第14話 黄梨って可愛いよね。

身に付ける物が一つでも違えばそれだけ気分が変わる。そんな経験ないだろうか?


赤城課長が頑として譲らず結局プレゼントしてもらった新しい腕時計を身に付け意気揚々と仕事に打ち込んでいるとふと声をかけられた。


「ほんとに営業部で仕事してたんだね。青井君」


「黄梨……なんでここに?」


「ひっどーい。開口一番にそれ? 青井君の仕事振りを観察するのと用事があって来たに決まってんじゃない」


「あー、そりゃそっか」


黄梨 未玖きなし みくはそう言って頬を膨らませた。なんだろう? 他の女がそれをしたら、ぶりっ子みたいでイラッとくるのに黄梨がやると許せてしまう。ふわふわの茶色い髪の毛にくりっくりの大きな瞳。体も小柄な方だ。あれだ! 保護欲が掻き立てられるんだ! そういうことか!


「あれ? 黄梨さんって経理部じゃなかったっけ?」


「私の事ご存知なんですか?」


「そりゃ―――」


「当たり前じゃないか! 去年入社した中でも一番可愛くて仕事が出来るってもっぱらの噂だよ」


キラッと白い歯を輝かせて話す黒部さん。黒部さん……見て。後ろを。自分の台詞を完璧に取られてしまった人が恨みがましい目で睨んでるから。俺、そめやん先輩のそんな姿初めて見たよ。怒ることもあるんですね。


「そんな事ないですよ! ね、青井君」


謙遜しつつこちらに助けを求める黄梨は背の低さも相まって俺を見上げる形に。上目遣いの破壊さよ! そういう目で見たことがなかったけど、確かに。


「うん。黄梨は可愛いよ」


「えっ」


ボッと顔が真っ赤になった。おいおい。まさか熱か?! 風邪引きやすい時期になったからって顔まで赤くなったらそれは本当に直帰コースだぞ。周りを伺うと目が合ったそめやん先輩は肩を竦め、黒部さんはこちらを凄まじい目で睨んできた。えっ!? 俺なんかした!?


「も、もう! そういうのいいから仕事しなよ! あれ? 時計替えた?」


パタパタと手で扇子のように仰ぎながら俺の腕時計を注視する。俺も鼻高々に頷く。


「おっ! わかる? これさー。防水機能もついてて電波時計でもあるからめっちゃ時刻が正確なんだよ」


「今まで使ってたのは? 駄目になっちゃったの?」


「ああ。形あるものいつかは壊れるって言ってもショックだったわ。んで、この腕時計昨日見に行ったんだけどさ。俺時計全然わからなくてさ」


うんうん。と頷く姿に気分が更に良くなった俺は口を滑らせてしまった。


「赤城課長が選んでくれてしかもお金まで出して貰っちゃって……何か俺も返さなくちゃなって思ってんだけど良いものが浮かばないんだよね―――あっ」


空気が変わった。みんなニコニコ聞いてくれてたのに一言余計な事を言ってしまったが為に最悪な事態に。ヤベー。課長にも釘刺されてたのにツルッと喋ってしまった。かくなる上は!!


「――――っていう夢を見たんだよね」


「いやいや。騙されるかーい!」


ですよね! 知ってた!!


「おまっ! ほんとお前!! 羨ましいが過ぎるぞ!!」


「ちょっと何剥きになってるんですか!」


いやいや。何言ってんの。黒部さんと赤城課長付き合ってんでしょ? 確かに高すぎるけど。迷惑料で時計選び付き合ってもらって買ってもらっただけだよ? 恋人関係の二人なら休日デート普通でしょ。俺からするとそっちの方が羨ましいわ! 彼女居ない歴―――年齢の俺を舐めんなよ!! グルルルと逆に睨むと「じょ、冗談だってー」と返された。当たり前だ!!!


「―――てよ」


「へ?」


「じゃあ、今日私に付き合ってよ」


「え……? な、何故に?」


「何? 私じゃ不服なわけ?」


「め、滅相もございません!! 何処までもお付き合い致します!! サー!!」


フンッとそっぽを向く。俺にはわからないだけにあたふたとしてしまう。なんで急に機嫌が悪くなるんだ!? やっぱり上司だからって高級腕時計を迷惑料で戴いたのはまずかったのだろうか。し、仕方ないじゃないか。どうしてもって赤城課長が言ったんだし。決して腕時計タダとかラッキー。って思ったわけじゃないんだからね?! と、言い訳しておく。


「ほんと!? じゃあ! 仕事終わり次第◇◇ホテルのレストラン行こうよ! あそこ行ってみたかったんだー」


「りょーかいっす! 仕事終わったら連絡するっす!!」



「……何? その口調?」


「えっ……いや。なんでもないよ?」


ヤッベー。また地雷踏むところだった。どうやらお気に召さなかったらしい。普通に戻すと、ルンタルンタと踊り出す勢いで「じゃあ後でね」と営業部を後にした。直後、首に衝撃が。黒部さんが腕を回し絞めにかかる。痛くはないが少し苦しい。無性に腹が立ったので腕をネジあげてみた。


