺も思わずすっとんきょうな声を上げる。……待って。俺もしかして口に出してた!?


「な、なんでもないです!!」


「そう?」


「はい!」


首が取れそうな程頷く。絶対にバレてはならない。疎ましい人間に「かわいい」と言われても気持ち悪いだけだ。やっぱり今日は時計屋に行ったらさっさと買ってさっさと帰ろう! そう心に誓ったのに赤城課長に連れられて行った先は―――。


「いらっしゃいませ」


おいおい。なんだこれは? 手動の扉が勝手に開いたぜ。あっ、人が開けたのか。あ、すみません! 俺なんかの為にそんな重労働。え? 俺の為じゃない? じゃあ、なんなの。あの笑顔と腰の低さ! 俺じゃなかったら―――あ、赤城課長の為か。変な一人芝居をしていたら扉を音もなく閉められた。いつの間に中へ?!


「青井、好きなの見たら?」


「えっ。えっと―――」


好きなのって何!? 買うの俺だから好きなのも何もお金には限りがありまして、こんな高級な店に来るつもりはなかったんです。俺が一人あたふたしていると、課長が仕方ないわねと呆れ気味に俺の手をとる。ドキッと心臓が跳ねる。な、何を―――。腕に時計がしっかり嵌められた。


「これなんてどう? シンプルだけど機能性抜群よ」



「ああ。そちらは防水性も兼ねてまして―――」


という具合で課長と店員さんの二人の世界が始まった。俺はこういうものに疎いから置いてけぼり。ぼーっと眺めながらふと疑問が生じた。


課長って男物の腕時計とかよくわかるなー。あ、そういえば初めて喋ったあの日彼氏さんと別れ話ししてたんだっけ。そりゃそっか。課長美人だし仕事出来るし……男取っ替え引っ替えだろうな。俺なんて―――彼女がいたことなんて……考えるのは止めよう。


その後も腕だけ着せ替え人形にされ最終的にとあるブランドの腕時計に。俺の給料―――ボーナスでどうにかなるかな? 会計時、財布をプルプルと握り締めていたら横からスッと手が伸びお金受けにクレジットカードが。


「一括で」


「えっ!? そ、そんな課長! 俺が自分で払うんで!!」


「いいから。この前の迷惑料も兼ねて受け取りなさい」


「で、でもそういうわけには」


「わかったわ。ならこの後のランチ代出してくれる?」


「いや、それでは全く釣り合わなくないですか?」


「………」


無視!! まさかの無視とは!! 店員さんも静かに動向を伺い笑顔でご一括のお支払いですねと返し、切ってしまった。マジか……迷惑料なんて金額じゃない……それがランチでプラマイゼロになる金額でもない。


包まれていく商品と赤城課長をアワアワと往復して見つめるしかなかった。

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