第8話 信じてもらえない

その日は会社に出勤するとどうも慌ただしかった。疑問に思いつつ、自席へ鞄を置き席に着く。そこへ鬼の形相で赤城課長が詰め寄ってきた。


「青井! あなたなんて事してくれたの!!」


「え? 何がですか?」


「何がって! △△社の猿渡営業部長が怒って抗議の電話とうちとの契約打ちきりを言ってきたのよ!」


「えっ……」


そんな馬鹿な。△△社の契約は確かに俺が取ったけど横取りされてからは一つも関わってない。あれから1ヶ月経ったんだぞ? 俺に落ち度はないはずだ。


俺が反論しようと口を開くと上から被せて黒部さんが話し始めた。


「ほんとどうしてくれるんだい? 君が自分では力不足だからって僕に投げたんじゃないか。ちゃんと筋道しっかりさせてからそういう事してくれないかな。たった3日前に押し付けてきてさ」


「なっ!! 俺から奪ったのは―――!」


「とにかく先方がかなりお怒りだわ。すぐに謝りに行かないと」


「じゃ、じゃあ俺も行きます―――」


「あなたが来て何になるの? 黒部に聞いたわよ。自分で後始末できないからって黒部にしてもらったんですってね。今回の△△社の契約もあなたが取ってきたっていうのも偽りじゃないの?」


「そ、そんなわけ―――」


「謝りから戻ったらあなたの契約全て見直さないといけないわね。はあー。少しは仕事ができるようになったと思ったら、蓋開けてみるとこれよ。黒部にどれだけ苦労かけるの」


なんだよ、それ……。


「あなたは待機していなさい。あなたが赴いても火に油を注ぐ羽目になる。黒部! あなたは一緒に来なさい。あなたがいれば纏まるでしょ」


「はい! かしこまりました!」


「か、課長!! ―――俺の事信じてくれないんですか?」


ギロッと睨まれる。赤城課長の冷たい視線にズキッと心が軋んだ。おもむろに課長は口を開く。


「あなたの事は―――信じるに値しないわ。自分のしでかした事を認める事もなく、他人に尻拭いさせて。どうせ、△△社の契約以外も人のを奪ったりしていたのでしょう?」


その一言にズシッと俺を包む空気が重くなった気がした。信じてもらえなかった。その事実だけが俺の心情に残る。


最後まで赤城課長に憎悪の目で見られ、去り際の黒部さんには「ハハッ。ざまあ」となじられた。赤城課長と黒部さんがいなくなったオフィスにはまだ他の社員がいて俺が周りを見渡すと一様に目を逸らされた。


ある者は露骨に。ある者は控えめに。そしてある者は疑いの眼差しで。


なんだよ、それ……なんだよ、これ……。


鞄を引っ付かみ部署を飛び出す。どこに行くかあてもないが取り敢えずエレベーターへ。すると、後ろからパタパタと小走りの音が聞こえた。


「待って! 青井君!」


「先輩!!」


振り向かず足を止める。エレベーターのボタンは押しているのでいつかここの階に来るはずだ。だからそめやん先輩と松藤の必死の問いかけを聞いていなければならない。


「ここで帰るなんて駄目だよ! 松藤君に聞いたよ。絶対課長も誤解があると思うんだ。だから、ちゃんと赤城課長達が戻ってくるのを待ってから言い分を話すべきだと思う」


「そうですよ! この前の怪我もほんとは黒部先輩に何かされたんじゃないですか!? 赤城課長も言ったら信じてくれると思います!」


二人とも俺の為に必死になってくれてすごく有難い。有難いけど、俺には何も残ってない。


「それはどうでしょう? 俺の言葉なんて端から聞くつもりなかったと思いますよ」


「それは恐らく苛立ってたんじゃないかな?」


「そうでしょうか? 赤城課長と黒部さんってデキてるらしいので俺の言葉より黒部さんの言葉の方が信じれるんじゃないですか? ははっ。俺仕事できないし顔もかっこよくないですもんね」


「そんな話ほんとなわけないじゃないか。誰から聞いたの?」


「黒部さんが自慢してました。露骨に俺を煽ろとして色々教えてくれるんですよ。今日あったこととか赤城課長と何をしたかとか」


「そ、それは……」


言い淀むそめやん先輩を正直な人だなと思った。


「もう、いいんです。とにかく冷静になるためにも今日は早退させてください」


「先輩……」


ちょうどエレベーターが階を点滅させた。ああ、乗らないと。頭を下げてエレベーターへ乗り込む。すると、そめやん先輩が俺が初めて見る程真剣な表情でこう言った。


「わかった。今日は帰りなよ。でもね―――絶対青井君の事は神様がちゃんと見てくれてるよ! だから、変な事考えないでね」


「染谷先輩!」


俺を止めようとしたのか松藤がそめやん先輩に喰いかかる。


「ありがとうございます。お疲れ様です」


深々と頭を下げ、エレベーターの扉が閉じた。変な事とはなんだろうと頭の中でリフレインしながら帰路へ着く。


家に帰ってスーツのままボーッと佇む。なんなんだろう。俺がやってきたこととか、全部否定された気分だ。いや、否定されたのか。俺の言葉を信じてくれず、更に俺の取ってきた全ての契約も俺が人のを奪って契約取って来たと思われるとは……。


「やっぱり……赤城課長と黒部さんが恋人関係だからかな。俺の言葉なんて恋人の言うやつの方が信じれるもんな」


仰向けで寝転がり目を閉じる。どのくらいそうしててだろう。次に目を開けた時にはこう口をついた。


「辞表届け出そう」


そうと決まれば紙とペン。そして動機を書かないとな、とペンを走らせる。まだ2年も働いていないが、幸い俺はまだ若い。次もすぐに見つかるだろうとペン先に力が入る。


一方その頃。赤城課長の方はというと。


「どういうこと!? 門前払いの挙げ句より怒るなんて……」


「青井が行かないと駄目なんですかね?」


それとはまた違うと由香は感じた。猿渡部長の黒部を見る瞳がどうも納得出来ない。そう直感が叫んだ。ここにいても拉致が明かないと会社へ戻る事に。ここは青井の話しを一からちゃんと聞く必要性があると算段しながら会社へ戻ると青井の姿がない。


染谷に尋ねると今日は早退したと返答が返ってきた。このてんてこ舞いの時に! また怒りが沸々と沸いてくる。が、ここは矛を収め、△△社への対応を考えることにした。


明日、青井になんと言うかを思案しながら。

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