「痛い! 痛いわ!!」


オカマ口調でこちらを睨んでくる。えー。先に手を出したのそっちでしょと非難すると、なんだと! とこっちに突進してきそうになったので、もう一回やりますか? と尋ねたら綺麗な土下座をされた。……なら、しなかったら良かったじゃんと呆れた。


「青井君! 言い忘れてた!」


「ん? 何?」


戻ってきた黄梨が慌てつつも、土下座を決め込んでる黒部さんをひきつった表情で見ながらこう言った。


「営業部が出した領収書ほとんど間違ってるから今日中に直すようにって大沼部長が言ってたよ」


「それ、早く言ってくれるかな!? ってか、なんで俺?!」


「大沼部長からは、直すのが面倒だから……あ! 営業部には青井君がいるじゃないか! じゃあ彼にしてもらおう! よし!! これで私の仕事は大いに減る。ハッハッハッ。って、笑ってたよ?」


「あのクソハゲ!!!」


どう落とし前つけてもらうか。と、拳を握り締めていると黄梨が俺に近付いて耳元で囁いた「今日楽しみにしてるね」と。


「あ、うん」


としか返せず、手を振って去って行く黄梨を手を振りながら見送った。しばらくボーっと見つめよし、やるかと気合いを入れ直してふと疑問に思った。あれ? これ丸め込まれてない? ……いや、そうだ! 囁きのせいで流してしまったけど俺が営業部の領収書書き直す羽目になったじゃん!? くっそー! 黄梨の可愛さにやられるとは………本望です!! 喜んでやってやるよ!


その後増やされる仕事を片付けながらそめやん先輩と黒部さんにチャチャを入れられ、揚げ足を取って遊んでいたらいつの間にやら18時。あれま。定時やんけー。うーん。あと1時間で終わるかな?


「ふー。終わった……」


「お疲れ様」


「あ、どうも―――ブーッ!」


差し出された缶コーヒーを受け取りプルタブを開けて口につけ含んだ瞬間、相手の顔を見てしまった。今日も見事に手で噴射を抑えたぞ! ハンカチでうぇっと拭きながらも首を傾げる。どうして赤城課長が?! 時計をチラッと見たがもう19時だ。とっくの昔に帰られたのでは? と不思議な目で見つめると。


「青井、今日食事行かない?」


まさかのお誘い。


「え、えっと……今日は予定があるといいますか……」


「そう……なら、しょうがないわね。また今度行きましょう」


「え、あ、はい」


どうして?! なんで誘われてんだ!?俺……。付き合ってんだから黒部さんと行けばいいでしょうに! 俺の疑問なんてなんのその。次の約束を取り付けられた。そこへ、黒部さんが空気を読まずに現れた。おい、変な事言うなよ。絶対だぞ! 振りじゃないからな! 俺の願いは儚く散った。


「あれ? まだ居たのか? 早く行かないと黄梨さん待ってるだろ? あ、俺が代わりに行ってやろうか?」


ほんとさ……今なら目力で人を殺せる気がする。空気読めないんだよな。あとさ、彼女の前なんだから浮気を疑われる発言は慎むべきだと思う。


「へー。黄梨さんって言う人と何処か行くの?」


「え、えっと―――」


空気が重い! そして酸素が薄い! く、苦しい。


「聞いて下さいよ。赤城さん。青井の分際で去年入社の同期で一番可愛いって噂の黄梨さんとご飯行くんですよ。マジ羨ましいですよね」


黒部ー!!! お前マジ何してくれてんの!? ほんとにさ、何してくれてんの!? ゆっくりと赤城課長が絶対零度の視線でこちらを人睨みしてきた。ごくり。生唾と震えが止まらない。


「私にはそう言わなかったわよね?」


「えっ。だ、だって言う必要性はないといいますか……」


「はっ?」


「いえいえ! 言わなかったわけじゃないんです! 言えなかったっといいますか……」


「私も行くわ」


「―――え? 今、なんと?」


「だから、私も行くわ。駄目なの?」


「だ、駄目じゃないです!!」


満足気に頷く赤城課長。震えあがる俺。


ど、どうしよう!? 黄梨に連絡……って言っても一人増えても同じか……。黄梨なら笑顔で受け入れてくれるよな。―――ということは、後は黒部さんだ! こいつを連れていこう! 案の定黒部さんは間髪入れず「行く!」と返答してきた。な、なんとか体裁は保たれた。と安堵したのは言うまでもない。


この後、恐ろしい事が待ち受けいるなんてこの時の俺は知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る