第47話 あなたと共に生きて行きたい

「青井何か私に隠してる?」


と、問われてどれだけの人がばか正直に答えられるだろうか。バレンタインデーのお返しに指輪を用意してしまう愚か者ぞ!? 正しいプレゼトなんて思いつきもせず一番重たいものを用意してしまった。熟年のカップルとか記念日に贈るならまだしも付き合って1ヶ月も経ってないホワイトデーに贈るなんて頭がイカれてやがる。あ、俺か。


会社の面接よりも緊張する空気感の中なんて答えようか考えあぐねていると課長がポツリと溢した言葉に身を固くする羽目になった。


「なんか眠くなってきたわ。お風呂入ろうかな」


「おっ! お風呂!!」


着ていたドレスのウエストマークしていたベルトをシュルリと外す課長を動揺しながら見つめてしまったが慌てて目を反らす。そんなつもりがなかったわけではないがいざそういう状況になるとまじまじと見るのは不躾な気がしたからだ。黒部さんならドカッと座って臆することなく眺めるんだろうな。……イケメンじゃなかったら許されない行為じゃね?


一端のフツメンは床でも見つめるか目を閉じておかなければ血を見ることになる。よーし。目を閉じてやり過ごしてしまおう! そうしよう!! いくぞー。1000数えたら課長だってお風呂に行ってしまってるはずだ! こういう時経験豊富な人って人前でも恥ずかしげもなく着替えたり出来るんだろうな。でもなー、俺の性格的にいつまでも出来そうにはないけど。などとしょうもないことに頭を割いていると声がかかる。浴室に向かうって言われるんだろうなと考えていると予想もしない言葉が飛んできた。


「先にお風呂入ってるから後から来てね」


「へ!? か、課長!?」


遠ざかる足音と閉まる扉。続いて水しぶきの音が耳に木霊する。目を開けると課長はいなくなっていた。え?! 待って待って。何て言った!? 後から来て? 課長が上がった後ではなく今!? 後っていつ!? オーバーヒートしていると痺れを切らしたのか浴室から声が飛んでくる。いつの間にかだいぶ時間が経っていたようだ。体感時間では10秒くらいだと思ったんだけどなー。


脱衣所に入ると心配そうな声音で課長が尋ねてきた。


「青井? 何してるの? 入らないの?」


「へ? ……え、えっとその……俺後で入るんで課長はゆっくり入って下さい」


ザバッと音がした後すりガラスにシルエットが映りこむ。なんてキレイなライン―――って、アホか! 見るな! 見ていいものじゃない! グリンッと顔を勢いよく背ける。するとガチャッと音がすると何かが俺の腕を取り引っ張った。肌色が視界を覆う。目を白黒させていると課長が口を尖らせ喋る。


「いいから早く。私だって恥ずかしいんだから」


「は、はい」


その後は課長に言われるがままお風呂に入り、恥ずかしさのあまり湯船に二人で浸かっている間も壁とお友達状態。お風呂から上がっても課長と目を合わせるのが恥ずかし過ぎて床と今度はお友達。課長が話しかけてくると話題を合わせるが目が泳ぎ今度はベッドのシーツの皺を数え出す始末。世の中のカップルってこういうのを乗り越えてんの?! どんなに好きでも恥ずかしすぎる! 男の俺がこんなんだったら女の人なんてより恥ずかしいだろうに……すごいなー。変に関心しているとキシッと音がした。


ベッドの淵に腰を掛けていたらさっきまでいなかった課長が移動して俺の隣に座ってきた! ええ!? ちかっ! 近いです課長! 心臓に悪いと詰められた間合いを位置をずらして距離を取る。すると小刻みに課長の体が震えた。


「なんで逃げるの」


「に、逃げてないです」


「嘘よ。あからさまに逃げてるわ」


「逃げてないです! ただ、あの……」


頬を膨らませてそっぽを向く課長が可愛いくて愛しくて―――恋愛経験が豊富とか付き合ったことが一度もないとかそんな事はもはや俺にとっては些細な事になった。目の前のこの人を悲しませなくない。ただそのことだけが頭を過る。自然と課長の手を取っていた。


「恥ずかしくて……。こんな風に女性と接したこともないですし―――何よりその……これを渡したくて」


しどろもどろになりながら隠し持っていた指輪を取り出し課長の薬指に嵌める。事前に黄梨からサイズ聞いてて良かったー。課長に指輪を贈ると意気込んだのは良かったが聞き出すのが上手くいかず、黄梨に頼んでいたのだ。黄梨は「しょうがないなー」と言いながらちゃんと仕事をしてくれた。ほんと誰だよあんな良い子振ったの。俺ですね、すみません。


まあそんなこんなもありまして無事課長の指輪のサイズも知る事ができ着々と準備をしてきた。にもかかわらず、ヘタレなせいで課長がむくれている。これは頑張ってご機嫌取りだ! って思ったけど課長にそんな仕掛けは通用しない気がする。やはりここは率直に素直に伝えるべきだ。


「本当は今日ずっとこれを渡したくて……でも深い意味はないんですよ!? 用意した理由もバレンタインデーのお返しで。深く考えずに女性が喜びそうなもので一番に頭に浮かんだものを購入してしまっただけで……。でも生半可な気持ちでもなくて! えっと……つまり何が言いたいかと言うと……その……―――好きです。ずっと側にいてくれませんか?」


「ふふっ。ずっとタイミング見計らってたの? どうりであたふたしてるなーって思ってたけど。すごく嬉しいサプライズよ。ありがとう」


「よ、良かったー。変に思われたらどうしようかと」


「そんな事ないわ。私指輪なんて貰った事がなかったらとても嬉しいわ。青井……ありがとう」


チュッと頬にキスされ微笑まれる。ただそれだけで胸がポカポカする。


「―――大好きよ」


「俺も―――課長が大好きです」


憧れていた赤城課長はキレイで仕事一筋だと噂されていた。でも課長の事を知るたびに恋をしたら人は理屈だけでは生きていけないんだと改めて実感した。何度生まれ変わっても、いつ出会っても俺は必ず課長に恋をする。そんな予感がする。だから今出会えた奇跡を噛みしめようと思う。恋人の前では甘くなってしまう課長とこれからも一緒に―――。


後日談だが赤城課長とずっと呼んでいたら私も智陽って呼ぶからあなたも由香と呼びなさいと言われ、またも試練にぶち当たることになるのは俺の宿命なのかもしれない。

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仕事中は恐いけどお仕事以外は甘いんです。 ティー @2020-july

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